STOBAR

ロシア海軍アドミラル・クズネツォフ」から発艦するSu-33

STOBAR(ストーバー、英語: Short Take Off But Arrested Recovery、短距離離陸拘束着陸)は、航空母艦での航空機艦上機)の離着艦方法の一形式。発艦装置としてスキージャンプ勾配着艦装置としてアレスティング・ギアを使用する。発艦装置としてカタパルトを使用するCATOBAR方式よりも艤装が容易であるという特長があり、STOBAR方式の空母はインド中華人民共和国ロシアの3カ国が保有している。

開発に至る経緯[編集]

ソビエト連邦海軍1977年から黒海沿岸のサーキ飛行場に建造した艦上機科学試験シミュレータ(ニートカロシア語版)には、カタパルトアレスティング・ギアとともに、勾配8度および14度のスキージャンプ台が設置されていた[1]。当初、1143型航空巡洋艦(キエフ級)に続く重航空巡洋艦(TAvKR)では、ニートカで開発されたカタパルトとアレスティング・ギアを導入したCATOBAR方式が採用される計画だったが、政府・軍上層部にはヘリ空母への支持が根強かったために、結局、実際に建造された「アドミラル・クズネツォフ」ではカタパルトの導入は棄却され、代わりにスキージャンプ台を採用するように変更された[2]。これによって、CTOL方式の艦上機をスキージャンプで発艦させ、着艦時にはアレスティング・ワイヤーで停止させるというSTOBAR方式が開発・採用されることになった[2]。その準同型艦である「ヴァリャーグ」でもこの方式が踏襲されたほか、同艦を「遼寧」として就役させた中国人民解放軍海軍では、国産化した「山東」でも同様の方式を採用した[3]。またインド海軍も、キエフ級の準同型艦である「バクー」を「ヴィクラマーディティヤ」として再就役させる際にはSTOBAR方式に対応して改装し[4]、国産の「ヴィクラント」でも同様の方式を採用した[5]

アメリカ海軍でも、蒸気カタパルトの運用が困難な小型空母を想定して、スキージャンプの研究に着手した。パタクセント・リバー海軍航空基地にスキージャンプ台を設置して、1980年10月にT-2Cを用いてデモンストレーションを行った後、F-14AF/A-18AS-3Aを用いた発進実験が行われた[6]。このスキージャンプ台は長さ112.1フィート (34.2 m)で、勾配角は3度・6度・9度とされた。実験は成功を収め、例えばF/A-18Aであれば滑走距離を50パーセント以上短縮して、総重量32,800ポンド (14,900 kg)の状態でも滑走距離385フィート (117 m)で離陸できるとの結果が得られた[7][注 1]

特性[編集]

STOBAR方式は、CATOBAR方式に比べ開発コストが安く、航空機の射出に多数の要員が必要なCATOBARシステムよりも運用が容易である。スキージャンプには可動部品がないため射出システムの維持費が安価になる[8] [9]。航空機を射出するためには蒸気カタパルト[10]または電磁式カタパルト(EMALS) [11]によって出力を合成する必要があるCATOBAR とは異なり、航空機の射出に必要な力を生成するために追加のシステムを必要としない。

ただしSTOBAR方式では、発艦のためにCATOBAR方式よりも長い滑走レーンを必要とするため、航空機の運用効率が低くなり[3]、迅速に出撃する能力が制限される可能性がある[12]中国人民解放軍海軍では、CATOBAR方式の「福建」(電磁式カタパルト3基搭載)とSTOBAR方式の従来空母とを比べると、J-15艦上戦闘機16機を発進させるための所要時間は、「福建」では5分以内に完了するのに対し、スキージャンプ発艦では約20分かかるとされている[13]

また最大離陸重量も制約される[8][14][15][注 2]。例えば中国人民解放軍海軍が「遼寧」でJ-15を運用した経験では、対空任務では短い滑走レーン(105メートル長)を使用して、甲板上合成風速0ノットの状態であれば、離陸重量27トン(燃料75パーセント、PL-8短距離空対空ミサイル4発およびPL-12中距離空対空ミサイル4発搭載)で発艦可能とされる[17]。もし甲板風速10ノットとなれば離陸重量は28.5トンに増加し、搭載可能な兵装はPL-8 4発とPL-12 8発となる[17]。また対地攻撃任務では長い滑走レーン(195メートル長)が使用され、甲板風速15ノットの状態で、燃料95パーセントで6トンの弾薬を搭載できる[17]。インド海軍に対してカタパルトを提案しているゼネラル・アトミックスでは、STOBAR方式の空母は、所定の甲板風速を確保するために20–30ノット (37–56 km/h)の速度を維持する必要があるとしている[18]

このような制約のため、STOBAR方式は、CATOBAR方式の導入を志向する海軍にとっての過渡的な存在とも評されている[5]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ アメリカ空軍でも、戦時に攻撃を受けて滑走路が破壊された場合に、スキージャンプを使えば短い誘導路からでも発進できると考えて、海軍から提供されたデータを用いて、1982年から1986年にかけてF-15F-16A-7DA-10F-4Eを想定したシミュレーションを行った[7]
  2. ^ スーパー ホーネットはかなりの武器を搭載した状態でスキージャンプ台から離陸することができるとも報道されている[16]

出典[編集]

  1. ^ Polutov 2017, pp. 116–119.
  2. ^ a b Polutov 2017, pp. 138–143.
  3. ^ a b 小原 2019.
  4. ^ Polutov 2017, pp. 120–137.
  5. ^ a b 井上 2019.
  6. ^ Clark & Walters 1986.
  7. ^ a b Turner 1991.
  8. ^ a b Head (2014年4月7日). “What are the carriers?”. World-Wide Aircraft Carriers. 2019年7月26日閲覧。
  9. ^ Li, Nan; Weuve, Christopher (2010). “China's Aircraft Carrier Ambitions”. Naval War College Review 63 (1): 20. https://www.usnwc.edu/getattachment/99679d4b-cbc1-4291-933e-a520ea231565/China-s-Aircraft-Carrier-Ambitions--An-Update. 
  10. ^ “Chapter 4. Steam-Powered Catapults”. Aviation Boatswain's. Mate E. NAVEDTRA 14310 (Nonresident Training Course). Naval Education and Training Professional Development and Technology Center. (July 2001). http://www.globalsecurity.org/military/library/policy/navy/nrtc/14310_ch4.pdf 
  11. ^ EMALS: Next Gen Catapult”. Defense Tech (2007年4月5日). 2010年6月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月22日閲覧。
  12. ^ Ankit (2015年4月24日). “US-India Collaboration on Aircraft Carriers: A Good Idea?”. The Diplomat. 2019年7月26日閲覧。
  13. ^ 竹田 2022.
  14. ^ How Effective Will China's Carrier-Based Fighters Be?”. Defense Tech (2012年4月25日). 2012年4月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月22日閲覧。
  15. ^ Wendell Minnick (2013年9月28日). “Chinese Media Takes Aim at J-15 Fighter”. Defense News. オリジナルの2015年8月10日時点におけるアーカイブ。. http://webarchive.loc.gov/all/20150810120751/http://archive.defensenews.com/article/20130928/DEFREG/309280009/Chinese-Media-Takes-Aim-J-15-Fighter# 
  16. ^ Singh, Rahul (2008年5月14日). “Now Navy wants Super Hornets too”. Hindustan Times. http://www.hindustantimes.com/india/now-navy-wants-super-hornets-too/story-4NE3rf4jBNP6qJQsmaTlFP.html 2018年12月3日閲覧. "In our simulation, we discovered that not only could the Super Hornet take-off from a ski-jump, but could do so with a significant weapons load." 
  17. ^ a b c 陸 2020.
  18. ^ Indian Navy seeks EMALS system for second Vikrant-class aircraft carrier”. Naval Technology (2013年5月29日). 2019年7月26日閲覧。

参考文献[編集]

  • Clark, John W., Jr.; Walters, Marvin M. (May 1986). “CTOL ski jump - Analysis, simulation, and flight test”. Journal of Aircraft (American Institute of Aeronautics and Astronautics) 23 (5): 382-389. doi:10.2514/3.45319. ISSN 1533-3868. 
  • Polutov, Andrey V.「ソ連/ロシア空母建造史」『世界の艦船』第864号、海人社、2017年8月、1-159頁、NAID 40021269184 
  • Turner, Elijah W. (1991年). Aircraft Operations from Runways with Inclined Ramps (Ski-jump) (PDF) (Report).
  • Stille, Mark (2012). US Navy Aircraft Carriers 1922-45: Prewar classes. Bloomsbury Publishing. ISBN 9781780968094 
  • 井上孝司「多様化する現代空母 (特集・世界の空母2019)」『世界の艦船』第907号、海人社、92-99頁、2019年9月。 NAID 40021975623 
  • 小泉悠「ロシア空母「クズネツォフ」の近代化改装計画 (特集 世界の空母2013)」『世界の艦船』第783号、海人社、106-109頁、2013年9月。 NAID 40019756886 
  • 小原凡司「中国の空母4隻体制は脅威か (特集・世界の空母2019)」『世界の艦船』第907号、海人社、110-113頁、2019年9月。 NAID 40021975703 
  • 竹田純一「中国専門誌が伝える新型空母「福建」」『世界の艦船』第983号、海人社、141-149頁、2022年11月。CRID 1520293644707950080 
  • 陸易「空母「山東」(中国) (特集・アジアの「空母」全タイプ)」『世界の艦船』第919号、海人社、78-81頁、2020年3月。 NAID 40022144381 

関連項目[編集]