軍用機事故の一覧
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軍用機事故の一覧(ぐんようきじこのいちらん)では、軍用機が平時の訓練や航空ショーなどで起こした航空事故について記述する。日本国内で発生した在日米軍(進駐軍)による航空事故は、日本におけるアメリカ軍機事故の一覧を参照のこと。
凡例
[編集]- 事故発生日
- 所属
- 製造元と機種
- 犠牲者数
- 事故の状況
- 個別の記事がある場合には詳細として内部リンク
1920年代
[編集]1921年
[編集]- 1921年8月23日
1922年
[編集]- 1922年2月21日
1925年
[編集]- 1925年9月3日
- 所属:アメリカ海軍
- 機種:シェナンドー(硬式飛行船)
- 死者:14人
- 状況:飛行中暴風雨に遭遇し、オハイオ州コールドウェル付近に墜落した。
- 詳細:「シェナンドー墜落事故」を参照。
1930年代
[編集]1933年
[編集]- 1933年4月4日
1935年
[編集]- 1935年2月26日
- 1935年4月7日
1937年
[編集]1940年代
[編集]1945年
[編集]- 1945年7月28日
- 所属:アメリカ陸軍航空軍
- 機種:ノースアメリカン B-25
- 死者:14人
- 状況:ニューヨーク上空で濃霧のため操縦を誤りエンパイアステートビルディングの79–80階に激突。外壁が損傷を受け衝突階に火災が発生し、搭乗員3人とビル内の11人が死亡した。ビル自体に影響はなかった。
- 詳細:「1945年エンパイア・ステート・ビルディングB-25爆撃機衝突事故」を参照。
- 1945年10月12日
- 所属:アメリカ陸軍航空軍
- 機種:カーチス C-46F-1-CU
- 死者:59人
- 状況:北京南苑空港へ中国の軍人を空輸中、悪天候の中航法設備が未整備だったため、商業放送を頼りに飛行していたところ放送塔に衝突し、搭乗していた59人全員が死亡した。C-46の事故では最悪の死者数となった。
- 詳細:「1945年北京C-46墜落事故」を参照。
- 1945年12月5日
- 所属:アメリカ海軍
- 機種:ゼネラルモーターズ TBM-3/1E/1C、マーティン PBM-5
- 死者:27人
- 状況:フロリダ沖で訓練中のTBMの編隊5機が航法の誤りにより未帰還となり、捜索に向かったPBM-5飛行艇も空中爆発により失われ二重遭難となった。バミューダトライアングルで発生した原因不明の失踪事件としてしばしば引用されるが、事実は左の通りである。
1946年
[編集]- 1946年3月17日
1948年
[編集]- 1948年1月8日
- 1948年7月21日
- 所属:アメリカ空軍
- 機種:ボーイング F-13
- 死者:なし
- 状況:高度の判断を誤り、ネバダ州にあるミード湖に不時着水した。5人の乗組員は全員脱出して無事だった。
- 詳細:「1948年ミード湖B-29墜落事故」を参照。
1950年代
[編集]1950年
[編集]- 1950年1月26日
- 所属:アメリカ空軍戦略航空軍団
- 機種:ダグラス・エアクラフト C-54D
- 死者:44人全員行方不明(後日死亡認定)。
- 状況:アラスカ州のエルメンドルフ空軍基地からモンタナ州のグレートフォールズ空軍基地へ向かう途中に行方不明となった。
- 詳細:「1950年ダグラスC-54D行方不明事件」を参照。
- 1950年2月13日
- 所属:アメリカ空軍
- 機種:コンベア B-36B
- 死者:5人
- 状況:カナダのブリティッシュコロンビア州で模擬核攻撃訓練中にエンジン火災が発生、乗員17人は墜落前にパラシュートで脱出したが、5人が死亡した。搭載していた核爆弾「マーク4」は墜落前に投棄された。
- 詳細:「1950年ブリティッシュコロンビアB-36爆撃機墜落事故」を参照。
1951年
[編集]- 1951年3月23日
- 所属:アメリカ空軍
- 機種:ダグラス・エアクラフト C-124A-DL
- 死者:53人
- 状況:アイルランド沖で行方不明となる。のちに残骸が見つかり空中爆発と判明するがその原因は不明。
- 詳細:「1951年大西洋C-124行方不明事件」を参照。
1952年
[編集]- 1952年9月5日
- 所属:デ・ハビラント社
- 機種:デ・ハビラント シービクセン(試作機)
- 死者:31人
- 状況:ハンプシャー州で開催された航空ショーでの展示飛行中に機体が空中分解した。
- 詳細:「ファーンボロー航空ショー墜落事故」を参照。
- 1952年11月22日
- 所属:アメリカ空軍
- 機種:ダグラス・エアクラフト C-124A-DL
- 死者:52人
- 状況:アラスカ州のエルメンドルフ空軍基地にアプローチ中、アンカレッジ近くに墜落した。
- 詳細:「1952年ギャネット山C-124墜落事故」を参照。
1955年
[編集]- 1955年3月22日
- 所属:アメリカ海軍
- 機種:ダグラス・エアクラフト R6D-1
- 死者:66人
- 状況:ハワイオアフ島のヒッカム空軍基地からカリフォルニア州のトラヴィス空軍基地に向かう途中で機器が故障し、オアフ島に引き返すが航法を誤りワイアナエ山脈に衝突した。
- 詳細:「1955年ハワイR6D-1墜落事故」を参照。
- 1955年7月8日
1956年
[編集]- 1956年8月16日
- 1956年9月29日
- 1956年9月30日
- 所属:イギリス空軍第230機種転換部隊
- 機種:アブロ バルカン B1
- 死者:4人
- 状況:激しい雨の中、ヒースロー空港への着陸進入中、機体が滑走路の約3,000ft手前で接地し、制御不能に陥って墜落。操縦士2人が脱出に成功したが、他の乗員と同乗していたアブロ社の社員が死亡した[2]。
- 詳細:「1956年アブロバルカン墜落事故」を参照。
1957年
[編集]- 1957年4月19日
- 1957年6月4日
- 1957年9月30日
- 1957年10月10日
- 所属:タイ王国空軍
- 機種:ダグラス・エアクラフト DC-3
- 死者:なし
- 状況:立川基地を離陸後、エンジン故障のため砂川町役場近くの住宅地に墜落。乗員4人と住民4人が負傷した。
1958年
[編集]- 1958年10月24日
1960年代
[編集]1960年
[編集]- 1960年9月8日
- 1960年12月17日
- 所属:アメリカ空軍第3空軍
- 機種:コンベア C-131D-CO
- 死者:52人
- 状況:ミュンヘン・リーム空港を離陸直後にエンジン1基が停止し、空港から10kmほどのバイエル通りに墜落した。墜落時に路面電車2台が巻き込まれ、搭乗者20人全員に加えて地上で32人が死亡した。
- 詳細:「1960年ミュンヘンC-131墜落事故」を参照。
1961年
[編集]- 1961年1月24日
- 1961年3月14日
- 1961年9月14日
- 所属:西ドイツ空軍
- 機種:リパブリック・アビエーション F-84F
- 死者:なし
- 状況:軍事演習のためバイエルン州レヒフェルト航空基地を離陸し、ヴュルツブルクからランを経由してメミンゲンへの三角航路を飛行予定だったF-84F戦闘爆撃機2機が、飛行航路を逸脱し東ドイツ領空を侵犯。ソ連軍戦闘機が追撃する中、雲中に身を隠しベルリン・テーゲル空港に着陸した。
- 詳細:「1961年の西ドイツ空軍F-84機による領空侵犯事件」を参照。
- 1961年12月9日
1962年
[編集]- 1962年3月17日
- 所属:航空自衛隊
- 機種:ノースアメリカン F-86F×2
- 死者:なし
- 状況:築城基地から入間基地に向かっていた4機編隊が富士山山頂上空で猛烈な晴天乱気流に遭遇。急減速した衝撃のため、2機の燃料パイプが破損、エンジンの再始動が不可能になった。そのため、2機の操縦士は機体の放棄を決定。被害が出ないところまで誘導したうえで操縦士が脱出することにした。1機は小田原郊外の石垣山の山林に墜落した。もう1機は海まで誘導したうえで脱出したが、その後機体が運悪く大きく旋回して陸地に戻り、国鉄東海道本線の国府津駅近くの住宅地に墜落。民家など5棟を破壊し線路に残骸が散らばったが人的被害は出なかった。これ以後、富士山上空の山岳波の存在が注目されることになった。
- 1962年9月3日
1963年
[編集]- 1963年3月2日
- 1963年4月10日
1964年
[編集]- 1964年1月13日
- 1964年5月11日
- 1964年5月19日
- 1964年8月21日午前10時頃
- 1964年9月15日
- 1964年11月30日
- 1964年12月8日
- 所属:アメリカ空軍
- 機種:コンベア B-58A
- 死者:1人
- 状況:インディアナ州バンカーヒル(後のグリソム)基地の凍結した誘導路上で走路を逸れ降着装置を損壊し炎上。積まれていた5発の核弾頭も燃えたものの汚染は比較的小規模にとどまった。
1965年
[編集]- 1965年7月13日
- 1965年7月29日
1966年
[編集]- 1966年1月17日
- 1966年6月8日
- 1966年6月29日
- 所属:イギリス空軍第543飛行隊
- 機種:ハンドレページ ヴィクターB(SR).2
- 死者:4人
- 状況:ワイトン空軍基地でのデモ飛行中、90度近いターンを行った直後に空中分解して墜落。乗員4人が死亡した[10]。
1967年
[編集]- 1967年12月13日
- 所属:海上自衛隊
- 機種:シコルスキー・エアクラフト S-55A
- 死者:4人
- 状況:鹿屋航空基地所属機が訓練飛行中に鹿屋市郊外に墜落。
1968年
[編集]- 1968年1月21日
- 所属:アメリカ空軍戦略航空軍団
- 機種:ボーイング B-52G
- 死者:1人(大規模な放射能汚染のため健康被害多数か)
- 状況:水素爆弾4発を搭載し、グリーンランドチューレ空軍基地上空でアラート任務に就いていたB-52爆撃機の機内で火災が発生、機体はチューレ空軍基地西方の氷上に墜落し搭載されていた水爆の爆縮用通常火薬が爆発、大規模な放射能汚染が生じた。2009年1月時点で1発の爆弾が完全に回収されていない。
- 詳細:「チューレ空軍基地米軍機墜落事故」を参照。
- 1968年3月27日
- 所属:ソ連空軍
- 機種:ミコヤン MiG-15UTI
- 死者:2人(ウラジーミル・セリョーギンとユーリイ・ガガーリン)
- 状況:定期訓練飛行中に自然的もしくは人為的事故により墜落。
- 詳細:「ユーリイ・ガガーリンの死」を参照。
- 1968年5月25日
1969年
[編集]1970年代
[編集]1970年
[編集]- 1970年2月2日
- 1970年5月10日
- 1970年5月12日
- 1970年6月17日
- 1970年9月2日
1971年
[編集]- 1971年7月16日
1972年
[編集]- 1972年7月20日
- 1972年7月26日
- 1972年9月24日
1973年
[編集]- 1973年4月11日
- 1973年4月12日
- 所属:アメリカ海軍
- 機種:ロッキード P-3C
- 死者:5名(NASA側は11名)
- 状況:モフェット・フェデラル飛行場付近で測量機器のテストを行っていたNASAのコンベア990-30A-5と空中衝突した。
- 詳細:「1973年マウンテンビュー空中衝突事故」を参照。
- 1973年4月17日
- 1973年6月23日
1974年
[編集]- 1974年7月8日
- 所属:航空自衛隊 第三航空団第8航空隊
- 機種:三菱F-86 Sabre
- 死者:4名
- 状況:愛知県の小牧基地を離陸直後、小牧市西之島の国道155号線交差点付近の農家宅に墜落、地面をバウンドしながら滑走したのち炎上。乗員1名と住民3名が死亡、2人が重軽傷を負う。[16]
- 1974年8月27日
- 所属:航空自衛隊第5航空団
- 機種:ロッキード F-104J
- 死者:0人
- 状況:第5航空団所属の F-104J戦闘機が離陸後まもなく、高度5000m付近でフレームアウトを起こした。再起動を試みるも作動しなかったためパイロットは脱出、機体はそのまま宮崎県須木村の宮崎県道143号中河間多良木線に墜落、付近の民家3軒が全焼した。住民は直後に逃げ出して無事。日本に導入された F-104Jのうち20機目の墜落事例となった[17]。
1975年
[編集]- 1975年1月16日
1976年
[編集]- 1976年9月27日
- 所属:航空自衛隊第二航空団(F-104)および第81飛行隊(T-33)
- 機種:ロッキード F-104J、ロッキード T-33
- 状況:八戸市沖合で空戦訓練中に2機が空中で接触、両機が墜落した。1人救助、2人行方不明[19]。
- 1976年10月25日
- 1976年11月17日
1977年
[編集]- 1977年4月6日
- 1977年5月27日
1978年
[編集]- 1978年1月10日
- 所属:ソビエト連邦海軍航空隊
- 機種:ツポレフ Tu-95RS
- 死者:10名
- 状況:西太平洋上を任務飛行中に墜落。
- 1978年5月17日
- 1978年9月8日
- 1978年10月
1979年
[編集]- 1979年3月14日
- 所属:中国人民解放軍空軍
- 機種:ホーカー・シドレー トライデント
- 死者:180名以上
- 状況:北京西郊空港を離陸後北京市郊外の工場に墜落。乗員・乗客12人のほか工場の従業員らが多数巻き込まれた[21]。
- 1979年7月21日
- 1979年9月21日
- 所属: イギリス空軍
- 機種: ホーカー・シドレー ハリアー
- 死者: 2人死亡、8人負傷。
- 詳細: イギリスケンブリッジシャー上空で訓練中の2機が空中衝突して墜落。それぞれの乗員2人は脱出に成功したが、機体の一つが住宅地に墜落して民家3軒を巻き込み、住民らが犠牲となった[23]。
1980年代
[編集]1980年
[編集]- 1980年7月27日
1982年
[編集]- 1982年11月14日
- 1982年12月15日
1983年
[編集]- 1983年4月19日
- 1983年4月26日
- 1983年5月1日
- 所属:イスラエル航空宇宙軍第106飛行隊、第116飛行隊
- 機種:マクドネル・ダグラス F-15D、ダグラス・エアクラフト A-4N
- 死者:なし
- 状況:イスラエル南部、ネゲヴ砂漠上空で異種航空機戦闘訓練を行っていたイスラエル空軍第106飛行隊所属のF-15Dと第116飛行隊所属のA-4Nが空中衝突し、A-4Nは墜落(パイロットは脱出)、F-15Dは右主翼が失われた状態で約15km離れたラモン空軍基地に帰投した。
- 詳細: 「ネゲヴ空中衝突事故 (1983年)」を参照。
- 1983年10月20日
1984年
[編集]- 1984年2月27日
- 1984年4月20日
1985年
[編集]- 1985年2月14日
- 所属:ソビエト連邦海軍航空隊
- 機種:ツポレフ Tu-95RU
- 死者:9名
- 状況:南シナ海を飛行中に墜落。
1988年
[編集]- 1988年8月17日
- 所属:パキスタン空軍
- 機種:ロッキード C-130B
- 死者:31名
- 状況:離陸直後に墜落し、ムハンマド・ジア=ウル=ハク大統領やアメリカ大使ら全員が死亡した。
- 詳細:「ムハンマド・ジア=ウル=ハクの死」を参照。
- 1988年8月28日
- 所属:イタリア空軍 フレッチェ・トリコローリ
- 機種:アエルマッキ MB-339
- 死者:75名、345名負傷。
- 状況:ドイツのラムシュタイン空軍基地で開催されていた航空ショーで曲技飛行隊の3機が空中衝突を起こし墜落。そのうち1機が観衆の中に墜落したため、地上の観客とパイロット合わせて75名の死者を出す大惨事になった。この惨事以降はドイツ国内のアメリカ空軍基地の航空ショーは開催されなくなった。
- 詳細:「ラムシュタイン航空ショー墜落事故」を参照。
1989年
[編集]- 1989年4月21日
- 1989年7月4日
- 所属:ソ連空軍
- 機種:ミグ MiG-23
- 死者:1名
- 状況:ポーランドの基地を離陸した戦闘機が東ドイツ(当時)上空でエンジントラブルを起こしたため、高度を維持できなくなりパイロットは危険を感じ射出座席で脱出した。ところが、戦闘機は無人のまま自動操縦で高度130m~150mで飛行したため、当時「鉄のカーテン」と呼ばれた東西ドイツ国境を侵犯した。同機に対してただちに在独米軍機がスクランブル発進したが、撃墜許可を得ていなかったため、そのまま西ドイツ(当時)領内を通過した。フランス領内に入った場合にはフランス空軍が撃墜する準備をしていたが、その前に燃料枯渇のためベルギー北西部のコルトリクに墜落。その際に農民1人が巻き込まれ死亡した。
- 詳細:「1989年ベルギーMiG-23墜落事故」を参照。
1990年代
[編集]1990年
[編集]1991年
[編集]- 1991年2月6日
- 所属:アメリカ空軍
- 機種:ボーイング KC-135
- 死者:0名
- 詳細:1991年アメリカ空軍KC-135エンジン脱落事故
- 1991年3月12日
- 1991年7月1日
- 所属:航空自衛隊
- 機種:川崎重工業 T-4
- 死者:2名
- 詳細:三沢基地所属のT-4が、訓練前の天候偵察中に墜落。後日、機体をサルベージした事でピトー管の製作不良を発見。
- 1991年7月4日
1992年
[編集]- 1992年3月31日
- 1992年12月10日
1993年
[編集]- 1993年2月8日
- 1993年4月
1994年
[編集]- 1994年3月23日
- 所属:アメリカ空軍
- 機種:ジェネラル・ダイナミクス F-16D、ロッキード C-130E、ロッキードC-141B
- 死者:24名(地上)
- 状況:ノースカロライナ州のポープ空軍基地で、フレームアウト訓練中だったF-16が滑走路23に最終進入していたC-130の右昇降舵を切断する形で空中衝突。F-16の乗員は緊急脱出を行い、C-130も点検後に着陸に成功したため両機の搭乗者は全員無事だったものの、墜落したF-16が横滑りする形で地上に駐機していたC-141および第82空挺師団の隊員の待機場所(通称・グリーンランプ)に突入。多数の死傷者を出した。この事故は第二次世界大戦以降、同師団が平時に被った人命損失として、現在でも最悪の数字を記録し続けている。
- 詳細:「1994年ポープ基地多重衝突事故」を参照。
- 1994年6月2日
- 所属:イギリス空軍
- 機種:ボーイング CH-47 (HC.2)
- 死者:29名
- 状況:濃霧の中を飛行中、キンタイア岬に墜落。
- 詳細:「1994年イギリス空軍チヌーク墜落事故」を参照。
- 1994年6月24日
- 所属:アメリカ空軍
- 機種:ボーイング B-52H
- 死者:4名
- 状況:ワシントン州のフェアチャイルド空軍基地でデモ飛行中のB-52(シリアルナンバー:61-0026)が、突如失速し90度傾いた上で左翼から地上に激突し爆発炎上した。事故原因はB-52を操縦していた機長が急旋回の為に無茶な飛行を強いたためであった。この機長は以前から無茶な飛行をしていた要注意人物であったが空軍では技量を買っていたため一切不問にしてきたことが世論から非難された。また事故機に搭乗していた士官の1人が墜落前にパラシュートで脱出したが、彼も爆発に巻き込まれ殉職した。
- 詳細: 「1994年のフェアチャイルド空軍基地でのB-52機の墜落事故」を参照。
- 事故の瞬間の映像:undefined)
- 1994年10月19日
- 1994年12月2日
- 所属:航空自衛隊
- 機種:シコルスキー・エアクラフト UH-60J
- 死者:4名
- 北海道奥尻島に急患輸送任務で向かう途中の千歳救難隊機が山に墜落した。
1995年
[編集]- 1995年2月21日
- 1995年6月6日
- 1995年7月4日
- 1995年9月22日
- 所属:アメリカ空軍
- 機種:ボーイング E-3B
- 死者:24名
- 状況:アラスカ州エルメンドルフ空軍基地を離陸中にエンジンへバードストライクを受け、基地の北東約3kmに墜落した[26][27]。
- 詳細:「1995年アラスカE-3墜落事故」を参照。
- 1995年11月22日
- 所属:航空自衛隊
- 機種:マクドネル・ダグラス F-15J
- 死者:なし
- 状況:航空自衛隊小松基地所属のF-15戦闘機が、訓練中にミサイルを誤射して僚機を撃墜、パイロットは脱出して無事であった。訓練中とはいえ、F-15が航空機によって撃墜された世界初の事例となった。
- 詳細:「F-15僚機撃墜事故」を参照。
1996年
[編集]- 1996年4月3日
- 1996年6月4日
1997年
[編集]- 1997年2月9日
- 1997年8月21日
- 所属:陸上自衛隊 第1ヘリコプター団 第2ヘリコプター隊
- 機種:ヒューズ・ヘリコプターズ OH-6D
- 死者:3名
- 状況:演習場へ移動のため木更津飛行場から八戸飛行場へ向け飛行中、茨城県竜ヶ崎市長山の蛇沼付近で民間の軽飛行機と空中衝突し、OH-6に搭乗していた2名と軽飛行機の1名全員が死亡した[28]。
1998年
[編集]- 1998年2月3日
- 所属:アメリカ海兵隊
- 機種:グラマン EA-6B
- 死者:地上の20人が死亡
- 状況:イタリア国内で訓練飛行中のアメリカ海兵隊のEA-6Bが山岳地帯を超低空飛行をしていたところ、カバレーゼ近郊にあるスキー場のロープウェイのケーブルを切断。運行中のロープウェイのゴンドラ1台が100m下に落下し、乗っていた乗客20人全員が即死した。事故原因は地上150mの飛行禁止の軍規に違反して地上80m上空を飛行していた海兵隊機の過失であった。そのうえ乗員の撮影していた映像を上官が破棄して証拠隠滅を図っていたことも判明した。海兵隊はイタリア当局の身柄引き渡し請求を拒否し、自軍の軍法会議で処分し無罪とされた。
- 詳細:「チェルミス・ロープウェイ切断事件」を参照。
- 1998年7月13日
- 所属:ウクライナ国防省
- 機種:S・V・イリユーシン記念航空複合体 Il-76
- 死者:8名
- 状況:アラブ首長国連邦のラアス・アル=ハイマ国際空港を離陸直後、ペルシャ湾に墜落し、機体が炎上した[29]。
- 1998年7月21日
- 1998年8月20日
- 1998年8月25日
- 1998年9月4日
- 1998年10月9日
1999年
[編集]- 1999年1月27日
- 所属:ドイツ空軍第38戦闘爆撃航空団
- 機種:パナヴィア・エアクラフト トーネード IDS
- 死者:なし(2名行方不明)
- 状況:訓練飛行中にノルダーナイ島北方30キロの北海上空で空中衝突して墜落した。1機の乗員2名は救助されたが、もう1機の乗員が行方不明になった[35]。
- 1999年3月2日
- 1999年3月3日
- 1999年3月7日
- 所属:インド空軍
- 機種:O・K・アントーノウ記念航空科学技術複合体 An-32
- 死者:18名(地上の民間人3名)
- 状況:インディラ・ガンディー国際空港に着陸しようとしたAn-32が、滑走路から約2キロ離れた住宅地区に墜落。乗員18名全員と墜落現場の建設中の貯水施設付近にいた住民3名が巻き添えで死亡した。事故当時、空港周辺は濃霧に覆われていた[37]。
- 1999年3月26日
- 1999年3月28日
- 1999年6月11日
- 1999年6月12日
- 1999年6月15日
- 1999年6月23日
- 所属:インド空軍
- 機種:ミコヤーン・グレーヴィチ設計局 MiG-21 bis
- 死者:1名
- 状況:ジャンムー・カシミール州に展開していた3機のうち1機が墜落し、乗員1名が死亡した[42]。
- 1999年6月30日
- 1999年7月30日
- 1999年8月15日
- 1999年9月24日
- 1999年10月12日
- 1999年10月12日
- 所属:フランス空軍
- 機種:ダッソー ミラージュ2000C
- 死者:なし
- 状況:チェコのチャスラフ空軍基地への着陸に失敗して墜落。乗員は緊急脱出して無事だった[45]。
- 1999年10月14日
- 1999年10月15日
- 所属:中華民国空軍第2戦術戦闘航空団
- 機種:ダッソー ミラージュ2000-5Di
- 死者:なし
- 状況:新竹空軍基地を離陸後、バードストライクによるエンジントラブルで海上に墜落した[45]。
- 1999年10月21日
- 1999年10月28日
- 1999年11月22日
- 所属:航空自衛隊
- 機種:ロッキード T-33A
- 死者:2名
- 状況:入間基地に所属するT-33Aが事故に遭遇。機体が狭山市内の入間川河川敷に墜落する際、送電線を切断したために埼玉県南部及び東京都西部を中心とする約80万世帯が停電、並びに信号機及び鉄道が停止した。エンジントラブルを起こした機体の住宅地への墜落を避けるため、2名の乗員は脱出せず操縦を続行、民家に被害が及ばないことが確実になった段階で、射出座席を作動させたが間に合わず、乗員2名は殉職した。
- 詳細:「T-33A入間川墜落事故」を参照。
2000年代
[編集]2000年
[編集]- 2000年3月19日
- 所属:アメリカ空軍第78戦闘飛行隊
- 機種:ジェネラル・ダイナミクス F-16C
- 死者:1名
- 状況:テキサス州キングスビル海軍航空基地で開催された航空ショーでのデモフライト中に墜落し、乗員1名が死亡した[47]。
- 2000年3月22日
- 2000年3月30日
- 2000年4月5日
- 2000年4月8日
- 所属:アメリカ海兵隊
- 機種:ベル・ヘリコプター・ボーイング・ヘリコプターズ MV-22
- 死者:19名
- 状況:アリゾナ州での夜間侵攻での兵員輸送を想定した作戦試験時に墜落事故を起こし、乗員4名と海兵隊員15名の計19名全員が死亡した[47]。
- 詳細:「2000年マラナV-22墜落事故」を参照。
- 2000年4月26日
- 2000年5月14日
- 所属:ロシア軍
- 機種:M・L・ミーリ記念モスクワ・ヘリコプター工場 Mi-8
- 死者:なし
- 状況:カバルダ・バルカル共和国ナリチクでエンジントラブルにより墜落。墜落の際に5階建てアパートに向けて空対地ミサイル2発を誤射した[49]。
- 2000年5月16日
- 2000年5月16日
- 2000年5月18日
- 2000年5月24日
- 2000年6月16日
- 2000年6月18日
- 所属:アメリカ海軍
- 機種:グラマン F-14A
- 死者:2名
- 状況:ペンシルベニア州ウィローグローブ海軍統合予備役航空基地で墜落し、乗員2名が死亡した[50]。
- 2000年6月21日
- 2000年6月28日
- 所属:航空自衛隊第3輸送航空隊
- 機種:川崎重工業 C-1
- 死者:5名
- 状況:隠岐近海で失速特性の飛行試験中に美保基地所属の輸送機が失速し墜落。
- 詳細:「C-1隠岐諸島沖墜落事故」を参照。
- 2000年7月2日
- 所属:フィリピン空軍
- 機種:GAF N.22B
- 死者:13名
- 状況:パラワン州西部の海上に墜落し、乗員13名が死亡。犠牲者の中にはフィリピン軍西部方面コマンド司令官が含まれていた[51]。
- 2000年7月4日
- 所属:航空自衛隊第4航空団第11飛行隊(ブルーインパルス)
- 機種:川崎重工業 T-4
- 死者:3名
- 状況:アクロ訓練からの帰投中に濃霧による視界不良の中、牡鹿町泊浜裏山に2機が衝突、パイロット3人が殉職した。女川原発に近く、飛行制限空域にかなり接近した可能性もあり、地元や反原発団体の非難を浴びた。
- 詳細:「ブルーインパルス牡鹿半島墜落事故」を参照。
- 2000年7月10日
- 所属:アリゾナ州陸軍
- 機種:マクドネル・ダグラス AH-64A
- 死者:2名
- 状況:夜間演習中に墜落し、乗員2名が死亡した[51]。
- 2000年7月11日
- 所属:アメリカ海軍海軍テストパイロット学校
- 機種:ノースロップ T-38A
- 死者:2名
- 状況:メリーランド州パタクセント・リバー海軍航空基地に着陸進入中に墜落し、乗員2名が死亡した[51]。
- 2000年7月13日
- 2000年7月18日
- 2000年8月3日
- 2000年9月16日
- 2000年10月27日
- 所属:アメリカ海軍
- 機種:マクドネル・ダグラス F/A-18
- 死者:なし
- 状況:ネバダ州モハーヴェ砂漠上空で訓練飛行中、2機のF/A-18が空中衝突し、1機は乗員の緊急脱出後に墜落、もう1機は翼に深刻なダメージを受けたもののファロン海軍航空基地まで帰投した[53]。
- 2000年11月13日
- 2000年11月16日
- 所属:アメリカ空軍
- 機種:ジェネラル・ダイナミクス F-16C
- 死者:なし(民間機側は2名)
- 状況:フロリダ州サラソータ近郊で、F-16Cと民間の軽飛行機が空中衝突し、軽飛行機の乗員2名が死亡した。F-16の乗員は緊急脱出して無事だった[53]。
- 2000年12月5日
- 2000年12月11日
- 所属:アメリカ海兵隊第204海兵中型ティルトローター訓練飛行隊
- 機種:ベル・ヘリコプター・ボーイング・ヘリコプターズ MV-22
- 死者:4名
- 状況:夜間飛行訓練中、ノースカロライナ州ジャクソンビルから約16kmの森林地帯に墜落し、乗員4名全員が死亡した[53]。
2001年
[編集]- 2001年2月2日
- 所属:ポーランド空軍第23試験飛行隊
- 機種:PZL TS-11
- 死者:2名
- 状況:クヤヴィ=ポモージェ県ブィドゴシュチュ空軍基地へ着陸進入中に墜落、乗員2名が死亡した[54]。
- 2001年3月3日
- 2001年3月26日
- 2001年4月1日
- 2001年4月3日
- 2001年4月9日
- 所属:イギリス空軍
- 機種:ウエストランド・エアクラフト ピューマ HC Mk.1
- 死者:2名
- 状況:KFORで展開中、コソボ・メトヒヤ自治州とマケドニア共和国の国境近くの山岳地帯に墜落。乗員2名が死亡し、5名が負傷した[54]。
- 2001年4月12日
- 所属:イタリア空軍第132飛行隊
- 機種:AMXインターナショナル AMX
- 死者:1名
- 状況:エミリア=ロマーニャ州リミニの東25kmのアドリア海に墜落、乗員1名は脱出して救助されたが、病院へ搬送前に死亡した[55]。
- 2001年7月4日
- 2001年7月5日
- 2001年7月10日
- 2001年7月13日
- 2001年7月14日
- 2001年7月14日
- 所属:ロシア非常事態省
- 機種:S・V・イリユーシン記念航空複合体 Il-76
- 死者:10名
- 状況:クラスノヤルスク地方のノリリスクへ建設資材を空輸するためにチカロフスキー飛行場を離陸後、飛行場近くの森に墜落。乗員10名全員が死亡した[56]。
- 2001年7月17日
- 2001年7月17日
- 所属:アメリカ空軍第416試験飛行隊
- 機種:ジェネラル・ダイナミクス F-16D
- 死者:2名
- 状況:空中発射式デコイの安全監視と空撮中、チャイナレイク海軍航空兵器ステーションの東48kmに墜落、空軍パイロットと同乗していた航空写真家が死亡した[56]。
- 2001年7月18日
- 所属:アメリカ空軍第31戦闘航空団
- 機種:ジェネラル・ダイナミクス F-16C
- 死者:なし
- 状況:ノーザン・ウォッチ作戦のため、トルコのインジルリク空軍基地を離陸後、バトマン県バトマン付近に墜落。乗員は緊急脱出後に救助された[56]。
- 2001年7月23日
- 2001年7月25日
- 所属:イギリス空軍第54飛行隊
- 機種:SEPECAT ジャギュア
- 死者:2名
- 状況:アラスカ州でのコープサンダー演習中に墜落、乗員2名が死亡した[56]。
- 2001年8月7日
- 所属:イタリア空軍第32航空団
- 機種:AMXインターナショナル AMX
- 死者:1名
- 状況:イタリア南部で訓練飛行中に墜落、乗員1名が死亡した[57]。
- 2001年8月24日
- 2001年9月3日
- 2001年9月5日
- 2001年9月14日
- 2001年11月8日
- 所属:フィンランド空軍第21戦闘飛行隊
- 機種:マクドネル・ダグラス F/A-18C
- 死者:なし
- 状況:2対2での夜間空戦訓練中、2機が高度9,500mで空中衝突した。1機は機体が損傷しながらもタンペレ=ピルッカラ空軍基地に着陸したが、もう1機は機体の損傷が大きく、乗員が緊急脱出して救助された[59]。
- 2001年12月13日
- 所属:アメリカ空軍
- 機種:ロックウェル・インターナショナル B-1B
- 死者:なし
- 状況:ディエゴガルシア島の北30マイルの地点に墜落し、乗員4名は緊急脱出して無事だった[60]。
2002年
[編集]- 2002年1月9日
- 所属:アメリカ海兵隊
- 機種:ロッキード KC-130R
- 死者:7名
- 状況:シンド州ジャコババード飛行場を離陸し、数地点を経由後、パキスタン南西部の山岳地帯に墜落。乗員全員が死亡した[60]。
- 2002年1月19日
- 所属:アメリカ海兵隊第361重ヘリコプター飛行隊
- 機種:シコルスキー・エアクラフト CH-53E
- 死者:2名
- 状況:不朽の自由作戦での従事中にアフガニスタンのパルヴァーン州バグラーム南方60kmの地点に墜落。乗員2名が死亡し、5名が負傷した[61]。
- 2002年1月28日
- 所属:アメリカ陸軍
- 機種:ボーイング・ヘリコプターズ CH-47
- 死者:なし
- 状況:アフガニスタン北部の荒れ地に夜間着陸した際、機体の一部が窪みに嵌まり横転した。乗員24名のうち14名が負傷した[61]。
- 2002年3月7日
- 2002年5月8日
- 2002年6月27日
- 所属:アメリカ空軍第81戦闘飛行隊
- 機種:フェアチャイルド・リパブリック A-10A
- 死者:1名
- 状況:フランスのムルト=エ=モゼル県リュネヴィル南方の射爆場で訓練飛行中に墜落し、乗員1名が死亡した[64]。
- 2002年7月27日
- 所属:ウクライナ空軍
- 機種:スホーイ Su-27UB
- 死者:地上に居た観客83人死亡、負傷者200人以上。
- 状況:ウクライナのリヴィウ近郊で開催された航空ショーにおいて、デモ飛行を行っていたSu-27UBが急降下中に制御を失い、観客区域に墜落して爆発。操縦士二人は墜落直前に脱出して無事だったが地上の観客の多数が巻きこまれ、航空ショーにおける事故としては史上最悪の死傷者を出した。原因は操縦ミスと整備不良だった。また通常は事故を想定して観客席を飛行コースから離れたところに設けるが、それをしなかった運営者側の責任も問われた。操縦士には裁判で有罪判決が出ている。
- 詳細:「リヴィウ航空ショー墜落事故」を参照。
- 2002年10月1日
- 2002年11月21日
2003年
[編集]- 2003年1月26日
- 2003年2月19日
- 所属:アメリカ海軍
- 機種:マクドネル・ダグラス F/A-18
- 死者:なし
- 状況:西太平洋上の空母カール・ヴィンソンから約70km離れた地点で飛行訓練中に墜落、乗員は緊急脱出して無事だった[68]。
- 2003年2月19日
- 所属:イラン空軍
- 機種:イリユーシン Il-76MD
- 死者:302名
- 状況:スィースターン・バルーチェスターン州ザーヘダーンからケルマーン州ケルマーンへ向けて飛行中、ケルマーンの山岳部に墜落。搭乗していた302名全員が死亡した。搭乗者は乗員18名を除く全員がイスラム革命防衛隊所属だった[69]。
- 詳細:「2003年のイラン革命防衛隊Il-76MD墜落事故」を参照。
- 2003年2月20日
- 2003年2月26日
- 所属:コロンビア陸軍
- 機種:シコルスキー・エアクラフト UH-60L
- 死者:23名
- 状況:セサール県の山岳地帯で極左ゲリラ掃討作戦中に墜落し、搭乗していた23名全員が死亡した[69]。
- 2003年5月21日
- 所属:海上自衛隊第31航空群第91航空隊
- 機種:ボンバルディア・リアジェット(ボンバルディア・エアロスペース傘下)U-36A
- 死者:4名
- 状況:岩国航空基地で連続離着陸訓練中、先行するUS-1Aの後方乱気流により操縦不能となり、墜落炎上した[70]。
- 2003年6月5日
- 2003年6月10日
- 所属:アメリカ空軍第56戦闘航空団第310戦闘飛行隊
- 機種:ジェネラル・ダイナミクス F-16C
- 死者:なし
- 状況:アリゾナ州バリー・M・ゴールドウォーター射爆場で空対地攻撃訓練中に墜落。乗員は緊急脱出して無事だった[71]。
- 2003年6月13日
- 所属:アメリカ空軍第56戦闘航空団第61戦闘飛行隊
- 機種:ジェネラル・ダイナミクス F-16C
- 死者:なし
- 状況:アリゾナ州バリー・M・ゴールドウォーター射爆場で空対地攻撃訓練中に墜落。乗員は緊急脱出して無事だった[71]。
- 2003年9月14日
- 所属:アメリカ空軍サンダーバーズ
- 機種:ジェネラル・ダイナミクス F-16C
- 死者:なし
- 状況:アイダホ州マウンテンホーム空軍基地での航空ショー中に墜落。乗員は緊急脱出して無事だった[72]。
2004年
[編集]- 2004年5月15日
- 所属:陸上自衛隊東北方面航空隊第2対戦車ヘリコプター隊
- 機種:ヒューズ・ヘリコプターズ OH-6D
- 死者:なし(2名軽傷)
- 状況:飛行中にエンジントラブルが発生し、二戸市の草地に不時着。機体は不時着後に右に横転し、ローターや機体後部を破損、乗員3名のうち2名が打撲などの軽傷を負った[73]。
- 2004年6月18日
- 2004年7月21日
- 2004年10月14日
- 所属:ギリシャ空軍第111戦闘航空団第330戦闘迎撃飛行隊
- 機種:ジェネラル・ダイナミクス F-16D
- 死者:4名
- 状況:訓練飛行中、森林地帯に墜落し、2機の乗員計4名が死亡した[76]。
- 2004年12月1日
- 所属:アメリカ海軍ブルーエンジェルス
- 機種:マクドネル・ダグラス F/A-18A
- 死者:なし
- 状況:メキシコ湾で訓練中に墜落。乗員は緊急脱出後、救難隊に救助された[77]。
- 2004年12月20日
- 所属:アメリカ空軍第53航空団第422試験評価飛行隊
- 機種:ロッキード・マーティン F/A-22
- 死者:なし
- 状況:試験飛行へ向かうため、ネバダ州ネリス空軍基地の滑走路を離陸途中に墜落、炎上した。F/A-22(現F-22A)としては、初の墜落事故[78]。
- 原因:機体センサー部への電源供給休止によるフライト・コントロール・システムの機能不全。供給休止は1秒に満たない短時間だったが、これによりピッチ・ロール・ヨーの3軸がぎこちない加速となり、飛行不能に陥り墜落した[79]。
2005年
[編集]- 2005年1月29日
- 所属:アメリカ海軍第5空母航空団第102戦闘攻撃飛行隊
- 機種:ボーイング F/A-18F
- 死者:なし(6名重軽傷)
- 状況:空母キティホークへ着艦した瞬間にアレスティング・ワイヤーが切れ、機体がオーバーランして海に転落した。乗員2名は緊急脱出して無事だったが、乗組員6名が重軽傷を負った[80]。
- 2005年4月14日
- 2005年9月6日
- 2005年9月18日
- 2005年11月21日
2006年
[編集]- 2006年1月13日
- 所属:アメリカ海軍
- 機種:ロックウェル・インターナショナル T-39
- 死者:4名
- 状況:低空飛行訓練を実施していたT-39がジョージア州の森林地帯に墜落[86]。
- 2006年2月17日
- 所属:アメリカ海兵隊
- 機種:シコルスキー・エアクラフト CH-53E×2
- 死者:10名
- 状況:ジブチ沖のアデン湾内で訓練中の2機が墜落し、乗っていた海兵隊員および空軍兵士10人が死亡した[87]。
- 2006年4月3日
- 2006年5月5日
- 2006年6月3日
- 2006年6月7日
- 2006年9月2日
- 2006年10月26日
- 2006年11月6日
2007年
[編集]- 2007年2月7日
- 2007年2月8日
- 2007年3月30日
- 2007年4月21日
- 所属:アメリカ海軍ブルーエンジェルス
- 機種:マクドネル・ダグラス F/A-18A
- 死者:1名
- 状況:サウスカロライナ州ビューフォート海兵隊航空基地で開催された航空ショーにおいて、展示飛行での6機によるデルタフォーメンション直後に、6番機が住宅地付近の雑木林に墜落[99]。
- 2007年5月24日
- 所属:ペルー空軍
- 機種:デ・ハビランド・カナダ DHC-6
- 死者:12名
- 状況:ペルー北東部のロレート県で、悪天候によりジャングルへ墜落。
- 2007年7月6日
- 2007年10月31日
- 2007年11月2日
- 2007年11月8日
- 所属:アメリカ陸軍
- 機種:シコルスキー・エアクラフト UH-60
- 死者:5名
- 状況:イタリア北部ベネト州で、超低空飛行中だったUH-60の尾部ローターが地面に接触し、墜落炎上。
2008年
[編集]- 2008年1月7日
- 2008年1月23日
- 所属:ポーランド空軍
- 機種:EADS CASA C-295M
- 死者:20名
- 状況:ポーランド北部のミロスワビッチの空港で、着陸態勢に入っていたC-295Mが滑走路手前で森林地帯に墜落した。
- 詳細:「2008年ポーランド空軍C-295墜落事故」を参照。
- 2008年2月12日
- 2008年2月12日
- 所属:フランス空軍
- 機種:ダッソー ミラージュ2000N
- 死者:なし
- 状況:ビスケー湾上空で、KC-135FRから空中給油を受けたミラージュ2000Nが、空中給油直後に機体の技術上のトラブルから墜落。乗員2人は脱出して無事。
- 2008年2月19日
- 所属:アメリカ空軍第33戦闘飛行隊
- 機種:マクドネル・ダグラス F-15C×2
- 死者:1名
- 状況:メキシコ湾上で演習中だったF-15C 2機が空中衝突し、乗員2人は脱出したが、うち1人は病院搬送後に死亡した。
- 2008年2月23日
- 所属:アメリカ空軍第509爆撃飛行隊
- 機種:ノースロップ・グラマン B-2A
- 死者:なし
- 状況:グアム島アンダーセン基地から離陸しようとしたB-2Aが、エアデータ・センサの整備不良が原因で離陸に失敗し墜落。乗員は脱出して無事。
- 詳細:「2008年アンダーセン空軍基地B-2墜落事故」を参照。
- 2008年3月14日
- 所属:アメリカ空軍
- 機種:ジェネラル・ダイナミクス F-16
- 死者:1名
- 状況:アリゾナ州で訓練飛行中だったF-16が、フェニックスから北西約130kmの地点に墜落。
- 2008年3月20日
- 2008年4月7日
- 所属:韓国空軍
- 機種:マクドネル・ダグラス RF-4C
- 死者:なし
- 状況:水原空軍基地から離陸したRF-4Cが、訓練飛行中に38度線近くの森林地帯に墜落。乗員は脱出して無事。
- 2008年4月8日
- 2008年4月17日
- 2008年4月20日
- 所属:ヨルダン空軍
- 機種:ジェネラル・ダイナミクス F-16
- 死者:1名
- 状況:訓練飛行中だったF-16が墜落。
- 2008年4月23日
- 2008年5月1日
- 2008年7月7日
- 2008年7月21日
- 2008年7月29日
- 2008年7月30日
- 2008年8月1日
- 所属:エクアドル陸軍
- 機種:シュド・アビアシオン SA342
- 死者:5名
- 状況:エクアドルの首都キトを離陸したSA342が、墜落。
- 2008年8月4日
- 2008年8月6日
- 2008年8月25日
- 2008年9月4日
- 所属:イギリス陸軍
- 機種:アグスタウェストランド アパッチAH.1
- 死者:なし
- 状況:アフガニスタンのヘルマンド州にある前方作戦基地を離陸後に墜落。イギリス陸軍が運用するアパッチAH.1で初の事故喪失となった[105]。
- 2008年9月11日
- 2008年9月18日
- 2008年10月4日
- 2008年10月7日
- 2008年10月20日
- 2008年10月21日
- 2008年10月23日
- 2008年11月4日
- 2008年11月18日
- 所属:ロシア軍
- 機種:不明(無人偵察機)
- 死者:2名死亡、8名負傷
- 状況:グルジア・南オセチア自治州近くの村に墜落し爆発。付近にいた同国兵士らが爆発に巻きこまれる。
- 2008年12月8日
- 所属:アメリカ海兵隊
- 機種:マクドネル・ダグラス F/A-18D
- 死者:4名
- 状況:カリフォルニア州ミラマー海兵隊基地へ着陸進入中のF/A-18D戦闘攻撃機が、同基地から約3km離れたサンディエゴの住宅地に墜落。乗員は脱出して無事だったが、墜落によって地上の住宅2棟が倒壊し、住民4名が死亡した。
- 詳細:「2008年サンディエゴF/A-18墜落事故」を参照。
2009年
[編集]- 2009年1月8日
- 2009年1月15日
- 2009年1月17日
- 2009年1月20日
- 所属:スペイン空軍
- 機種:ダッソー ミラージュF1/F1M
- 死者:3人
- 状況:アラゴン州で訓練飛行中だったミラージュF1戦闘機とミラージュF1M戦闘機の2機が地上に墜落し、乗員3人全員が死亡した。両機の墜落現場は約3km離れていたが、詳しい墜落原因は不明。
- 2009年3月17日
- 所属:トルコ空軍
- 機種:マクドネル・ダグラス F-4E
- 死者:1人
- 状況:トルコ中部のコンヤ県で訓練飛行中だったF-4Eが、制御不能になり墜落。乗員2名は緊急脱出したが、1人が死亡した。
- 2009年3月19日
- 2009年3月25日
- 2009年3月31日
- 2009年4月6日
- 所属:インドネシア空軍
- 機種:フォッカー F27 フレンドシップ
- 死者:24人
- 状況:インドネシア西部のバンドンでF27が墜落し、空港の格納庫に激突した。乗員6名と特殊部隊訓練生17人および教官1人の計24人全員が死亡した。
- 2009年4月30日
- 2009年5月15日
- 2009年5月19日
- 所属:アメリカ海軍第6ヘリコプター対潜飛行隊
- 機種:シコルスキー HH-60
- 死者:3人
- 状況:カリフォルニア州南部海域で、COMPTUEX演習に参加していたHH-60が墜落。乗員3人全員が死亡した。
- 2009年5月20日
- 2009年7月3日
- 所属:パキスタン陸軍
- 機種:M・L・ミーリ記念モスクワ・ヘリコプター工場 Mi-17
- 死者:41名
- 状況:パキスタン北西部の連邦直轄部族地域オーラクザイ管区で墜落した。
- 詳細:「パキスタン陸軍ヘリコプターMi-17墜落事件 (2009年)」を参照。
- 2009年7月19日
- 2009年8月16日
- 2009年8月21日
- 所属:インド海軍
- 機種:ホーカー・シドレー シーハリアーFRS.51
- 死者:1名
- 状況:アラビア海で通常訓練中に墜落、乗員1名が死亡した[111]。
- 2009年9月13日
- 所属:イスラエル空軍
- 機種:ロッキード・マーティン F-16
- 死者:1名
- 状況:イスラエル南部のヘブロン近郊で訓練飛行中のF-16が墜落。パイロットのアサフ・ラモーン大尉が死亡した。アサフ・ラモーン大尉はイスラエル人初の宇宙飛行士としてスペースシャトル・コロンビア号に搭乗し、同機の空中分解事故により事故死したイラン・ラモーンの長男であった。アサフ・ラモーン大尉は当時21歳で、この事故の3ヶ月前に優秀な成績でイスラエル空軍航空学校を卒業したばかりであった[112]。
- 2009年9月24日
- 2009年9月28日
- 2009年10月7日
- 2009年10月9日
- 所属:ウルグアイ軍
- 機種:EADS CASA C-212
- 死者:11名
- 状況:ハイチでの国際連合ハイチ安定化ミッションに参加していたウルグアイ軍のC-212輸送機がポルトープランス国際空港を離陸後、ドミニカ共和国との国境付近の山岳地帯に墜落。乗っていたウルグアイとヨルダン軍の隊員ら11人全員が死亡した。
- 2009年10月29日
- 2009年11月6日
- 所属:ロシア海軍太平洋艦隊第568独立ロケット搭載機航空連隊
- 機種:ツポレフ Tu-142MZ
- 死者:11名
- 状況:訓練飛行中に間宮海峡付近で墜落。乗員11名全員が死亡した。
- 2009年11月23日
- 2009年12月4日
- 2009年12月8日
2010年代
[編集]2010年
[編集]- 2010年1月22日
- 2010年1月28日
- 2010年2月3日
- 2010年3月2日
- 2010年3月3日
- 所属:インド海軍
- 機種:ヒンドゥスタン・エアロノーティクス・リミテッド HJT-36
- 死者:2名(2名負傷)
- 状況:インド南部ハイデラバードでの航空ショー中、4機でのアクロバット飛行中に墜落。パイロット2名が死亡し、地上にいた民間人2名が負傷した。
- 2010年3月31日
- 所属:アメリカ海軍第125早期警戒飛行隊
- 機種:ノースロップ・グラマン E-2C
- 死者:なし(1名行方不明)
- 状況:ペルシャ湾を飛行中、機械故障により墜落。乗員4名のうち3名が救助されたが、1名が行方不明となった。
- 2010年4月2日
- 2010年4月8日
- 所属:アメリカ空軍
- 機種:ベル ボーイング・バートル CV-22
- 死者:4名(負傷者多数)
- 状況:アフガニスタン南部ザブール州カラートの西方11kmの地点を夜間飛行中に墜落。
- 2010年5月29日
- 2010年6月18日
- 2010年7月5日
- 2010年7月21日
- 2010年7月23日
- 所属:カナダ空軍
- 機種:マクドネル・ダグラス CF-18
- 死者:なし
- 状況:アルバータ州レスブリッジ空港で航空ショーの練習飛行の最中、低空飛行時に機体が真っ逆さまになり墜落。パイロットは墜落直前に脱出して無事。
- 2010年7月28日
- 所属:アメリカ空軍
- 機種:ボーイング C-17
- 死者:4名
- 状況:航空ショーのための飛行訓練を行っていた。操縦士が急激な右旋回を行い、失速警報装置が作動したが旋回を続けたため、機体は回復不能な失速状態に陥り、飛行場から約2マイルの地点に墜落した。
- 詳細:「2010年のアラスカでのC-17機の墜落事故」を参照。
- 2010年7月30日
- 2010年8月17日
- 2010年9月3日
- 2010年10月6日
- 所属:ロシア軍
- 機種:M・L・ミーリ記念モスクワ・ヘリコプター工場 Mi-8
- 死者:28名
- 状況:タジキスタンでの軍事作戦中に墜落。
- 2010年11月12日
- 所属:韓国空軍
- 機種:マクドネル・エアクラフト RF-4C
- 死者:2名
- 状況:京畿道の水原空軍基地を離陸後、低空訓練飛行中に全羅北道の任実郡の山中に墜落。
- 2010年11月16日
2011年
[編集]- 2011年2月14日
- 所属:タイ王国空軍
- 機種:ジェネラル・ダイナミクス F-16×2
- 死去:なし
- 状況:多国間共同訓練コブラ・ゴールド11参加中の2機が空中で接触し、共に墜落した。パイロット2名は緊急脱出に成功し無事だった。
- 2011年3月21日
- 所属:アメリカ空軍
- 機種:ボーイング F-15E
- 死者:なし
- 状況:リビア紛争におけるオデッセイの夜明け作戦に参加中のレイクンヒース空軍基地所属の機体が、急激な機動(高高度・低速度下での100°にわたる急旋回)を行った際に発生した燃料供給ソフトウェアの不具合から墜落した。
- 2011年7月5日
- 2011年7月26日
- 2011年8月2日
- 2011年8月4日
- 所属:インド空軍
- 機種:SEPECAT・ヒンドスタン航空機 ジャギュア
- 死者:2名
- 状況:ウッタル・プラデーシュ州ゴーラクプル空軍基地付近で墜落し、乗員1名と地上の民間人1名が死亡した[117]。
- 2011年8月15日
- 2011年8月20日
2012年
[編集]- 2012年2月3日
- 2012年2月8日
- 2012年2月20日
- 2012年3月15日
- 所属:ノルウェー空軍第335飛行隊
- 機種:ロッキード・マーティン C-130J
- 死者:5名
- 状況:NATO軍の「コールドレスポンス演習」に参加中、スウェーデンのノールボッテン県キルナ空港へ着陸直前、山岳地帯に墜落して乗員5名が死亡した[122]。
- 詳細:「2012年ノルウェー空軍C-130墜落事故」を参照。
- 2012年3月21日
- 2012年4月6日
- 所属:アメリカ海軍第106戦闘攻撃飛行隊
- 機種:マクドネル・ダグラス F/A-18D
- 死者:なし
- 状況:バージニア州オシアナ海軍航空基地を離陸後、メカニカルトラブルでバージニアビーチの住宅地に墜落。住宅数軒が損壊して火災が発生した[123]。
- 詳細:「2012年バージニアビーチF/A-18墜落事故」を参照。
- 2012年4月11日
- 所属:アメリカ海兵隊第261海兵中型ティルトローター飛行隊
- ベル・ヘリコプター・ボーイング・ヘリコプターズ MV-22
- 死者:2名(重傷者2名)
- 状況:モロッコ南西部のアガディールにあるモロッコ軍演習場での「アフリカのライオン演習」中、兵員降下後に墜落した[124]。
- 2012年4月15日
- 2012年6月11日
- 所属:アメリカ海軍
- 機種:ノースロップ・グラマン RQ-4N BAMS
- 死者:なし
- 状況:メリーランド州パタクセント・リバー海軍航空基地で試験中、基地東方約22mi(約35km)の沼地に墜落し、機体は炎上した[126]。
- 2012年6月13日
- 2012年7月1日
- 2012年7月22日
- 2012年11月15日
- 2012年11月15日
- 2012年11月22日
- 所属:チェコ空軍
- 機種:アエロ・ヴォドホディ L-159
- 死者:1名
- 状況:中央ボヘミアで実施していた訓練飛行中に墜落し、パイロット1人が死亡した[134]。
- 2012年12月5日
- 所属:南アフリカ空軍
- 機種:ダグラス・エアクラフト C-47TP
- 死者:11名
- 状況:乗員6名とネルソン・マンデラ元大統領の自宅で要人警護を担当するチーム5名を乗せプレトリアのウォータークルーフ空軍基地を発ったがその後消息を絶ち、12月6日の朝にクワズール・ナタール州北西部に位置するレディスミス近郊のジャイアンツ・キャッスルで機体が発見され全員の死亡も確認された。悪天候が原因と考えられている。
- 詳細:「2012年南アフリカ空軍C-47TP墜落事故」を参照。
2013年
[編集]- 2013年2月15日
- 所属:アメリカ空軍
- 機種:ベル・エアクラフト、AH-1
- 死者:なし(1名軽傷)
- 状況:韓国版トップ・ギアの撮影中、シボレー・コルベットZR-1とのドラッグレースの対決後、操縦ミスにより墜落。
- 2013年3月31日
- 2013年4月16日
- 2013年8月28日
2014年
[編集]- 2014年1月7日
- 2014年1月15日
- 所属:アメリカ陸軍第160特殊作戦航空連隊
- 機種:シコルスキー・エアクラフト MH-60S
- 死者:1名
- 状況:ジョージア州のハンター陸軍飛行場で訓練中にハードランディングし、特殊部隊の兵士1人が死亡、2人が負傷した[139]。
- 2014年1月29日
- 2014年3月1日
- 所属:アメリカ海軍海軍攻撃・航空戦センター
- 機種:ボーイング F/A-18C
- 死者:1名
- 状況:ネバダ州ファロン海軍航空基地東方約70mi(約112km)の演習場に墜落し、乗員1名が死亡。なお、機体はアメリカ海兵隊から貸し出されているものだった[141]。
- 2014年3月28日
- 所属:インド空軍第77飛行隊
- 機種:ロッキード・マーティン C-130J
- 死者:5名
- 状況:ニューデリー南方約300kmのマディヤ・プラデーシュ州グワーリヤル近郊で、低空での編隊飛行訓練中に墜落し、乗員5名が死亡[142]。
- 2014年4月25日
- 2014年5月17日
- 2014年6月9日
- 2014年7月7日
- 2014年7月14日
- 2014年10月21日
- 所属:インド空軍第30飛行隊
- 機種:スホーイ・ヒンドスタン航空機 Su-30MKI
- 死者:なし
- 状況:マハーラーシュトラ州ロッチゲアン空軍基地へ着陸中、射出座席が突然作動して機体が地上に激突した[148]。
- 2014年11月15日
- 2014年12月4日
- 2014年12月24日
2015年
[編集]- 2015年1月25日
- 2015年1月26日
- 2015年2月12日
- 所属:海上自衛隊第211教育航空隊
- 機種:MDヘリコプターズ OH-6DA
- 死者:3名
- 状況:伊佐市付近を飛行中、当初、飛行を予定していた鹿児島県出水市の天候が悪いとしてルートを変更し、宮崎県のえびの市や小林市付近の上空を飛行し、鹿屋基地に戻る予定のところ、えびの市の山中に墜落[152]。
- 詳細:「OH-6DAえびの墜落事故」を参照。
- 2015年2月17日
- 2015年4月6日
- 所属:陸上自衛隊東北方面航空隊東北方面ヘリコプター隊
- 機種:ヒューズ・ヘリコプターズ・川崎重工業 OH-6D
- 死者:なし
- 状況:仙台市宮城野区岡田の田んぼに不時着、2名の乗員にけがはなかった。テールローターが脱落、メインローターが折損した[154]。
- 2015年4月28日
- 2015年5月8日
- 所属:パキスタン陸軍航空隊
- 機種:MVZミーリ Mi-17
- 死者:7名
- 状況:ギルギット・バルティスタンで、パキスタン外務省主催の視察ツアーのため各国駐在大使らを乗せ飛行中に墜落。駐パキスタンのフィリピンとノルウェー大使のほか7名が死亡し、オランダ、マレーシア、ポーランドの各大使など13名が負傷した[159][160]。
- 詳細:「2015年パキスタン陸軍Mi-17墜落事故」を参照。
- 2015年5月12日
- 2015年5月18日
- 2015年6月4日
- 2015年6月4日
- 2015年6月24日
- 2015年7月3日
- 2015年7月4日
- 2015年7月7日
- 所属:アメリカ空軍第55戦闘飛行隊
- 機種:ロッキード・マーティン F-16C、セスナ 150
- 死者:2名
- 状況:サウスカロライナ州チャールストン空軍基地付近の上空で空中衝突し、両機とも墜落した。F-16C戦闘機の乗員は緊急脱出して無事だったが、民間のセスナ150の乗員2名が死亡した[166]。
- 詳細:「2015年モンクスコーナー空中衝突事故」を参照。
- 2015年7月27日
- 2015年7月31日
- 2015年8月22日
- 所属:民間所有
- 機種:ホーカー・エアクラフト ハンター
- 死者:7名
- 状況:イギリス南部のショアハムで行われていた航空ショーにおいて、宙返り飛行の途中で近くの幹線道路に墜落し、道路上の車両を直撃した。7名が死亡したほか、15名が負傷。操縦士は重体となった[168]。
- 詳細:「2015年ショアハム航空ショー墜落事故」を参照。
- 2015年9月2日
- 所属:アメリカ海兵隊
- 機種:シコルスキー・エアクラフト CH-53E
- 死者:1名
- 状況:ノースカロライナ州のキャンプ・ルジューン基地で、宙づり訓練を行っていた際、墜落し乗員の海兵隊員1名が死亡、11名が負傷した[169]。
- 2015年10月2日
- 所属:アメリカ空軍第455遠征航空団
- 機種:ロッキード・マーティン C-130J
- 死者:14名
- 状況:アフガニスタン東部のジャララバード空港で離陸直後に墜落。乗員6名のほか、同乗の民間人5名、地上の3人も死亡した[170][171][172]。
- 詳細:「2015年アメリカ空軍C-130墜落事故」を参照。
- 2015年12月20日
2016年
[編集]- 2016年1月14日
- 所属:アメリカ海兵隊第1海兵航空団
- 機種:シコルスキー・エアクラフト CH-53E×2
- 死者:12名
- 状況:ハワイ州オアフ島沖で、それぞれ6人が乗り組んだ第1海兵航空団所属機2機が訓練中に衝突墜落し、12人全員が死亡した[174][175]。
- 詳細:「2016年アメリカ海兵隊CH-53空中衝突事故」を参照。
- 2016年1月21日
- 2016年2月10日
- 2016年2月15日
- 2016年3月20日
- 2016年4月6日
- 所属:航空自衛隊飛行点検隊
- 機種:ブリティッシュ・エアロスペース U-125
- 死者:6名
- 状況:鹿屋航空基地で電波航法設備の点検に当たっていたが、基地北側の高隈山地付近で行方不明となった。御岳中腹に墜落した残骸が翌7日早朝に発見され、その後乗員6名全員の死亡が確認された[180]。
- 詳細:「U-125御岳墜落事故」を参照。
- 2016年4月27日
- 2016年5月6日
- 所属:アメリカ海兵隊第542海兵攻撃飛行隊
- 機種:マクドネル・ダグラス AV-8B
- 死者:なし
- 状況:ノースカロライナ州ウィルミントン国際空港を離陸して飛行訓練中、沿岸から3.2kmの沖合に墜落した[182]。
- 2016年5月19日
- 所属:アメリカ空軍
- 機種:ボーイング B-52H
- 死者:なし
- 状況:グアムのアンダーセン空軍基地で離陸に失敗し、墜落炎上した[183]。
- 2016年6月2日
- 所属:アメリカ空軍サンダーバーズ
- 機種:ジェネラル・ダイナミクス F-16
- 死者:なし
- 状況:空軍士官学校卒業式の上空を飛行した直後に墜落した。パイロットは脱出し無事だった[184]。
- 2016年6月2日
- 所属:アメリカ海軍ブルーエンジェルス
- 機種:マクドネル・ダグラス F/A-18
- 死者:1名
- 状況:テネシー州のスマーナ空港で4、5日に開催予定の「グレート・テネシー・エアショー」で曲技飛行を披露するため、同空港に展開して飛行訓練を行っていたが墜落[184]。
- 2016年6月14日
- 2016年6月16日
- 2016年6月19日
- 2016年6月27日
- 2016年6月30日
- 所属:インドネシア空軍
- 機種:ロッキード・マーティン C-130
- 死者:143名
- 状況:軍物資などを載せてメダン空軍基地を出発し、ナトゥナ諸島へ向かったが離陸2分後に墜落した。
- 2016年7月22日