堀内文一

堀内 文一
御影聖書学舎にて(1924年)
生誕 1875年8月1日
奈良県大和郡山
死没 (1940-01-13) 1940年1月13日(64歳没)
職業 牧師巡回伝道者
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堀内 文一(ほりうち ぶんいち、1875年8月1日 - 1940年1月13日)は、日本牧師伝道者日本伝道隊の指導者。奈良県大和郡山生まれ。

生涯[編集]

  • 士族堀内恒平の次男として、奈良県大和郡山に誕生する。幼い時に、恒平は死去。母親と兄嵓太郎の手で育てられる。
  • 郡山中学を中退して、兄の勤めていた大阪の紡績会社で働いていた時に、兄の勧めで教会に行く。
  • 大阪の教会で同志社の学生だった竹田俊造に出会い、信仰の指導を受ける。
  • 1895年 同志社に入学する。
バークレー・バックストン最後の来日、1937年
御影の聖書学舎、堀内は前列右から1人目
  • 1931年 日本伝道隊の12教会で聖書教会を結成して、その代表となる。
  • 1935年 日本イエス・キリスト教会が結成される。堀内は病気のために代表を辞退する。
  • 1937年 バックストン来日の時、病床の堀内を見舞う。
  • 1940年 五年の闘病の後召天

参考文献[編集]