雄信内駅

雄信内駅
駅舎(2020年8月)
おのっぷない
Onoppunai
W67 糠南 (5.7 km)
(7.9 km) 南幌延 W70
地図
所在地 北海道天塩郡幌延町字雄興
北緯44度54分41.1秒 東経141度56分9.5秒 / 北緯44.911417度 東経141.935972度 / 44.911417; 141.935972座標: 北緯44度54分41.1秒 東経141度56分9.5秒 / 北緯44.911417度 東経141.935972度 / 44.911417; 141.935972
駅番号 W68
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 宗谷本線
キロ程 183.7 km(旭川起点)
電報略号 オノ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1925年(大正14年)7月20日[1]
備考 無人駅
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雄信内駅(おのっぷないえき)は、北海道宗谷総合振興局天塩郡幌延町字雄興(ゆうこう)にある北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線である。電報略号オノ事務管理コードは▲121838[2]駅番号W68

歴史[編集]

利用減少によって2019年(令和元年)に、JR北海道から廃止を要請されたが[新聞 1]、幌延町が2015年(平成27年)から町内の駅を活用したまちおこし事業を進めてきた経緯があり、2021年(令和3年)以降は幌延町が維持管理費用を負担して存続している[幌延町 1]

1977年の雄信内駅と周囲約500m範囲。左が稚内方面。国鉄型配線の2面3線。駅舎横の稚内側に貨物積卸場と引込み線。駅舎横の名寄寄りと駅裏のストックヤードは共に久しく使用されていない様子。かつては木材が山のように積まれていたこともあった。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

年表[編集]

  • 2020年令和2年)3月28日:幌延町が2021年度から、ふるさと納税等を原資とした町による維持管理に移行することを発表[幌延町 1]
    • 当駅の存続理由について幌延町は「宗谷本線の歴史を伝える国鉄型木造駅舎の希少性について考究が必要なこと[幌延町 1]」とした。
  • 2021年(令和3年)4月:幌延町による維持管理に移行[JR北 1][新聞 5]。ただし、当駅は交換機能を有することからその機能に係る費用はJR北海道が負担する意向を示していた[幌延町 2]

駅名の由来[編集]

当駅が所在する幌延町から対岸の天塩町にかけての地名から。駅名のよみは開業時より「おのっぷない[注釈 2]」であるが、地名や公共施設、北海道道道の路線名における「雄信内」のよみは「おのない」である[天塩町 1]。天塩町側を流れ当駅の対岸付近で天塩川に合流する雄信内川のアイヌ語名「オヌプンナイ(o-nup-un-nay)」(川尻に・原野・のある・川)に由来する[10][11][12]

なお、アイヌ語地名研究家の山田秀三は旧図に「ヲヌフナイ」とあることから「オヌㇷ゚ナイ(o-nup-nay)」と略して呼ばれた、と推察しており[13][10]、1973年(昭和48年)に国鉄北海道総局が発行した『北海道 駅名の起源』でも「オ・ヌㇷ゚・ウン・ナイママ」が「オヌプナイママ」に転訛しそれに漢字をあてた、とする説を採用している[3]

駅所在地の字名は現在「雄興」となっているが、これは、1959年(昭和34年)の字名改正で「新雄信内」をはじめとする幌延町内の「雄信内」と通称される地区の字名を再編したことによるもので、天塩町側の「雄信内」(現字名:オヌプナイ)と混同のおそれがあったことに加え、「地理的に今後雄々しく興隆の兆がある」として名付けられたものである[14][幌延町 3]

駅構造[編集]

相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、列車交換可能となっている[15]。互いのホームは駅舎側ホーム東側と対向側ホーム東側を結んだ構内踏切で連絡し[15]、駅舎側(南側)が下りの1番線、対向側ホームが上りの2番線となっている[15]。そのほか1993年(平成5年)3月時点では1番線の稚内方から分岐し駅舎西側に至る行き止りの側線を1線有していることが確認されている[15]。また、1983年(昭和58年)4月時点では副本線1線を2番線の反対側に有していたが[16][注釈 3]、この旧副本線は1993年(平成5年)3月までには撤去された[15]

駅舎は構内の南側に位置し、1番線ホーム中央部分に接している[15]。1953(昭和28)年11月に改築された木造駅舎[6][16]が修復を加えながら継続使用されており、旧事務室部分は無人駅化後も冬季に除雪担当職員の詰所として利用されている[17]。ホーム側には縦書きの駅銘板が掲示されている[11]。駅舎内のトイレは閉鎖されているが、駅舎とは別棟でプレハブのトイレ棟を有する[11]

のりば[編集]

番線 路線 方向 行先
1 宗谷本線 下り 稚内方面
2 上り 名寄方面

利用状況[編集]

乗車人員の推移は以下の通り。年間の値のみ判明している年度は日数割で算出した参考値を括弧書きで示す。出典元が「乗降人員」となっているものについては1/2とした値を括弧書きで乗車人員の欄に示し、備考欄で元の値を示す。

また、「JR調査」については、当該の年度を最終年とする過去5年間の各調査日における平均である。

乗車人員推移
年度 乗車人員(人) 出典 備考
年間 1日平均 JR調査
1966年(昭和41年) 35,849 (98.2) [18]
1981年(昭和56年) (22.0) [16] 1日乗降客数44人
1992年(平成04年) (8.0) [15] 1日乗降客数16人
2015年(平成27年) 「1名以下」 [JR北 2]
2016年(平成28年) 0.0 [JR北 3]
2017年(平成29年) 0.0 [JR北 4]
2018年(平成30年) 0.0 [JR北 5]
2019年(令和元年) 0.0 [JR北 6]
2020年(令和02年) 0.0 [JR北 7]
2021年(令和03年) 0.0 [JR北 8]
2022年(令和04年) 0.0 [JR北 9]

駅周辺[編集]

駅前(2018年8月)
右手の道路の先が駅

幌延町側(幌延町雄興)[編集]

もともとこの周辺地域への入植は対岸の天塩町側から始まった経緯があり、幌延町側は鉄道開通前年の(大正13年)時点で世帯数12戸(うち6戸は東部のタンタシャモナイ地区)を数えるのみであったが、雄信内駅開設後の1932年(昭和7年)に雄信内橋(初代)が天塩川に架橋されたことで当地は天塩町雄信内(現:オヌプナイ)との交通の要所となり、当駅周辺には市街地が形成され[19]、対岸の天塩町側に対し「新市街」と呼ばれた[14]

幌延町によると、1970年(昭和45年)時点で「食料品店・鮮魚店・菓子店・日通が営業」しており、旅館・豆腐店・料理店・工務店・鉄工所なども存在した時期がある[幌延町 4]。同年時点での雄興地区の世帯数は50戸(うち8戸はタンタシャモナイ地区)、人口は224人を数えた[19]

2017年(平成29年)3月の住民基本台帳月報によると、当駅前を含む幌延町雄興地区は2世帯6人の居住があるが[幌延町 5]、幌延町では2017年(平成29年)時点での同駅の紹介で、駅前については「ゴーストタウン[幌延町 6]」と表現している。

天塩町側(天塩町オヌプナイ)[編集]

前述のように鉄道開通以前からの天塩町第2の市街であった[19]。このため「新市街」に対して「旧市街」と呼ばれたこともあった[14]

  • 天塩町役場雄信内支所
  • 天塩警察署雄信内駐在所
  • 雄信内郵便局
  • 天塩町立啓徳小中学校
  • 天塩町立雄信内へき地保育所
  • るもい農業協同組合雄信内支所
  • 北海道農業共済組合留萌北部家畜診療所
  • Aコープ雄信内店

その他[編集]

宗谷本線旧線(下平橋)[編集]

1965年(昭和40年)7月以前、宗谷本線は上雄信内駅跡 - 当駅間にかけ、天塩川右岸の山肌を下平陸橋(桁15連、全長154.2m)と呼ばれる陸橋で通過していた。

しかし、下平陸橋は1961年(昭和36年)1月26日に、雪崩ですべて落橋[20][21]、翌1962年(昭和37年)には、8月17日に大雨により第8橋脚に土砂が押し寄せ折損・桁2連を流失、同年9月30日には地すべりにより、仮橋脚2基・桁2連を流失する[20]など、度重なる自然災害によって大きな被害を受けていた。

このため、下平トンネル(全長1,356m)を含む2.4kmの新線が、1963年(昭和38年)9月に着工し、1965年(昭和40年)7月15日から使用開始された[幌延町 5][20]

旧線の一部は、その後幌延町が買収し工事を実施し[19]、町道雄興1号線下平橋として転用され[幌延町 6]、タンタシャモナイ地区へにある住家へのアクセス道路として機能しているが[19][幌延町 6]、下平橋の老朽化から2017年(平成29年)現在代替路線が検討されており、今後橋梁点検の結果から、居住者移転も視野に方針を検討していくこととなっている[幌延町 9][幌延町 7]

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道(JR北海道)
宗谷本線
糠南駅 (W67) - *上雄信内駅 - 雄信内駅 (W68) - *安牛駅 (W69) - 南幌延駅 (W70)
*打消線は廃駅[11]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 2013年 - 2018年の1日当たりの平均乗車人員が3人以下の駅
  2. ^ 当時の仮名遣いでは「をのつぷない[9]
  3. ^ この時点で旭川方・稚内方両側の分岐器は撤去されていた

出典[編集]

  1. ^ a b c d e 石野哲 編『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 II』(初版)JTB、1998年10月1日、902頁。ISBN 978-4-533-02980-6 
  2. ^ 日本国有鉄道営業局総務課 編『停車場一覧 昭和41年3月現在』日本国有鉄道、1966年、239頁。doi:10.11501/1873236https://doi.org/10.11501/18732362023年1月15日閲覧 
  3. ^ a b 『北海道 駅名の起源』(第1版)日本国有鉄道北海道総局、札幌市、1973年3月25日、180頁。ASIN B000J9RBUY 
  4. ^ a b c 書籍『JR・私鉄全線各駅停車1 北海道630駅』(小学館1993年6月発行)179-180ページより。
  5. ^ 書籍『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線 1 北海道』(監修:今尾恵介新潮社2008年5月発行)47ページより。
  6. ^ a b nobuカワシマ (2015年10月17日). “駅前の風景は生い茂る草木と廃屋、雄信内駅”. 北海道Likers. 2017年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月4日閲覧。
  7. ^ “「通報」●函館本線江部乙駅ほか49駅の駅員無配置について(旅客局)”. 鉄道公報 (日本国有鉄道総裁室文書課): p. 1. (1984年11月9日) 
  8. ^ 書籍『無人駅探訪』(監修:西崎さいき、文芸社2011年6月発行)149ページより。
  9. ^ 大蔵省印刷局, ed (1925-07-16). “鉄道省告示 第123号”. 官報 (国立国会図書館デジタルコレクション) (3869). https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2956017/3. 
  10. ^ a b アイヌ語地名リスト オニシベ~キタ P31-40P”. アイヌ語地名リスト. 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室 (2007年). 2017年10月19日閲覧。
  11. ^ a b c d 書籍『北海道鉄道駅大図鑑』(著:本久公洋、北海道新聞社2008年8月発行)219ページより。
  12. ^ 書籍『北海道の駅878ものがたり 駅名のルーツ探究』(監修:太田幸夫、富士コンテム、(2004年2月発行))124ページより。
  13. ^ 山田秀三 (2018-11-30). 北海道の地名. アイヌ語地名の研究 山田秀三著作集 別巻 (2 ed.). 浦安市: 草風館. p. 141. ISBN 978-4-88323-114-0 
  14. ^ a b c 白山友正 編『幌延町史』幌延町、1974年、114頁。doi:10.11501/9569192https://doi.org/10.11501/95691922022年6月18日閲覧 
  15. ^ a b c d e f g h 書籍『JR・私鉄全線各駅停車1 北海道630駅』(小学館1993年6月発行)149ページより。
  16. ^ a b c 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館1983年7月発行)184ページより。
  17. ^ 書籍『すごい駅』(著:横見浩彦牛山隆信メディアファクトリー新書、2010年10月発行)14-15ページより。
  18. ^ 白山友正 編『幌延町史』幌延町、1974年、784頁。doi:10.11501/9569192https://doi.org/10.11501/95691922022年6月18日閲覧 
  19. ^ a b c d e f g h i 白山友正 編『幌延町史』幌延町、1974年、219‐223頁。doi:10.11501/9569192https://doi.org/10.11501/95691922022年6月18日閲覧 
  20. ^ a b c 太田幸夫『北の保線 線路を守れ、氷点下40度のしばれに挑む』交通新聞社、2011年8月15日、149-152頁。ISBN 978-4-330-23211-9 
  21. ^ 福山 幹基 (1961). “下平陸橋の雪崩事故について”. 雪氷 (日本雪氷学会) Vol. 23 (No.2): pp.30-31. doi:10.5331/seppyo.23.70. https://doi.org/10.5331/seppyo.23.70. 

JR北海道[編集]

  1. ^ 来春のダイヤ見直しについて』(PDF)(プレスリリース)北海道旅客鉄道、2020年12月9日。 オリジナルの2020年12月9日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20201209060401/https://www.jrhokkaido.co.jp/CM/Info/press/pdf/20201209_KO_kaisei.pdf2020年12月10日閲覧 
  2. ^ 極端にご利用の少ない駅(3月26日現在)” (PDF). 平成28年度事業運営の最重点事項. 北海道旅客鉄道. p. 6 (2016年3月28日). 2017年9月25日閲覧。
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  4. ^ 宗谷線(名寄・稚内間)』(PDF)(プレスリリース)北海道旅客鉄道、2017年7月2日。 オリジナルの2018年7月3日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20180703125359/http://www.jrhokkaido.co.jp/corporate/region/pdf/senku/04.pdf2018年7月13日閲覧 
  5. ^ 宗谷線(名寄・稚内間)” (PDF). 線区データ(当社単独では維持することが困難な線区)(地域交通を持続的に維持するために). 北海道旅客鉄道. p. 4 (2019年10月18日). 2019年10月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年10月18日閲覧。
  6. ^ 宗谷線(名寄・稚内間)” (PDF). 地域交通を持続的に維持するために > 輸送密度200人以上2,000人未満の線区(「黄色」8線区). 北海道旅客鉄道. p. 3・4 (2020年10月30日). 2020年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月3日閲覧。
  7. ^ 駅別乗車人員 特定日調査(平日)に基づく”. 北海道旅客鉄道. 2022年8月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月14日閲覧。
  8. ^ 駅別乗車人員 特定日調査(平日)に基づく”. 北海道旅客鉄道. 2022年9月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月3日閲覧。
  9. ^ 駅別乗車人員 特定日調査(平日)に基づく”. 北海道旅客鉄道. 2023年11月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月10日閲覧。

幌延町[編集]

  1. ^ a b c 幌延町内における宗谷本線「極端に利用の少ない無人駅」に係る町方針について”. 幌延町. 2020年3月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年3月29日閲覧。
  2. ^ a b c d 第11回 まちづくり常任委員会会議録” (PDF). 幌延町 (2019年11月29日). 2020年6月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年6月6日閲覧。
  3. ^ 町の区域内の町及び字の区域及び名称(昭和34年4月23日北海道告示第573号)”. 幌延町例規類集第1編 総規/第1章 町制(北海道町村会法務支援室例規集データベース (1959年4月23日). 2017年12月16日閲覧。
  4. ^ 今月の駅ノート” (PDF). 広報 ほろのべの窓 2018年5月号. 幌延町. p. 16 (2018年5月). 2018年6月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年6月2日閲覧。
  5. ^ a b 幌延町産業振興課 (2017年11月). “幌延町情報ボックス平成29年度版”. 幌延町. 2017年12月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年12月11日閲覧。
  6. ^ a b c 幌延町内の各駅ご紹介”. 幌延町 (2017年11月6日). 2017年11月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月6日閲覧。
  7. ^ a b c 第6回まちづくり常任委員会報告(議会だより 第99号)”. 広報誌 ほろのべの窓 2017年11月号. 幌延町. p. p.8 (2017年11月). 2017年11月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月3日閲覧。
  8. ^ 幌延町史跡標柱等について”. 幌延町. 2017年7月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年12月19日閲覧。
  9. ^ ほろのべ議会だより 第99号”. 広報誌 ほろのべの窓 2017年11月号. 幌延町. p. p.3 (2017年11月). 2017年11月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月3日閲覧。

天塩町[編集]

  1. ^ 天塩の歴史・年表”. 天塩町 (2018年4月11日). 2018年10月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年10月8日閲覧。

新聞記事[編集]

  1. ^ a b “宗谷線の無人駅管理 自治体に要請 JR「負担か廃止」 3月期限、悩む沿線”. 北海道新聞. (2019年12月12日). オリジナルの2019年12月12日時点におけるアーカイブ。. https://archive.vn/rLCSB 2020年3月28日閲覧。 
  2. ^ “宗谷線、20駅無人化へ 特殊自動閉そく装置導入工事進む”. 交通新聞 (交通協力会): p. 2. (1986年9月17日) 
  3. ^ “「秘境駅」、駅名板相次ぎ盗難=JR宗谷線、「そっと返して」-北海道”. JIJI.COM. 時事通信社. (2017年9月14日). https://web.archive.org/web/20171211053535/https://www.jiji.com/jc/article?k=2017091400169 
  4. ^ “盗まれた駅名看板、そっと返してほしいけど…JR雄信内、問寒別の新看板設置”. どうしん電子版 (北海道新聞社). (2017年10月14日). https://www.hokkaido-np.co.jp/article/138405 
  5. ^ “無人18駅、自治体管理へ JR北海道 経営難で急拡大”. 北海道新聞. (2021年2月5日). オリジナルの2021年2月6日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/QVPN7 2021年2月7日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]