小惑星による掩蔽

小惑星による掩蔽(しょうわくせいによるえんぺい、asteroid occultation)とは、小惑星準惑星が観測者と他の天体の間を通過する際に、天体を隠す現象である。隠される天体としては主に恒星が多く、それらの現象は特に小惑星による恒星食と呼ばれることも多い。本記事では特段の記述がない限り恒星を隠す現象について述べる。

概要

太陽系小惑星地球から観測したときの見かけの大きさ恒星よりも大きいため、小惑星が運行により天球上を移動する際に背景の恒星の手前を通過することで恒星が隠されることがある。このとき、小惑星と恒星が徐々に接近し分離できないほどまでになると、重なる前までは両者は小惑星と恒星の明るさを足し合わせた合成等級を持つ1つの光点として観測される。しかし小惑星が恒星に重なると、恒星からの光は観測者に届かなくなり小惑星の光のみが届く。重なった瞬間を観測者から見ると、恒星が減光したように観測され、小惑星がさらに移動して恒星が再び姿を現すと明るさが元に戻って見える。特に小惑星は恒星に比べてずっと暗いため後述のように眼視や露光時間の短い動画撮影では小惑星の存在が分からない場合も多く、その場合は恒星が一時的に消滅したかのように観測される。

現象中は地上に恒星による小惑星の影が移動していることになり、恒星が小惑星のどの部分の影になるかによって減光の継続時間が変化する。この継続時間はその小惑星の恒星を隠した部分の大きさ(の長さ)を表しており、複数地点で同じ現象を観測し減光が起こった時刻と継続時間を照らし合わせることでその小惑星の形状を推定することができる。

見かけの大きさが大きくても数十ミリ秒角程度である小惑星の形を捉えることは大望遠鏡でも困難であり、小望遠鏡でも可能な観測により小惑星の大きさや形状を捉えることができる重要な現象である。恒星の位置精度と同等の精度で小惑星の位置測定[1]ができる点でも重要である。 この利点を生かして宇宙探査機が探査するターゲット天体について掩蔽観測を行うことで事前に天体の形状を把握する試みもなされている。

ほかに、減光が起こった際の光度曲線の特徴から恒星に伴星があることや、小惑星に輪・衛星・大気が存在することが発見された例も多い。

歴史

小惑星による掩蔽観測の最初の例は1958年2月19日にスウェーデン(3)ジュノーによる8.2等星SAO112328の食が観測されたものである[2]。以降20年間で4大小惑星の観測例が5つあったのみだが、1978年以降は地球規模の予報が出されるようになり観測数が増加した。 日本においては1970年代終盤から観測が試みられるようになり、1983年1月19日に井田三良が観測した(106) ディオネによる9.1等星SAO80228の食が[3]日本での観測例で初となった。

1997年11月5日には(1437)ディオメデスによる7等星HIP14402の食が日本で観測され、世界初のトロヤ群小惑星による掩蔽観測例となった[4]

2006年11月8日には(22)カリオペとその衛星リヌスによる9.1等星の食が日本で観測され、世界初の小惑星の衛星による掩蔽観測例となった[5]

2014年3月2日には太陽系外縁天体(90482)オルクスの衛星ヴァンスによるろくぶんぎ座の12.1等星TYC 5476-00882-1の食が日本で観測され、世界初の太陽系外縁天体の衛星による掩蔽観測例となった[6]。ヴァンスによる恒星食はその後2017年3月にも北南米で観測されている[7]

現在は世界中で年間数百現象、日本でも年間数十現象が観測されている。アマチュアの観測者による観測も多く行われている。

各年の観測数の推移 

左は全世界での減光が観測された現象数(年別,2021年6月30日時点)[8]。そのうち日本国内で観測されたもの(年別,2021年8月16日時点)[9]を右に示す。

2017年から2021年の減光が観測された現象数の地域別推移(年別、2021年6月30日時点)[10]

観測された地域 2021年 2020年 2019年 2018年 2017年
オセアニア 156 157 132 114 68
ヨーロッパ 172 316 171 148 95
日本 48 66[11] 56[11] 34 22
北アメリカ 132 316 287 183 130
南アメリカ 6 21 20 23 17
その他 0 0 21 15 0

観測

現象の観測には、事前に国際掩蔽観測者協会 (IOTA)などの国際機関や独自予報者が発表した予報などに基づき対象となる恒星を予報時刻に合わせて観測する。継続時間は数秒から数十秒間であり、長時間露光が基本となる通常の天体写真撮影と異なり減光したかどうかを天体望遠鏡をのぞき眼視で観測する方法[12]や、ビデオカメラを用いて動画撮影する方法[13]がある。 いずれの方法も、他の観測地点との結果を整約するには減光時の時刻が精密に同期されている必要があり[14]、117番時報JJYGPSの信号が用いられる。

近年では欧州宇宙機関(ESA)の宇宙望遠鏡ミッションGAIAにより恒星の位置精度が向上したため予報精度が良くなったこと、天体撮影用の高感度なCMOSカメラが普及したこと、観測者が個人で専用のソフトウェアを用いて計算した、国際機関等から発表されていない現象の予報を利用・公開するようになったことで観測される現象数が増加している。さらに、GAIAの高精度な位置測定が小惑星にも適用・反映されることでさらに予報精度が向上することが期待されている。

観測例

  • 1983年5月29日(2)パラスによる4.8等星、こぎつね座1星の食がアメリカ南部~メキシコ北部、カリブ海地域の130地点で観測された。この観測でパラスの形が浮かび上がり、またこの恒星に離角0.02秒角の伴星が存在することも分かった[15]1979年に起こった別の恒星をパラスが隠した食の結果と組み合わせることで、1991年木星探査機ガリレオ(951)ガスプラに接近し初の小惑星への接近観測を行う8年も前にパラスの立体形状が完全に特定されることとなった。
  • 2003年11月に起こった土星衛星タイタンによる2回の恒星食で得られた結果から、タイタンの大気がレンズのような役割を果たすことで起こる発光などをとらえタイタンの大気構造やジェット気流の存在などが見つかった[19]
  • 2010年11月6日に起こった準惑星エリスによる恒星食で得られたエリスの直径が2340km程度となり、従来掩蔽観測以外の方法で推定されていた約2600~3400kmよりも小さいことが疑われるようになった[20]
  • 2018年にアメリカのホイップル天文台に設置されているガンマ線望遠鏡VERITASによる高速度撮影によって小惑星による恒星食が観測され、得られた小惑星による恒星光の回折パターンから隠された恒星の直径が測定された[23]
  • 2017年2018年、探査機ニュー・ホライズンズのターゲットの1つとなっていた小惑星(486958 アロコス)による恒星食観測が世界中で何度も試みられ、探査機にとって脅威となる塵などの存在の有無や本体の形状などが調べられた。得られた形状は後にニュー・ホライズンズによって撮影された形状とよく一致していた[24]
2017年7月17日に観測されたアロコスによる恒星食(左)。得られた形状と大きさ(中)はその後実際の探査で判明したアロコスの姿を正確に表していた(右)[25]
  • 2019年にはJAXAの探査計画DESTINY+の対象天体(3200)ファエトンの大きさを推定するために日本やアメリカで恒星食の観測キャンペーンが組まれ、7月にアメリカ、10月に日本で掩蔽が観測された[26][27][28][29]。以降も日本で観測可能な予報が公表されており[30][31]2021年10月4日には大規模な観測キャンペーンが組まれた結果日本で15か所以上で減光が観測されるという大きな成果を挙げた[32]

脚注

  1. ^ 小惑星Interamniaによる恒星食に多数の観測報告”. アストロアーツ. 2021年6月16日閲覧。
  2. ^ David Dunham (1998年10月18日). “Summary of observed asteroidal occultations”. 2021年6月17日閲覧。
  3. ^ 小惑星(55)Pandora によるポルックスの掩蔽”. せんだい宇宙館. 2021年6月17日閲覧。
  4. ^ 世界初のトロヤ群小惑星による恒星食の観測に成功した!”. アストロアーツ. 2021年6月17日閲覧。
  5. ^ 小惑星の衛星による恒星食の観測に成功”. アストロアーツ. 2021年6月18日閲覧。
  6. ^ 太陽系外縁天体の衛星による恒星食で歴史的な観測成功”. せんだい宇宙館. 2021年6月18日閲覧。
  7. ^ Sickafoose, A. A.; Bosh, A. S.; Levine, S. E.; Zuluaga, C. A.; Genade, A.; Schindler, K.; Lister, T. A.; Person, M. J. (2019). “A stellar occultation by Vanth, a satellite of (90482) Orcus”. Icarus 319: 657–668. arXiv:1810.08977. doi:10.1016/j.icarus.2018.10.016. 
  8. ^ IOTA 2021 Day 1-10 Dave Herald -- iota 2021 -- status observations etc”. Dave Herald. 2021年8月21日閲覧。
  9. ^ Results of Asteroidal occultation”. HAL星研. 2021年8月21日閲覧。
  10. ^ IOTA 2021 Day 1-10 Dave Herald -- iota 2021 -- status observations etc”. Dave Herald. 2021年8月21日閲覧。
  11. ^ a b 台湾など含む
  12. ^ 小惑星による恒星食・眼視観測の極意”. アストロアーツ. 2021年6月16日閲覧。
  13. ^ 「小惑星による恒星食」を観測しよう”. アストロアーツ. 2021年6月16日閲覧。
  14. ^ ビデオ画像用光量測定ソフトウエアLimovieの開発と星食観測への応用”. 国立天文台報. 2021年6月16日閲覧。
  15. ^ Dunham, David W.; (他45人) (1990). “The size and shape of (2) Pallas from the 1983 occultation of 1 Vulpecuale”. The Astronomical Journal 99 (5): 1636. Bibcode1990AJ.....99.1636D. doi:10.1086/115446. 
  16. ^ 2004 European Asteroidal Occultation Results”. euraster.net. 2021年6月22日閲覧。
  17. ^ Ortiz, J.L.; (91 more authors) (2017-10-12). “The size, shape, density and ring of the dwarf planet Haumea from a stellar occultation”. Nature 550 (7675): 219–223. Bibcode2017Natur.550..219O. doi:10.1038/nature24051. hdl:10045/70230. PMID 29022593. 
  18. ^ 小惑星カリクロに環を発見、小天体として初”. アストロアーツ. 2021年6月16日閲覧。
  19. ^ タイタンに高速ジェット気流の存在 ― 恒星食でここまでわかる”. アストロアーツ. 2021年6月17日閲覧。
  20. ^ 準惑星エリスは実はもっと小さい? 恒星食観測から疑惑”. アストロアーツ. 2021年6月18日閲覧。
  21. ^ Volunteer observers invited to time the March 20, 2014 Occultation of Regulus”. IOTA. 2021年6月17日閲覧。
  22. ^ 史上初、太陽系の果てに極めて小さな始原天体を発見 Occultation of Regulus”. 京都大学. 2021年6月18日閲覧。
  23. ^ 小惑星で測定、2700光年彼方の星の大きさ”. アストロアーツ. 2021年6月17日閲覧。
  24. ^ NASA's New Horizons Team Strikes Gold in Argentina”. New Horizons: NASA's Mission to Pluto (2017年7月19日). 2021年6月17日閲覧。
  25. ^ Gebhard, C. (2019年1月2日). “2014 MU69 revealed as a contact binary in first New Horizons data returns”. nasaspaceflight.com. 2019年1月26日閲覧。
  26. ^ 小惑星ファエトンによる恒星食を観測して、フライバイ計画DESTINY+を支援しよう”. アストロアーツ. 2021年6月17日閲覧。
  27. ^ 小惑星ファエトンによる恒星食、アメリカで歴史的な観測成功”. アストロアーツ. 2021年6月17日閲覧。
  28. ^ あと一歩!雲にさえぎられたファエトン”. アストロアーツ. 2021年6月17日閲覧。
  29. ^ 再挑戦で雪辱、ファエトンによる恒星食の観測に成功”. アストロアーツ. 2021年6月17日閲覧。
  30. ^ 10月4日活動小惑星Phaethonによる恒星食の詳細ページ/DESTNY+目標天体です”. 2021年8月23日閲覧。
  31. ^ Occultation by (3200)Phaethon predictions”. 2021年8月23日閲覧。
  32. ^ ふたご群の母天体ファエトンによる恒星食、観測大成功!”. アストロアーツ. 2021年10月9日閲覧。

参考文献

  • 早水勉 (2020). “小惑星(3200)Phaethonを追え アマチュア天文家の貢献”. 天文月報 (日本天文学会) 113 (10): 633-643.  Full
  • 早水勉 (2020). “小惑星による恒星食ハイライト2020”. 月刊星ナビ (アストロアーツ) 2020 (2): 74-77. 
  • 早水勉 (2021). “小惑星による恒星食ハイライト2021”. 月刊星ナビ (アストロアーツ) 2021 (1): 72-75. 

関連項目

外部リンク