兵本達吉

兵本 達吉(ひょうもと たつきち、1938年(昭和13年) - )は日本政治評論家。元・国会議員秘書。「共産主義研究家」を自称する[1]日本人拉致問題で初の北朝鮮の関与を認めた答弁を引き出した国会の質問作成に関与、その後北朝鮮と友好関係を修復した日本共産党から「公安警察スパイである」として除名された[2]

来歴[編集]

党員時代[編集]

  • 京都大学法学部在学中に日本共産党に入党。のちに大学中退し、日本共産党の専従になる。
  • 1972年、党国会議員公設秘書となる。
  • 1988年3月26日、参議院議員橋本敦が参議院予算委員会において日本人拉致問題に関する質問をして国家公安委員長梶山静六から「北朝鮮による関与が濃厚」とする答弁を引き出している。橋本の秘書として、この質問の原稿作成[2]
  • 1997年3月、北朝鮮による拉致被害者家族連絡会の結成に参画。「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)理事に就任。
  • 1998年、「定年退職後の再就職先斡旋を公安警察の関係者に依頼した」として、日本共産党からスパイ行為の廉で除名処分が下る[3]。兵本自身はこの処分理由に関して「自分から就職斡旋を依頼した事実はなく、政府当局者から仕事を紹介してきたこと。会ったのは警察官だけではなく、内閣官房や外務省の官僚もいたこと。以上の経緯を共産党は無視し、さも就職斡旋を自ら依頼したような表現、他の役人関係者の存在を無視して公安警察との関係をことさら強調した表現をしている」とし、北朝鮮と友好関係を快復したことで拉致調査妨害をする不破共産党委員長への査問を要求している[4]。党はこれに対して論評文を用意し、反論文掲載を要求したが文藝春秋は拒否した[5]

除名後[編集]

北朝鮮と日本共産党が友好関係を再構築したことで、邪魔となり党を除名された後は反共主義転向し「共産党は結党以来一貫した反国民的集団であり、肯定する点は一切無い」としばしば主張。治安維持法を肯定し、旧・民社党的な「国家社会主義」を理想としている。この発言については左派政党連立政権による政権交代を主張している五十嵐仁法政大学教授から「兵本が自身の党内で果たしてきた役割を肯定するなら党にも一定の正当性があると言えるし、党を全否定するのなら兵本自身の活動も当然『反国民的』として全否定されるのが筋。結局兵本は自分の党員・党役員としての役割に一切責任を負っておらず、独善的な自画自賛と自身を棚に上げた的外れな共産党攻撃のみに終始しているに過ぎない」「『政府のプロジェクトチームへの参加』とは、つまるところ、拉致問題に当局筋として関わる事だったのではないか」[6][7]との批判がなされている。

WiLL』や『正論』などにしばしば論文を掲載する。花田紀凱がWACから離れて後はやはり花田の立ち上げた「Hanada」に移った。阿部雅美2018年に産経新聞の連載「私の拉致取材-40年目の検証」で私にとって当時疑惑扱いされていた拉致問題に関しては兵本氏=共産党であり、兵本氏以外の共産党員と言葉を交わしたり、取材したりしたことは一度もないと書き、梶山答弁後から日朝首脳会談に至るまでの間、日本共産党は北朝鮮との関係修復に走り、邪魔な日本人拉致事件を日本共産党で一人だけ追及する兵本は除名されながらも拉致被害者支援の活動を続けていったと評している。兵本本人は「拉致は主権侵害、人権侵害の重大犯罪だ。産経も共産党も朝日もない。メディアは、なぜ報道しないんだ」との思いで国会やメディアで扱われていなかった北朝鮮による拉致を追究する活動していたことを述べている[2]

「救う会」における経歴[編集]

  • 2004年6月23日佐藤勝巳会長(当時)が、会への寄付金1000万円を着服した疑いがあるとして、佐藤と(横領行為の証拠を隠滅したとして)西岡力副会長(現:会長代行)を刑事告発した(結果は不起訴処分)[8][9]。兵本は、佐藤が2002年10月に札幌市の企業経営者から拉致問題に取り組む資金として受領した現金1000万円を会の出納簿に記録せず、会が管理する銀行口座にも入金しなかったとし、金銭の使途や管理などについて説明するよう佐藤側に求めたが、回答がないとして、「拉致救援活動は、多くの方々の支持と寄付で成り立っている。多額の金銭の使途が不透明なままでは国民の支持を得られず、運動は崩壊してしまう」と主張した[8]
    • これに対し佐藤は、1000万円の受領を認めたうえで、「情報収集活動に使った。事柄の性格上あえて公開しておらず、今後も公開するつもりはない」と説明した[8][9]。また、救う会も声明を発表し、兵本の主張を事実無根と非難した[9]。兵本達吉は週刊新潮(2004年7月29日号記事「灰色決着した救う会『1000万円』使途問題」)で次のように述べている。「私が監査人から聞いた話では、情報提供者とは韓国に亡命した北朝鮮の元工作員です。970万円は、500万円、170万円、300万円の3回に分けて支払われたそうです。しかし、1人の元工作員にそんな大金が渡っているとは信じられません」「500万円の一部は、元工作員がソウルに所有しているマンションのローンの返済に充てられたそうです。生活費も出していたとのことですが、いくら何でもやりすぎ。やっぱり、佐藤氏らが辻褄あわせをしたのではないか」。同記事によれば、肝心の佐藤氏は「取材は受けられない」と逃げるばかりだった。
  • 2004年12月、“会の方針に反して、週刊誌(週刊新潮)の取材に対し憶測に基づく言動を行なった”として全会一致の賛成で「救う会」理事を解任される。以後は一会員。

著書[編集]

演じた俳優[編集]

堺正章 2003年9月12日放送「完全再現 北朝鮮拉致…25年目の真実 消えた大スクープの謎!」フジテレビ

脚注[編集]

  1. ^ 論評掲載各誌の記述
  2. ^ a b c 阿部雅美. “人権問題に産経も共産党も朝日もない(『メディアは死んでいた-検証 北朝鮮拉致報道』より抜粋)” (jp). オピニオンサイト「iRONNA(いろんな)」. 2020年6月9日閲覧。
  3. ^ 「視聴者を欺く『ノンフィクションドラマ』の虚構」しんぶん赤旗2003年9月14日付
  4. ^ 文藝春秋』2002年12月号「不破共産党議長を査問せよ」
  5. ^ 「拉致調査妨害」など事実無根―日本共産党国会議員団はこの問題にどう取り組んだか(橋本敦) しんぶん赤旗2002年11月17日
  6. ^ 「兵本達吉『日本共産党の戦後秘史』への感想」五十嵐仁の転成仁語
  7. ^ 筆坂秀世・兵本達吉両氏の無残な姿に心を痛める 五十嵐仁の転成仁語
  8. ^ a b c “救う会幹事、佐藤会長ら告発 寄付金1000万着服の疑い”. 産経新聞. (2004年6月23日) 
  9. ^ a b c 兵本達吉・小島晴則両幹事の告発について(声明)”. 北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会 (2004年6月23日). 2010年5月30日閲覧。

関連項目[編集]