JR東日本連続放火事件

JR東日本連続放火事件(ジェイアールひがしにほん れんぞくほうかじけん)とは、2015年(平成27年)8月後半から9月にかけて東京都内の東日本旅客鉄道(JR東日本)の施設で起きた連続放火事件である[1][2]

事件の経過[編集]

8月16日
北区東北本線(旅客案内上は宇都宮線(東北線)、高崎線上野東京ライン)の第二王子踏切近くにあるケーブルが焼けているのが見つかり、現場付近にはペットボトルの燃えカスが落ちていた[3][4][5]。また、23日に火災が起きた品川区変電所(後述)から北西に約50mの場所にある線路の高架脇でも火災があった[6]。さらに10時頃、品川区の変電所近くで小火があり、燃えた新聞紙と軍手が見つかった[5]
8月18日
19時40分頃、中央本線立川駅国立駅間の高架下の配線から出火し、信号機や駅の設備に電力を供給するケーブルが5m燃えて22時に鎮火したが、信号機などが停電し(列車は停電していない)中央線快速東京駅・高尾駅間が20時10分まで、東日本旅客鉄道から電源供給を受けている西武拝島線玉川上水駅・拝島駅間で23時35分まで運転を見合わせ、青梅線立川駅・奥多摩駅間、南武線立川駅・稲城長沼駅間、五日市線拝島駅武蔵五日市駅間、および八高線八王子駅高麗川駅間が終日運休した。
青梅線では2本の列車が立ち往生し、立川駅・西立川駅間では約860人の乗客らが西立川駅まで約600m線路上を歩き、東中神駅中神駅間でも約660人が中神駅に徒歩で向かった。また、中神駅では上り列車の先頭車両だけしかホームに届かず、後方の7 - 10両目の乗客がはしごを使って線路に降りて歩いた。
立川駅北口のタクシー乗り場は約150人の行列ができた。タクシーの費用は、タクシー会社が東日本旅客鉄道に請求することとなった。また、遮断機が下りたままの踏切があり、周辺道路で渋滞が発生した。立川警察署によると、高架下は高さ約1.8mのフェンスに囲まれた空き地で人が立ち入った形跡はなく、放火の可能性は低いという。ケーブルから微量の白煙が出た後に火が出たのを目撃した人がいた[7]
8月22日
15時40分頃、中央本線中野駅東中野駅間で線路敷地内に設置された通信用ケーブルのカバー付近から出火し、カバーが長さ70 - 80cmほど焼け、約15分後に鎮火したが、快速列車東京駅高尾駅間で約1時間半運転を見合わせた[8][9]
8月23日
20時過ぎ、品川区広町の変電所で敷地内の一部が焦げているのが見つかった。現場からは焼けたペットボトルや焦げたティッシュペーパーが見つかったほか、火災が起きた時間帯には、帽子をかぶった30代くらいの男がペットボトルをぶら下げて自転車で走っている様子が、変電所付近の防犯カメラに写っていた。火災の直前には、男が変電所の敷地内に向かってフェンスごしにものを投げ入れたうえ、自転車で走り去る姿が住民に目撃されていた[10][11][12]
8月27日
13時過ぎ、山手線目黒駅恵比寿駅間で線路脇の信号用ケーブルが燃え、山手線全線、埼京線全線、湘南新宿ラインの大崎駅・大宮駅間が一時運転を見合わせ、14時15分に全線で運転を再開した[13]。火は約40分後に消し止められたほか、山手線と埼京線の一部の列車が一時立ち往生し、恵比寿駅まで動いて乗客をホーム上に降ろした。
8月30日
2時過ぎ、目黒区三田1丁目の山手線目黒駅・恵比寿駅間で架線を支えるための滑車が溶けているのを点検中の東日本旅客鉄道職員が見つけ、警視庁に通報した。目黒警察署や東日本旅客鉄道によると、架線を吊るすための約10cmの樹脂製の滑車4個のうち、1個が溶けていた。その上に跨線橋があり、防護用の金網に直径約8 cmの穴が開いており、針金を使ってペットボトルをつるしたような跡があることから、目黒署は何者かが可燃物を入れたペットボトルを使い、滑車に火をつけた疑いがあるとみて捜査している[14]
9月5日
13時35分過ぎ、東京都国分寺市にある中央線の線路脇にて、電柱を支える為に取り付けているワイヤの樹脂製のカバー、通称・「つる返し」の上部が焼かれているのを、線路脇周辺にて除草作業をしていたJR東日本の関連会社の作業員が発見して、警察に110番通報を行った[15]

警察の対応[編集]

上記の複数の火災現場で針金とペットボトルが見つかっているため、警視庁は31日に捜査本部を設置し、一連の不審火について放火や威力業務妨害などの疑いで本格的な捜査を始めた。

また、同年7月31日21時40分頃に東京都北区のJR東北線(ニュース原稿のまま。東北本線 / 宇都宮線)の線路が燃えた事件も、現場から燃えた靴下が見つかっており、関連がないか調べる予定[16]

逮捕[編集]

9月15日、警視庁は品川区にある変電所で敷地の一部が焼けた事件に関わったとして、威力業務妨害の疑いで、都内に住む自称ミュージシャンの42歳の男を逮捕した[17]。男は犯行の動機について「大量に電力を消費するJRが許せなかった」と供述しているという[18][19]

逮捕までの推測[編集]

専修大学名誉教授(犯罪心理学)の森武夫は「JRに個人的な恨みがある人物が関与した可能性がある。住人らが騒ぐ様子などを見て楽しむ愉快犯的な側面も感じられる」と述べた[20]

こころぎふ臨床心理センター代表で臨床心理士の長谷川博一は「このとき(18日に立川で発生した火災)の報道を見た犯人が、『こういうことが起きれば、もっと大きな騒ぎになる』と認識し、犯行をエスカレートさせたのではないか」と指摘し、「自分の境遇などに不満があり、発散する手段だったのかもしれない」と分析した[21]

裁判[編集]

男は威力業務妨害罪で起訴され、12月16日の初公判で起訴内容を認めた上で、「国益がJRの越権行為によって危機に晒されている。損壊や妨害は正義の表現にとって極めて重要不可欠だ」と述べ、正当行為に当たるとして無罪を主張した。検察側は冒頭陳述で「JRが電力を浪費しているなどという独善的な憶測に基づき、今年春ごろから火炎瓶を使った妨害をするようになった。犯行で、5万人を超える乗客に影響した」などと指摘した[22][23]

2016年3月25日東京地方裁判所(安藤範樹裁判官)は、男に対して懲役4年(求刑・懲役7年)の実刑判決を言い渡した[24]

2016年10月12日最高裁判所は男の上告を棄却し、懲役4年の実刑判決が確定した[25]

犯人について[編集]

犯人は著名な芸術家の息子で、母方の祖父は大使を務める外交官であった[1][26]

犯人は福島第一原子力発電所事故後、原子力発電所に対して批判的な意見を持つようになり、反原発デモ国会議事堂前のデモにも参加していた[27]

対策[編集]

JR東日本は、山手線から順次ケーブルに耐火シートを巻いてステンレスバンドで固定する対策を講じる方針で、28日未明には大崎駅付近の約70箇所で作業を行った[28]

脚注[編集]

注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b “JR放火魔は芸術家の息子だった…知人の評判は「面倒くさいヤツ」”. 東京スポーツ. (2015年9月18日). https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/130690 
  2. ^ “JR連続放火のミュージシャンは“筋金入り”のワル息子だった”. 日刊ゲンダイ. (2015年9月18日). オリジナルの2015年9月20日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150920033644/http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/newsx/164145 
  3. ^ “JRケーブル火災相次ぐ 警察が原因捜査”. NHK. (2015年8月29日5時4分). http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150829/k10010208501000.html [リンク切れ]
  4. ^ “JR不審火相次ぐ 防犯カメラに不審な男も”. 読売テレビ. (2015年8月29日12時). http://www.ytv.co.jp/press/society/TI20184147.html [リンク切れ]
  5. ^ a b 品川変電所近くでぼや JR東日本敷地内で連続放火の可能性も(15/08/30)
  6. ^ “JR変電所火災 カメラに帽子かぶった人の姿”. NHK. (2015年8月29日18時45分). http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150829/k10010209031000.html [リンク切れ]
  7. ^ “JR中央線の高架下で火災 停電、6路線に影響”. 朝日新聞. (2015年8月19日). オリジナルの2015年8月18日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150818195711/http://www.asahi.com/articles/ASH8L6RXGH8LUTIL04G.html 
  8. ^ “都内JRでまたケーブル火災…放火か自然発火か”. 読売新聞. (2015年8月27日). オリジナルの2015年8月29日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150829220605/http://www.yomiuri.co.jp/national/20150827-OYT1T50104.html 
  9. ^ “ケーブルカバー焼け、中央線快速が一時運転見合わせ”. 朝日新聞. (2015年8月22日). オリジナルの2015年8月23日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150823012759/http://www.asahi.com/articles/ASH8Q5D1ZH8QULZU001.html 
  10. ^ “JR連続不審火、現場近くに自転車の男 渋谷区の火災”. 朝日新聞. (2015年9月2日). オリジナルの2015年9月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150904223713/https://www.asahi.com/articles/ASH923RPWH92UTIL00R.html 
  11. ^ “JR変電所で不審火、連続放火か 焼けたペットボトル残る 30代?男の映像 警視庁捜査”. 産経新聞. (2015年8月29日). https://www.sankei.com/article/20150829-LBFPLCRVBZO53COFBD5YCF4GTM/ 
  12. ^ “防犯カメラの男、自転車で逃走か JRの連続火災 未発覚の新たな被害も”. 産経新聞. (2015年8月30日). https://www.sankei.com/article/20150830-R7EJDN2NN5LWVCDP25X2CFSLFE/ 
  13. ^ 線路わきでケーブル火災 山手線などで運転見合わせ(15/08/27) ANNニュース公式YouTubeチャンネル 2015年8月27日
  14. ^ “山手線でまた不審火 架線支える滑車溶ける”. 朝日新聞. (2015年8月30日). http://www.asahi.com/articles/ASH8Z6KRPH8ZUTIL01X.html 
  15. ^ “【JR連続不審火】中央線脇でカバー焼ける 国分寺、現場にプラスチック片と針金 連続事件と関連捜査”. 産経新聞. (2015年9月5日). https://www.sankei.com/affairs/news/150905/afr1509050023-n1.html 
  16. ^ “先月も線路火災 捜査本部設置”. NHK. (2015年8月31日11時57分). http://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20150831/4545851.html 2015年8月31日閲覧。 [リンク切れ]
  17. ^ “【JR連続不審火】42歳男を威力業務妨害容疑で逮捕 品川変電所被害に関与 一連の不審火との関連捜査”. 産経新聞. (2015年9月15日). https://www.sankei.com/affairs/news/150915/afr1509150029-n1.html 
  18. ^ “【JR連続不審火】「大量に電力消費のJR許せない」 容疑者が複数の不審火への関与認める 自宅からアルコール入り容器を押収”. 産経新聞. (2015年9月16日). https://www.sankei.com/affairs/news/150916/afr1509160015-n1.html 
  19. ^ “【JR連続不審火】自称ミュージシャンをケーブル放火容疑で再逮捕 「山手線廃線にするためにやった…」”. 産経新聞. (2015年10月6日). https://www.sankei.com/affairs/news/151006/afr1510060011-n1.html 
  20. ^ “【JR連続不審火】JRに恨み?混乱楽しむ愉快犯? 週末に被害集中(1)”. 産経新聞. (2015年8月31日). https://www.sankei.com/affairs/news/150831/afr1508310021-n1.html 
  21. ^ “【JR連続不審火】JRに恨み?混乱楽しむ愉快犯? 週末に被害集中(2)”. 産経新聞. (2015年8月31日). https://www.sankei.com/affairs/news/150831/afr1508310021-n2.html 
  22. ^ “JR不審火 43歳男「正当な行為」 初公判で無罪主張”. 毎日新聞. (2015年12月16日). http://mainichi.jp/articles/20151217/k00/00m/040/031000c 
  23. ^ “【衝撃事件の核心】「国民がJRの行為で危機に!」 JR不審火事件初公判 自称ミュージシャンが展開した無罪主張”. 産経新聞. (2015年12月16日). https://www.sankei.com/affairs/news/151216/afr1512160030-n1.html 
  24. ^ “JR連続不審火、懲役4年の判決 東京地裁”. 朝日新聞. (2016年3月26日). https://www.asahi.com/articles/DA3S12277623.html 
  25. ^ “JR連続不審火事件、実刑確定へ 最高裁、上告を棄却”. 朝日新聞. (2016年10月13日). https://www.asahi.com/amp/articles/ASJBF5QYLJBFUTIL037.html 
  26. ^ “【JR連続不審火】「四十路ミュージシャン」の素性 芸術家の父との確執、反原発デモ…”. 産経新聞. (2015年9月17日). https://www.sankei.com/affairs/news/150917/afr1509170025-n1.html 
  27. ^ “【JR連続不審火】定職就かず、月20万仕送り受け…反原発、政治にも興味 父親「なぜこんなことに」”. 産経新聞. (2015年9月16日). https://www.sankei.com/affairs/news/150916/afr1509160032-n1.html 
  28. ^ “耐火シートで応急対策 山手線ケーブル火災、JRが作業公開”. 日本経済新聞. (2015年8月28日). https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG28H20_Y5A820C1CC0000/