関口孝五郎

関口 孝五郎(せきぐち こうごろう、1872年 - 1953年)は、明治から昭和にかけての日本柔道家。長男は関口林五郎、次男は関口恒五郎

略歴[編集]

  • 1872年、群馬県北群馬郡子持村(現在の渋川市)で生まれる
  • 1882年、霞新流田子亀之丞に入門
  • 1896年、講道館に入門。嘉納治五郎のもっとも信頼する弟子の一人となる
  • 1900年、群馬県初の道場を開き、嘉納治五郎の命名で弘道館と名づける
  • 1920年、医業に属するということで禁止されていた柔道家による接骨を柔道接骨術として公認させる
  • 1953年、82歳で死去

関連項目[編集]