金琫鎬

金 琫鎬(キム・ボンホ、朝鮮語: 김봉호1933年5月10日 - )は、大韓民国政治家、社会運動家、教授著作家。第10・11・12・13・14・15代大韓民国国会議員[1]

本貫金海金氏愼軒(シノン、신헌)。キリスト教徒[1]

経歴[編集]

1933年5月10日、大日本帝国朝鮮全羅南道海南郡に生まれた。南北朝鮮が日本から離脱した後は大韓民国の国民となる。海南高等学校を卒業後、全南大学校農科大学に進学し、卒業後は精米所や搗精工場を運営していた[2]。後は延世大学校の経営大学院経済科にも進学した。

その後1978年12月12日に行われた第10代総選挙に民主共和党から立候補して当選し国会議員となり、第15代国会では国会副議長を務めた。特に再選国会議員時代の1987年、国会憲法改正特別委員会基礎小委員会の委員として、大韓民国憲法第121条に「国家は農地に関して、耕者有田の原則が達成できるように努力しなければならない」という規定を加えた[2]

2009年には、女優のチャン・ジニョン朝鮮語版が亡くなった際、舅として弔問に訪れた[3]

2016年3月21日には息子である金泳均朝鮮語版国民の党の党内選挙で候補から脱落し、尹英壱朝鮮語版が公認されたことに対し、汝矣島の国会議員会館で開かれていた非公開の最高委員会に訪れ、最高委員の朴柱宣朝鮮語版に対し一方的に尹候補を支援したと抗議した後、職員により会場の外へ連れ去られた[4]

2023年の制憲節に国会議長の金振杓から感謝状プレートを授与された[5]

学歴[編集]

名誉博士学位[編集]

略歴[編集]

  • 全羅南道道庁政策諮問委員
  • 民主共和党全羅南道第9地区党委員長
  • 平和民主党政策委員長
  • 南北両国会談代表
  • 平和民主党事務総長
  • 民主党事務総長
  • 国会経済科学委員長
  • 第15代国会副議長
  • 韓日議員連盟首席副会長兼大韓民国連盟側会長職務代行
  • 新政治国民会議特任行政委員
  • 新政治国民会議指導委員長
  • 新政治国民会議中央常務委員長
  • 社団法人可楽中央宗親会理事長
  • 財団法人可楽史跡開発研究院理事長
  • 大韓民国憲政会元老会議副議長
  • 延世大学校特任教授
  • 新民党顧問
  • 国民会議顧問
  • 国民の党顧問

著書[編集]

著述[編集]

  • 政策と展望 - 上・下巻(原文: 정책과 전망 上下권)

賞勲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 대한민국헌정회”. rokps.or.kr. 2021年9月11日閲覧。
  2. ^ a b 양동원 (2022年9月24日). “김봉호 전 국회부회장, 한민족대상 수상” (朝鮮語). 해남신문. 2023年9月15日閲覧。
  3. ^ [포토]故장진영시아버지,김봉호의원의침통한표정” (朝鮮語). sports.donga.com (2009年9月3日). 2021年9月11日閲覧。
  4. ^ “김봉호, 서류로 박주선 머리 내려쳐”” (朝鮮語). 동아일보 (2016年3月23日). 2023年9月15日閲覧。
  5. ^ 한상균 (2023年7月17日). “감사패 받은 김봉호 전 국회부의장” (朝鮮語). 연합뉴스. 2023年9月15日閲覧。