ノート:名誉教皇

修正箇所報告[編集]

記事作成者の方には申し訳ないのですが、苦言を呈させて下さい。なぜ専門的な用語の説明につき、一般の新聞をメインの出典として書かれたのでしょうか?理系や法学の記事で、一般の新聞をメインの出典として記事を作る事が有り得るでしょうか?カトリック教会のカテキズムすらも使わずに、なぜ記事作成が可能とお考えになられたのでしょうか?今後このような事が無いようにお願いしたいと思います。

「未検証」タグを一旦除去しましたが、とともに、具体的にまず修正をかけたのは以下の通りです。

  • キリスト教栄誉称号であり→カトリック教会の栄誉称号
    • キリスト教といった場合、カトリック教会だけでなく、正教会非カルケドン派聖公会プロテスタントアナバプテストなど、色々あります。これら挙げました諸教会はローマ教皇について、カトリック教会と同様の理解を取る事を拒絶します。まず中立的観点を欠いている上に、「キリスト教では」という言葉を無頓着に使うべきではありません。カトリック新聞が出典とされていますが(それ自体は構いませんが)、当然そういう立場のバイアスから「キリスト教での」という言葉が使われて居たものでしょう。
  • キリスト教における教皇の地位はカトリック教会の最高指導者にして十二使徒の一人であり、「天国の鍵」を授けられた聖ペテロ以来、歴代教皇はその後継者として「神の代理人」と定められてきた→カトリック教会における教皇の地位は最高指導者であり、「天国の鍵」を授けられた聖ペテロ以来、歴代教皇はその後継者として「イエス・キリストの代理人」と定められてきた
    • まず「十二使徒の一人」というのは、読売新聞にそのような事が書かれて居たのならば、完全に誤りです(一体誰がそんなことを?というレベルの誤りです、それとも読点が間違っていて「十二使徒の一人ペトロの後継者」と書いてあったのでしょうか?だとしたら執筆者の誤りですが)。教皇は「ペトロの後継者」と称しては居ますが、「使徒の一人」とは言っていません。また、「神の代理人」と「イエス・キリストの代理人」というのは、小さな違いではありません。微妙な論点を孕むになる場面なのに、もし仮に読売新聞にそう書いてあったのなら、本当に杜撰な検証しかしていないと、国内メディアに対する不信感を新たにする思いです。--Kinno Angel会話) 2013年10月25日 (金) 08:49 (UTC)一部修正--Kinno Angel会話2013年10月25日 (金) 08:54 (UTC)[返信]

記事名と記事の内容に疑問[編集]

そもそもの疑問は、この記事は本当に「名誉教皇」の記事なのかどうか?ということです。

「名誉教皇」という記事に期待されるのは、名誉教皇の教会法上の位置付けと職権、敬称の運用、歴史上の前例といったものになるかと思いますが、現時点での本記事はベネディクト16世からフランシスコに代わった経緯について大いに詳しく書かれ、それが記事の大半を占めて居ます。

記事の改良か、改名が必要と考えます。--Kinno Angel会話2013年10月25日 (金) 08:49 (UTC)[返信]

それから、既にベネディクト16世の退位という記事(しかもキリスト教に暗い日本マスコミではなく、海外のメディアに拠ったかなり質の高い記事)があることも気になります。記事の改良か改名、と申しましたが、むしろ名誉教皇職に純粋にかかる記述のみを残して、ベネディクト16世の退位への転記が必要なのではないかとも思います。--Kinno Angel会話2013年10月25日 (金) 09:04 (UTC)[返信]
本文を一部編集しました。Kinno Angelさんのご指摘にほぼ全面的に同意です。「名誉教皇の称号発表とプロトコルおよびその処遇について」以下の節は(プロトコルって何?)ベネディクト16世 (ローマ教皇)ベネディクト16世の退位に書くべき内容だと思います(既に結構詳しく書かれてますが)。しかし「前教皇の言動が新教皇の障害になりかねないとの懸念も一部から漏れた」とか「無記名選挙とはいえども、16世の意に反する人物は選びにくいという空気が・・」云々等は、余計なお世話というか、ややゴシップに近い、百科事典には無用な記述のような気もするのですが、どうなんでしょう?
本記事に書くべきは、おっしゃるとおり教会法上の位置付けと職権、敬称の運用などになってくると思いますが、教皇の記事と重複する説明もあるようなので、教皇の記事中に「名誉教皇」の節を設けるなりして移設転記し、本記事はリダイレクトページにしてもよいのではないか、とさえ思います。 --Lorettibarrend会話2013年10月28日 (月) 11:19 (UTC)[返信]

以下、利用者‐会話:Kinno Angelより転載--Kinno Angel会話2013年11月7日 (木) 14:11 (UTC)[返信]

名誉教皇の記事を立てました海衛士と申します。まずは初歩的な誤認があったことで修正を頂き、ありがとうございました。キリスト教各教派に関して門外漢でありながら不勉強のまま立項してしまったようです。立項者の意図としては純粋に称号・肩書きの記事として立てるのが目的でした。称号につき専門書籍から得たいところでしたが、いささか時事的な用語でもあり、ほぼ完全に報道記事に拠ったことはその通りです。また、ベネディクト16世の退位の記事の存在は事前に感知していなかったこともあり、いささか重複的な内容となった部分があるかもしれません。初稿者の責任として善処したいところですが、いつWikipediaの執筆編集するかは個人的都合によるため、いつまでとは明示しにくいのが正直なところです。重複および記事名との整合が取れていない部分があれば、移行することに異論はありません(ただし、名誉教皇の称号の定義と解説および名誉教皇の衣服や処遇、生活環境は残すことを希望します)。 初稿者として以上、お返事した上で今後の処置につき、ご相談をさせて頂ければ幸いです--海衛士会話2013年10月25日 (金) 10:10 (UTC)[返信]

続けての投稿で失礼致します。前述の通り、名誉教皇の記事文中にあるベネディクト16世の退位とフランシスコ新教皇の即位の記述を他所の記事に移行する必要があるとすれば、基本的には異論はありません。正直なところ、解説すべき情報が貧弱になることから、名誉教皇誕生の顛末を載せてしまったことは否定できませんし、混乱をきたしたとしたらお詫び申し上げます。ただ、私なりの判断としては、退位した教皇の存在が新教皇選出に与える影響は名誉教皇の記事の説明として特筆すべきだという認識がありました。しかも、過去に退位した教皇が二人しかおらず、そのうちの一人が院政なり反対派の謀反に擁立される恐れが指摘されたことは、名誉教皇にまつわる説明として有意義だと感じております。その意味で、私としては書き方の改善で済むのであればそれがベストであると考えております。

結論を申し上げれば、「名誉教皇」の記事は称号の記事として存続させたいということ。余分な記事を異動・削除することは賛成しますが、改訂で済むのであればそれがベストだと認識しているということです。ご指摘を踏まえ改訂をと考えましたが、事前にお話をした上での方が間違いないかと思いますので、ひとまずお返事を致します。--海衛士会話2013年10月25日 (金) 10:36 (UTC)[返信]

お返事が遅くなりまして申し訳ありません。以上の内容、ノート:名誉教皇に転載させて頂きました上でお返事します。--Kinno Angel会話2013年10月28日 (月) 13:18 (UTC)[返信]
海衛士さん、申し訳ありません、ノート:名誉教皇への転載と御返事、今しばらく遅くなります(11月5日以降になるかと思います)。お待たせして申し訳ありません。--Kinno Angel会話2013年10月29日 (火) 02:56 (UTC)[返信]

こちらこそ、よろしくお願い申し上げます。--海衛士会話2013年10月29日 (火) 13:31 (UTC)[返信]

転載ここまで--Kinno Angel会話2013年11月7日 (木) 14:11 (UTC)[返信]


具体的な提案等は後日させて頂きたく存じます。海衛士さん、お待たせしておりまして申し訳ありません。なお、まだ記事の整理については改善の余地が大きくあるとは思いますものの、この編集のような、「名誉教皇」に純粋にかかる記事への発展を海衛士さんが志向して下さって居る現在の動きに、賛意と感謝を申し上げます。今後とも宜しくお願い申し上げます。--Kinno Angel会話2013年11月7日 (木) 14:23 (UTC)[返信]

お返事が遅くなりました。どうぞよろしくお願い申し上げます。--海衛士会話2013年11月10日 (日) 14:09 (UTC)[返信]

コメント 海衛士さん、各種、記事の改善を頂きありがとうございます。現在の海衛士さんの記事改良の志向性には特に大きな異議はありません。細かい所では転記や加筆の必要性は残っているものと思いますが、大きな流れとしては当方の指摘・主張を容れておいででいらっしゃる事に感謝申し上げます。ありがとうございます。現在の傾向を受け、記事本文冒頭からは議論告知テンプレを除去させて頂きました。今後とも宜しくお願い申し上げます。--Kinno Angel会話2013年11月21日 (木) 08:53 (UTC)[返信]

まずはこれまでのご指摘、ご教示また私の訂正措置にへのご理解に感謝申し上げます。また、ご迷惑ご心配等おかけしたとしたら申し訳ありません。当初は宗教的宗教学な専門用語としてのみならず、時事用語や歴史学政治学用語としても価値があると思い、記事を立てましたが、肝心のカトリックの視点乏しく看板に偽りありと思われても仕方ない内容になってしまったと思います。ご教示を得ながらなんとか現状まで是正することができました。まだ、改善の余地はあると思いますが、今後も記事を是正・発展させていければと思いますので、今後、ご縁がありました折にはまたご教示頂ければ幸いに存じます。--海衛士会話2013年11月21日 (木) 09:45 (UTC)[返信]