清雲院 (足利義稙正室) ウィキペディアから無料の百科事典 清雲院(せいうんいん、生没年不詳)は、室町幕府10代将軍・足利義稙の正室。父は阿波国の武将である細川成之。名前は不明。 生涯[編集] 阿波国・三河国・讃岐国で守護を務めた細川成之の娘として生まれる。名前や生母は不明。その後、室町幕府10代将軍・足利義稙の正室となる[1]。 天文3年(1534年)、義稙の養子・足利義維が阿波国へ下国した際、清雲院も阿波へ同行したという説もある[2]。 脚注[編集] ^ 「阿波国徴古雑抄」(1913年、日本歴史地理学会) ^ 「新撰大人名辞典. 第1巻」(1937年、平凡社) 表話編歴足利将軍家御台所 尊氏:赤橋登子 義詮:渋川幸子 義満:日野業子 → 日野康子 義持:日野栄子 義量:なし 義教:日野宗子 → 正親町三条尹子 義勝:なし 義政:日野富子 義尚:祥雲院 義稙:清雲院 義澄:日野阿子 → 武衛娘 義晴:慶寿院 義輝:大陽院 義栄:なし 義昭:なし カテゴリ この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集