龍谷大学硬式野球部

龍谷大学硬式野球部
加盟団体 関西六大学野球連盟
本拠地 滋賀県大津市大江7-8-20 龍谷荘
創部 1913年
監督 本郷宏樹
公式サイト 龍谷大学硬式野球部
リーグ戦成績
リーグ成績 優勝30回
全日本大学野球選手権大会
出場回数 17回
明治神宮野球大会
出場回数 4回
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龍谷大学硬式野球部(りゅうこくだいがくこうしきやきゅうぶ)は、関西六大学野球連盟に所属する大学野球チーム。龍谷大学の学生によって構成されている。京産大とは対抗戦の龍産戦(産龍戦)を実施している。

歴史[編集]

1913年(大正2年)創部。

1928年(昭和3年)、京都大学専門学校野球連盟から旧制大学が独立し京都五大学野球連盟創立。大谷大学京都帝国大学立命館大学京都府立医科大学と共に参加。1950年(昭和25年)、京都六大学野球連盟創立。京都学芸大学大谷大学京都薬科大学京都工芸繊維大学西京大学と共に参加、初年から3連覇を果たす。1956年(昭和31年)、滋賀大学の加盟ニより京滋大学野球連盟に改称。

1962年(昭和37年)、平安高校監督を務めた西村進一が監督就任。同年の関西大学野球連合の結成により京滋大学野球連盟は関西六大学野球連盟 (旧連盟)の下部リーグとなる。

1963年(昭和38年)春、伊能正司山本忠男ら1回生を擁して京滋リーグで優勝。大阪商業大との入れ替え戦に勝利し、旧関西六大学野球連盟に初昇格することとなる。同様に、この頃に初昇格を果たした近畿大や旧加盟校の関西学院などと1960年代半ばから後半にかけて旧関六リーグ戦で優勝争いを展開した。

1965年(昭和40年)、駒澤大立正大愛知学院大との仏教系4大学大会が始まり、現在まで続く。

1968年(昭和43年)春、梅村好彦植木一智のバッテリーで旧関西六大学リーグ初優勝を果たし、全日本大学野球選手権準決勝で野村収大矢明彦のバッテリー擁する駒大に7-8で敗れたもののベスト4に進出。しかし1971年(昭和46年)秋、西村監督が退任した後、旧関六で最下位となる。続く大阪商大との入れ替え戦に敗れ1963年春以来の京滋リーグに降格。

1982年(昭和57年)、連合の解体に伴い発足した新生関西六大学野球連盟に加盟。1985年(昭和60年)に17年ぶりのリーグ優勝。以後、リーグ強豪としてたびたび全日本大学野球選手権大会に出場。

1998年(平成10年)、エース河端龍と主砲本郷宏樹を擁して春季リーグ戦優勝。続く全日本大学野球選手権大会準々決勝で3回生佐藤宏志と2回生吉川昌宏両投手や赤星憲広らを擁する亜細亜大を5-3で破り、準決勝で2回生長坂秀樹投手擁する東海大(決勝で近大に敗れ準優勝)に0-2で惜敗したものの68年以来30年ぶりに全日本大学選手権ベスト4に進出。

2000年(平成12年)、杉山直久植大輔の3年生ダブルエースが活躍し、同年秋季リーグ戦で優勝。関西地区代表決定戦を勝ち抜き、念願の明治神宮野球大会第31回大会)に初出場を果たし準決勝で山本省吾投手擁する慶応大に0-2で惜敗したもののベスト4に進出。また、同2000年の春季リーグから翌2001年(平成13年)の春季リーグにかけて20連勝を記録。

2012年(平成24年)、春季リーグ戦で優勝。続く第61回全日本大学野球選手権大会準決勝で亜大(決勝で早大に敗れ準優勝)に敗れベスト4。

2013年(平成25年)、OBで元プロの山本樹が監督就任(2012年12月 - 2017年)。2014年(平成26年)春季リーグ戦で優勝し、第63回全日本大学野球選手権大会に2年ぶり17回目の出場。1回戦で国際武道大を下し、2回戦で東海大に惜敗。

2018年(平成30年)3月、山本樹監督が2017年限りで退任後、OBの杉森実が監督に就任し4季指揮を執る。2020年(令和2年)2月、OBで元プロの本郷宏樹が監督就任。

本拠地[編集]

滋賀県大津市大江7-8-20 龍谷荘

記録[編集]

※2021年シーズン終了時

主な出身者[編集]

プロ野球現役選手[編集]

元プロ野球選手[編集]

野球指導者[編集]

外部リンク[編集]