長野・愛知4連続強盗殺人事件

長野・愛知4連続強盗殺人事件(ながの・あいち よんれんぞく ごうとうさつじんじけん)は、2004年平成16年)1月13日から同年9月7日にかけて、愛知県春日井市および長野県飯伊地域飯田市下伊那郡高森町)で連続して発生した強盗殺人事件。春日井市でタクシー運転手1人が、長野県では高齢者3人が相次いで殺害された。

地元紙の『信州日報』では飯田・高森連続強盗殺人事件という呼称が用いられた[1]

概要[編集]

交通事故がきっかけで失業した男N(1976年10月22日生まれ)は、2004年1月、仕事を探しに愛知県名古屋市に出るものの求職に失敗し、所持金が尽きたところでタクシーの襲撃を計画、同県春日井市内でタクシー運転手の男性Aを殺害し売上金を奪った。

その後、故郷である長野県飯田市に帰省したNは、4月26日に同市大王路の独居高齢女性B(当時77歳)を絞殺、8月14日には飯田市と隣接する下伊那郡高森町出原在住の独居高齢男性C(同69歳)を、9月7日には同町吉田在住の独居高齢女性D(同74歳)をそれぞれ刺殺、いずれも金品を奪った。Cは事件の約10年前に息子を、7年前に妻をそれぞれ亡くしており、事件当時は一人暮らしだった[2]。またDは天竜自動車学校に゙パート従業員として勤めていたが、事件の約20年前に夫を亡くし、娘2人も嫁いでいたため一人暮らしだった[3]。独居老人の特定は、同町の有線放送電話番号簿に載っていた、家族構成などの個人情報によるものとされている。高森町で発生した殺人事件は、終戦直後の1946年昭和21年)5月10日に同町の前身自治体である市田村で発覚した一家7人殺害事件未解決事件)以来58年ぶりで[4]、8月の事件が戦後2件目、9月の事件が3件目であった[5]。地元住民によれば、同町の現場周辺は夜も鍵をかけないような地域で[6]、地元紙の『信州日報』も飯伊地域は「都会の常識では考えられないほど平和な社会」であり、地域のほとんどが顔見知りであることから、畑仕事に出る際や就寝時にも玄関を施錠しないことが当たり前だったと述べている[7]長野県警察捜査一課と所轄の飯田警察署は、B事件[8]、C事件、D事件のそれぞれで捜査本部を設置していたが、後にすべてNの犯行と判明したことから、NがD事件の被疑者として逮捕された9月17日以降、これら3事件を統合した特別捜査本部を設置した[9]

  • 日本で個人情報守秘が広く認識される以前、地方の町村単位で作られていた有線放送電話番号簿では、検索の便宜を図って代表者(世帯主)以外に同居家族欄を設け、同居者全員の氏名を掲載している事例があった(田舎の同じ地区内であると同姓の家が多いことや、3世代同居の多さなどで相手先を探しにくい事情から、利用者からもそのような需要があった)。このような形式の番号簿では、独居者だと家族欄が空欄となるため容易に判別できてしまう。

Nは同年9月13日、飯田市下久堅の民家へ空き巣に入った[9]。この家はNの元同僚の家で、元同僚は何度も被害に遭っていたことから警察に自動通報される防犯センサーを設置しており、Nが窓ガラスを割って鍵を開けたところでセンサーが作動した[10]。Nは何も取らずに逃走したが、通報を受けて駆けつけた飯田署員に職務質問されて住居侵入と窃盗未遂容疑で逮捕され[11]、後にD事件の強盗殺人容疑で再逮捕された[9]。後にB・Cの両事件や、愛知県で発生したA事件についてもそれぞれ自供した[12]

裁判と死刑執行[編集]

第一審の公判長野地裁(土屋靖之裁判長)で開かれ、2006年(平成18年)2月8日の論告求刑公判で、長野地方検察庁被告人Nに死刑を求刑[13]。長野地裁は同年5月17日、Nに死刑判決を言い渡した[14]。長野地裁における死刑求刑・死刑判決宣告はいずれも、1956年(昭和31年)に長野市で発生した一家4人殺害事件(1957年9月に求刑・第一審判決)以来49年ぶりであった[13][14]。弁護側は同日中に東京高裁控訴[14]、同高裁(原田國男裁判長)の公判は同年11月30日の第3回公判で結審した[15]。2007年(平成19年)1月22日に控訴審判決公判が予定されていたが、同月11日付でNが自ら控訴を取り下げたため、死刑が確定した[16]

なお、Nは2006年10月25日の控訴審第2回公判で、2003年(平成15年)の4月か5月ごろ、おそらく福島県福島市で女性を殺害したと述べたが[17]福島県警察の大規模捜査によっても手掛かりは得られず、後に虚偽の作り話であると判明している[18]

判決確定から2年後の2009年(平成21年)1月29日、Nは東京拘置所で死刑を執行された(32歳没)[19]。同日にはドラム缶女性焼殺事件の2死刑囚他1名の死刑も執行されている。これは2007年に死刑判決が確定した死刑囚としては最初の死刑執行である。

その他[編集]

本事件が発生した前後の2004年8月 - 9月にかけては、加古川7人殺害事件(8月2日発生)、津山小3女児殺害事件(9月3日)、豊明母子4人殺害事件(9月9日)、栃木兄弟誘拐殺人事件(9月12日)、金沢市夫婦強盗殺人事件(9月13日)、大牟田4人殺害事件(9月21日発覚)と、日本各地で被害者が大量に上ったり、幼い子供が犠牲になったりする凶悪な殺人事件が短期間に相次いで発生していた[20]警察庁は『平成16年の犯罪情勢』で、同年に発生した主な殺人事件の事例として、本事件と加古川7人殺害事件、豊明母子4人殺害事件、大牟田4人殺害事件を挙げている[21]

出典[編集]

  1. ^ 『信州日報』2004年12月28日付(第15480号)1頁「視点 「災」」(信州日報社)
  2. ^ 『信州日報』2004年8月17日号(第15373号)7頁「高森町出原で殺人事件 1人暮らし男性胸刺され」(信州日報社)
  3. ^ 『信州日報』2004年9月10日号(第15394号)1頁「高森町また殺人事件 独居74歳自宅で胸刺され 吉田下段の田園地帯 出原と多い類似点」(信州日報社)
  4. ^ 毎日新聞』2004年10月1日東京朝刊第14版第一社会面31頁「[現場発]鍵不要の共同社会が一変 リンゴや柿がたわわに実る南信州の農村。この夏、58年ぶりの殺人事件に、町は震えた。」(毎日新聞東京本社【須山勉】) - 『毎日新聞』縮刷版 2004年(平成16年)10月号31頁。
  5. ^ 朝日新聞』2006年5月19日東京朝刊長野東北信版第一地方面31頁「増えた防犯灯、不安照らす 死刑判決事件、2人犠牲の高森町 /長野県」(朝日新聞東京本社・長野総局 長谷川美怜)
  6. ^ 『朝日新聞』2004年9月18日東京朝刊第一社会面39頁「静かな町、襲った恐怖 転居する住民も 長野・高森町の殺害供述」(朝日新聞東京本社)
  7. ^ 『信州日報』2004年9月12日付(第15396号)1頁「視点 事件が知りたい」(信州日報社)
  8. ^ 『読売新聞』2004年4月29日東京朝刊長野版30頁「77歳女性 首絞められ殺害 飯田の自宅で=長野」(読売新聞東京本社)
  9. ^ a b c 信州日報』2004年9月19日号(第15401号)1頁「連続強殺容疑者は地元27歳男 自供通り凶器など発見 飯田署 まず高森吉田の事件で逮捕」「大王寺と出原も関与 県警3時間統合し捜査本部」「被害者いずれも独居高齢者 犯行後施錠など類似点多く」「大柄だが根は優しかった」「驚く中学校同級生ら」「周辺住民ひとまず安ど「今後も防犯意識高める」」(信州日報社)
  10. ^ 『読売新聞』2004年12月20日東京朝刊長野版36頁「[転落 愛知・長野連続強殺事件](5)終えん 得たのは30万(連載)=長野」(読売新聞東京本社 森藤千恵)
  11. ^ 『信州日報』2004年9月15日号(第15397号)7頁「飯田署 侵入と窃盗未遂27歳の男逮捕」(信州日報社)
  12. ^ 『信州日報』2004年9月19日号(第15402号)7頁「愛知家の事件関与も供述 N容疑者殺人計4人に」「金目当て計画的犯行か 捜査本部多額の借金確認」「有線番号簿で独居選ぶ 事務局 「経過見て削除も」」「変化に驚く 周囲の知人大人しかった少年時代」(信州日報社)
  13. ^ a b 『朝日新聞』2006年2月9日東京朝刊長野東北信版第一地方面31頁「「更生は不可能」 自首成立の要件否定 4人殺害に死刑求刑 /長野県」(朝日新聞東京本社・長野総局)
  14. ^ a b c 『朝日新聞』2006年5月18日東京朝刊長野東北信版第一地方面29頁「「憎しみ、変わらない」 遺族、怒り・悔しさこらえ 4人殺害に死刑判決 /長野県」(朝日新聞東京本社・長野総局 岩尾昌宏、長谷川美怜)
  15. ^ 『朝日新聞』2006年11月30日東京朝刊福島中会津第一地方面33頁「5人目殺害「事実でない」 被告、改めて認める 東京高裁控訴審 /福島県」(朝日新聞東京本社)
  16. ^ 読売新聞』2007年1月23日「長野・愛知4人殺害 N被告、死刑確定へ 控訴取り下げ」(読売新聞東京本社
  17. ^ “「3年前に福島で殺人」/連続強盗殺人被告が供述”. 四国新聞. (2006年10月25日) 記事のWeb魚拓
  18. ^ 読売新聞』2006年11月23日東京朝刊社会面39頁「第5の殺人「ウソ」 4人殺害のN被告」(読売新聞東京本社
  19. ^ 『読売新聞』2009年1月29日東京夕刊一面1頁「4人に死刑執行 愛知・長野4人強盗殺人など」(読売新聞東京本社)
  20. ^ 産経新聞』2004年9月23日大阪朝刊総合一面「福岡の少年遺棄 「4人殺し捨てた」 逮捕の女供述 不明の母、兄らか」(産経新聞大阪本社) - 大牟田4人殺害事件の関連記事。
  21. ^ 平成16年の犯罪情勢” (PDF). 警察庁. p. 53 (2005年6月). 2023年11月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月5日閲覧。 “第4 刑法犯の現況 > 1 重要犯罪 > (2) 殺人事件の状況 > 【事例3】長野・愛知県にまたがる広域連続持凶器強盗殺人事件(長野、愛知)”

関連項目[編集]