本項では相対論的効果を考えない量子力学の数学的定式化(りょうしりきがくのすうがくてきていしきか)を厳密に述べる。本項では量子力学に対する最低限の知識を仮定する。
量子力学において系 の(純粋)量子状態は、状態ベクトルと呼ばれる単位ベクトルによって表現され、状態ベクトルとその定数倍のなすベクトル空間を状態空間という。状態空間はヒルベルト空間という数学的概念によって定式化される。そこで本節ではヒルベルト空間の定義を述べる。
ヒルベルト空間の概念を定義するため、まずは複素計量ベクトル空間を定義する:
定義 (複素計量ベクトル空間) ―
を複素ベクトル空間とする。任意の
に対して以下の性質を満たす二項演算子
を
上の内積もしくは計量という:
- (共役対称性)

- (線形性)
に対し、 
- (正定値性)
であり、しかも
である。
複素ベクトル空間上に内積を一つ指定してできる組
を複素計量ベクトル空間という。
複素計量ベクトルの元
に対し、内積
に対応する
のノルム
を

により定義し、
の間の距離を

により定義すると
はこの距離に関して距離空間の公理を満たす。
定義 (ヒルベルト空間) ― 複素計量ベクトル空間
がノルム
から定まる距離
に関して完備であるとき、複素計量ベクトル空間
を複素ヒルベルト空間、あるいは単にヒルベルト空間という。
紛れがなければ以下内積
を省略し、記号
だけでヒルベルト空間を表すものとする。特に断りがない限り、本項ではヒルベルト空間として可分なもののみを考える。
上述の定義より、内積
は、第二成分に関しては線形であるが、第一成分に対しては反線形性
に対し、 
が成立する。なお、ここで提示した内積の定義は量子力学では一般的なものだが、数学の文献では、ここに載せたのとは逆に、第一成分に対して線形、第二成分に対して反線形であるものを用いる事が多い。
ヒルベルト空間
、
に対し、全単射線形写像
で

が全ての
に対して成立するものが存在するとき、
と
は同型であるという。
可分な無限次元ヒルベルト空間は同型を除いて1つしか存在しない。すなわち以下が成立する:
前述のように本項ではヒルベルト空間として可分なもののみを取り扱う。よって本項で登場するヒルベルト空間で次元が無限のものは全て同型である。
量子力学では以下の仮定を課す:
仮定 (状態空間に関する仮定) ― 量子力学において状態空間は複素ヒルベルト空間である新井(p210)。状態空間の単位ベクトルを状態ベクトルと呼び、各状態ベクトルは何らかの量子状態に対応している。また2つの状態ベクトルψ、φが
を満たす何らかの複素数aでφ=aψという関係を満たすとき、ψとφは同一の量子状態を表す新井(p210)。
本節では以降、こうした量子力学の仮定を幾つか述べるが、新井の本やHallの本など多くの本ではこうした仮定の事を公理(axiom)と呼んでいる。しかしこうした仮定は数学的な意味での公理ではないH13(p64)ので、本項ではその事を明確化するため、F15に従い、「公理」と呼ばず「仮定 (postulate)」と呼ぶものとする。
すでに述べたように(可分な)無限次元ヒルベルト空間は全て同型なので、任意に一つ無限次元ヒルベルト空間を持って来れば、原理的にはそのヒルベルト空間を状態空間とみなした量子力学を定式化できる。しかし通常の量子力学では、物理的な解釈をわかりやすくするため、L2空間というヒルベルト空間を用いて量子力学を展開する事が多い。そこで本節ではL2空間の定義を述べる。
L2空間を定義するには、測度論の概念を必要とする。そこでまず測度論を直観的説明する。厳密な説明は当該項目を参照されたい。
測度空間Xとは、Xの部分集合の「大きさ」の概念が定義された空間で、「大きさ」の具体例としては元の個数、面積、体積などがある。測度空間上定義された「大きさ」のことを測度という。Xの全ての部分集合に測度が定義されている必要はなく、測度が定義可能な部分集合を可測な部分集合という。
測度空間上では積分を定義可能な事が知られている。ただし測度の場合と同様、全ての関数に対してその積分が定義できるわけではない。積分概念を定義可能な関数の事を可測関数という。
測度空間X上の2つの可測関数ψ、φが
- Xの可測部分集合AでAの測度が0であるものが存在し、

を満たすとき、ψとφはほとんど至るところ等しいといい、
a.e.
と表記する(「a.e.」は「almost everywhere」の略)。
Xを測度空間とする。量子力学の文脈ではXは
の可測部分集合である事が多い。X上の可測関数ψで

となるものを考え、こうした関数全体の集合に
a.e.
という同値類を定義する。
定義 (L2関数、L2空間) ― 記号を上述のように定義し、

と定義する。
の元をX上のL2関数という。 さらにL2(X)上の内積を

により定義すると、組
はヒルベルト空間をなすことが知られている。このヒルベルト空間をX上のL2空間という。
粒子がk個からなる系の場合、各粒子が3次元分の自由度を持つので、L2(R3k)空間を利用すれば量子力学を自然に展開できる。また例えば(ポテンシャルの壁に遮られるなどして)粒子が有限の区間Iの内部しか動けないようなケースに対しても、X=Iの場合のL2空間L2(I)を利用できる。
以上で述べたように、量子力学の数学的定式化にはヒルベルト空間、特にL2空間の概念が有効である。ただし、物理学者が量子力学で用いている議論の全てをヒルベルト空間上で数学的に正当化できる事を意味しているわけではない。
例えば物理学者が量子力学の記述に通常用いるデルタ関数は、そもそも通常の意味での関数ではないので、L2空間には属さない。後の章でL2空間にさらに元を添加する事でデルタ関数をも取り扱う数学的手法についても述べるが、この手法は万能ではなく、例えばデルタ関数同士の積が定義できないという欠点を抱える。よって特にデルタ関数同士の内積を定義できず、デルタ関数を添加した空間はヒルベルト空間にはならない。
こうした数学的な困難を避けるため、以降の議論は、基本的にデルタ関数のような「関数もどき」は慎重に排除した上で展開するものとする。
ヒルベルト空間上で定義可能な関数のクラスとして最も自然なものの一つに有界作用素があり、量子力学における主要概念の一つであるユニタリ作用素は有界作用素の一つである。そこで本節では有界作用素の概念とユニタリ作用素の概念を定式化する。
次の事実が知られている:
定理 ― 線形作用素Tが有界である必要十分条件は、Tが連続であることである新井(p65)
したがって有界線形作用素とは、連続線形作用素と言い換えても良い。
有界線形作用素の例としてユニタリ作用素がある。後述するように量子力学ではユニタリ作用素は時間発展を記述するのに用いられる。
上記の条件をみたすときは、明らかにUは単射なので、Uは全単射である事になる。したがってユニタリ作用素とは
から自分自身への同型写像(自己同型写像)である。
なお、
が有限次元の場合には、単射性から全射性が従うため、ユニタリ作用素の定義において全射という条件は必要ない。しかし
が無限次元の場合には、全射ではない単射線形作用素も存在するため、全射の条件は必須となる。
定義から明らかに次が成立する:
本節では共役ベクトル空間の概念を定義することでディラックのブラベクトル、ケットベクトルの概念を数学的に定式化し、さらにリースの表現定理を導入することで、ブラベクトルの概念を別の角度から再定式化する。
ヒルベルト空間
で使われている足し算「+」、(スカラーとの)掛け算「・」、および内積
を明示して、
を
と書くことにする。
定義 (共役ベクトル空間) ― ヒルベルト空間
の元
と定数 a∈C、に対し、

と定義すると、
もヒルベルト空間になる。ここで
はaの複素共役である。
を
の共役ベクトル空間(英語版)という。
定義より、共役ベクトル空間は掛け算以外は元の空間と同一である。以下、掛け算を明示しなくても共役ベクトル空間を区別できるようにするため、
の共役ベクトル空間を
と表記する。また
が
の元である事が文脈から明らかな場合は、
を略記して単に
と表記する。
ヒルベルト空間
上の内積
は、第一成分に対して反線形、第二成分に対して線形であった。しかし内積の第一成分を共役ベクトル空間を
とみなして

だとすれば、内積
は、第一成分、第二成分双方に関して線形である事になるので便利である。そこで量子力学では
の元と
の元とを区別して考え、以下のように呼ぶ:
定義 (ブラベクトルとケットベクトル) ―
の元をブラベクトル、
の元をケットベクトルと呼ぶF15(p23)[注 1]。
ブラベクトル
に対し、線形作用素

を考えると、コーシー=シュワルツの不等式

より、この作用素は有界作用素である。実は複素数値の有界線形作用素はこの形のものに限られる事が知られている:
なお
が有限次元であれば上に述べた事実は自明であるが、無限次元であってもこの事実が成り立つ所にこの定理の主眼がある。以上の事実から、ブラベクトルを以下のように特徴づけられる事がわかる:
系 ― ブラベクトルと複素数値の有界線形作用素は1対1に対応する。
既に述べたように作用素が有界である事はその作用素が連続である事を意味している為、有界性はヒルベルト空間上の作用素の最も自然な概念の一つである。しかし量子力学で用いられる作用素の多くは有界ではないし、しかも
の部分領域でしか定義できない。この原因は、量子力学で用いられる作用素の多くが微分を用いて定義されており、微分作用素が有界でもなければ
全域で定義できるわけでもない事にある。
幸運な事に、これら量子力学で用いる作用素は「稠密に定義された可閉作用素」という、比較的扱いやすいクラスに属している事が知られている。そこで本節では、まず「稠密に定義された」という概念と「可閉」という概念を定式化する。
次に本節では、この「稠密に定義された可閉作用素」の概念をベースとして、量子力学におけるオブザーバブルの概念を定式化する。すなわち、稠密に定義された可閉作用素の共役作用素の概念を定式化し、共役作用素の概念を用いて自己共役作用素の概念を定式化し、最後に量子力学におけるオブザーバブルの概念を自己共役作用素により定式化する。
オブザーバブルは状態空間の全域で定義されているとは限らないが、状態空間の稠密部分集合上では定義が可能である。そこでまず、稠密に定義された作用素の概念を導入する。
紛れがなければ
上稠密に定義された作用素を単に
と書く[注 2]
特に
が成立しているとき、Tは
の全域で定義されているという。
稠密に定義された作用素に対し以下の拡大の概念を定義できる:
定義 (稠密に定義された線形作用素の拡大) ― 稠密に定義された2つの線形作用素
が、 Dom(S) ⊂ Dom(T) かつT|Dom(S) = Sを満たすとき、TはSの拡大であるといい、以下のように書き表す:
- S ⊂ T
有界作用素に関しては、次の重用な性質が知られている:
定理 (BLT定理) ― 稠密に定義された作用素 Tがその定義域において有界な線形作用素であれば、Tを全域に一意に拡張可能である。すなわち、全域で定義された
が一意に存在し、
である新井(p71)
したがって有界作用素に限定すれば、稠密に定義されている事は全域で定義されている事と実質的な差がない。しかし量子力学で用いる作用その多くは有界ではないので、この定理を用いる事ができない。
Tが可閉作用素である必要十分条件は、任意の点列ψn∈Dom(T)に対し、n→∞のときψn→0かつT(ψn)→χであればχ=0が成立する事である新井(p87)。
を稠密に定義された線形作用素とする。ベクトル
に対し、以下の性質を満たす
を考える:
- 任意の
に対し、
このような
は常に存在するとは限らないが、存在すれば一意である事を示せる新井(p82-83)[注 3]。そこで共役作用素を以下のように定義する:
定義 (共役作用素) ―
上述の性質を満たす
が存在する
とし、線形写像T*を

により定義し、T*をTの共役作用素という新井(p82-83)。
定義より明らかに
- 任意の
に対し、
であるが、Tが有界とは限らない時、Tが稠密に定義されていたとしてもT*が稠密に定義されることもT**とTの定義域が一致する事も無条件には保証されない新井(p83-84)が、Tが可閉であればこれらは保証される:
定理 ― Tが可閉であれば以下が成立する:
- T*が稠密に定義される⇔Tが可閉作用素新井(p90)

量子力学では以下の仮定を課す:
仮定 (オブザーバブルに関する仮定) ― 量子力学におけるオブザーバブルは自己共役作用素として表現される。
明らかに次が成立する:
命題 ―
- Tは自己共役作用素⇒Tは対称作用素⇒Tはエルミート作用素
しかし逆向きは一般には成り立たない。与えられた作用素が自己共役かどうかを決定する問題を自己共役性の問題といい、それだけで一冊の本が書けるほど難しい問題である新井(p228)。
自己共役作用素とその関連概念に対し以下が知られている:
上記定理の性質3はTが可閉作用素である必要十分条件はT*が稠密に定義されることと性質2から従う新井(p90)。
性質1より、以下本項ではTが本質的に自己共役な場合には、紛れがなければTと
を混用する。
自己共役作用素は必ず掛け算作用素として表現できる事が知られている:
本節では
の場合に対して、オブザーバブルの具体例を述べる。
量子力学で登場する代表的なオブザーバブルは、いずれも偏微分を用いて表現できるので、まず本節では微分作用素の定義と性質を述べる。
定義 (微分作用素) ― 非負整数α1、…、αd≧0からなるベクトル(α1、…、αd)に対し、


とする(この記法を多重指数表記という)。
の形で書ける作用素をm次の微分作用素という。ここで添え字αは非負整数の組で、和は有限和であり、ψα(x)はRd上の複素数値の局所自乗可積分な関数である。なおDの定義において、α1=…=αd=0の項
はψ0(x)倍する演算子とみなす。
本節の目標は、微分作用素Dのうち性質の良いものを
上定義されたオブザーバブルとみなす事である。しかしそもそも偏微分
は
が可微分でなければそもそも定義できないので、単純にDを
の元に作用させることはできない。そこで以下の事実を用いる:
微分作用素DはC∞
0(Rd)上で明らかに定義可能であり、しかもC∞
0(Rd)の元をL2(Rd)に写すので、以下の系が従う:
系 ― 微分作用素Dを
上稠密に定義された線形作用素とみなす事ができる。
定義 (掛け算作用素・位置作用素) ― 実数値可測関数

に対して線形作用素Mfを

と定義し、Mfの閉包を掛け算作用素という。ここで

である。
特にj = 1,...,dでf(x)=xjという形の掛け算作用素を第j位置作用素という。
上記の定理は以下のように証明できる。可測性から
なのでMfは稠密に定義された作用素であり、しかも明らかにMfは対称作用素である。さらに
とすれば、任意の
に対し、
をみたすので、

である。
の任意性より、これは
a.eを意味する。χの自乗可積分性とDom(Mf)の定義より、
である。よってDom(Mf*)=Dom(Mf)であり、掛け算作用素Mjは自己共役作用素である。
定義 (運動量作用素) ― 線形作用素

の閉包を第j運動量作用素という。
定理・定義 ― 各jに対し第j運動量作用素Pjは本質的に自己共役である。より一般に
…(A1)
という形で書ける微分作用素は本質的に自己共役である新井(p198)。特に

の閉包として書ける軌道角運動量作用素も自己共役である。
(A1)の形の微分作用素Dが自己共役である事の証明は本項の範囲を超えるため省略するが、Dが対称作用素である事は以下のように示すことができる。φ, ψ ∈C∞
0(Rd)に対し、部分積分の公式から

である。(A1)の形の微分作用素は
の実数係数多項式であるので、
が成立する。Dの定義域C∞
0(Rd)は
で稠密だったので、これはDが対称作用素である事を意味する。
量子力学では時刻tに依存するかもしれないポテンシャルと呼ばれる実数値局所可積分関数V(x,t)を固定し、シュレディンガー作用素と呼ばれる作用素
を考える。ここでmjは何らかの定数で、物理的にはj番目の粒子の質量を表す。またlは次元であり、物理学的なセッティングでは3である。各時刻tに対しシュレディンガー作用素は常に対称作用素であるが新井(p227)、本質的に自己共役であるか否かはポテンシャルによる。
ここで
は
の元と
の元の和で書ける関数の集合である。
量子力学を定式化するため、ディラックはデルタ関数
を導入した。数学的に見た場合、このような「関数」は存在しないものの関数概念を一般化した「超関数」の概念を使う事でデルタ関数を数学的に定式化でき、これによりディラックの議論をある程度の部分まで数学的に正当化ができる(全ての議論を正当化できるわけではない。詳細後述)。そこで本稿では超関数の概念を導入し、デルタ関数を超関数の概念を使って定式化し、超関数の性質を調べる。
本節では超関数の概念を定式化するのに必要な概念を導入する。
C∞
0(Ω)と
[編集] 定義 (C∞
0(Ω)と
) ― Rdの領域Ω⊂Rdに対し、
C∞級関数 s.t. ある有界閉集合K⊂Ωが存在し、ψはΩ\K上で恒等的に0である
とする。 さらにα=(α1,...,αd)、β=(β1,...,βd)に対し、及びC∞級関数ψ : Rd → Cに対し、
、ここで
と定義する。C∞級関数ψ : Rd → Cが
- 任意のα=(α1,...,αd)、β=(β1,...,βd)に対し、
という性質を満たすとき、ψを急減少関数といい、Rn上の急減少関数全体の集合
と書き、
をシュワルツ空間というF15(p109)。
明らかに

である。また前述したようにC∞
0(Rd)はL2(Rd)の稠密部分空間なので、次の事実が成り立つ:
はL2(Rd)の稠密部分空間である新井(p190-191)。
定義から明らかなように
は次を満たす
- ψ(x1,...,xn)∈
なら、任意のα=(α1,...,αd)、β=(β1,...,βd)に対し、
よって特に、位置作用素や運動量作用素は
の元を
の元に写す。
C∞
0(Ω)の元の列および
の元の列の収束性を定義する。
ΩをRdの領域とし、ψ : Ω → Cを局所可積分関数とするとき、C∞
0(Ω)上の線形汎関数Tψを
、 
により定義することで、局所可積分関数ψにC∞
0(Ω)上の線形汎関数Tψを対応させる事ができる。この対応関係が単射な事は容易に確かめられるので、ψとTψを自然に同一視することにすると、C∞
0(Ω)上の線形汎関数の集合は局所可積分関数の集合を部分集合として含むことになるので、C∞
0(Ω)上の線形汎関数を局所可積分関数よりも広いクラスの「関数」であるとみなせる。そこでC∞
0(Ω)上の線形汎関数で「連続」なものの事を「シュワルツ超関数」、あるいは単に「超関数」と呼ぶことにする。
定義 (超関数) ― 線形汎関数
- T : C∞
0(Ω)→R
で連続なものをシュワルツ超関数、あるいは単に超関数という。 ここでC∞
0(Ω)上の線形汎関数Tが連続であるとは、C∞
0(Ω)の元の列
がC∞
0(Ω)の元
に収束するときは常に

が成立する事を言うF15(p103)。 超関数全体の集合を
と表記する。
2つの超関数に対してその線形和を自然に定義できるため、超関数全体の集合はベクトル空間をなす。同様に緩増加超関数を以下のように定義する:
以下、超関数Tと局所可積分関数ψに対し、

と表記する。緩増加超関数に対しても同様の表記を用いる。なお上述の表記は内積に似ているが、内積の定義では複素共役を取っている事が原因で、

となることに注意されたい。
Tを緩増加超関数とするとき、Tの定義域を
の部分集合C∞
0(Rd)に制限した

は超関数になる。よって制限写像により緩増加超関数全体の集合
から超関数全体の集合
への写像
、
を考える事ができる。この写像は単射である事が知られているので、この写像により自然に
を
の部分集合とみなすことができる。
ディラックのデルタ関数の概念は、緩増加超関数の概念を用いて定式化する事ができる。
定義 (デルタ超関数) ― ΩをRdの開集合とするとき、以下のように定義される超関数をデルタ超関数という:
、 
内積の定義より、これは

を意味する。上式をL2空間における内積の定義と照らし合わせると、上式はディラックの議論における

を数学的に正当化したものとみなせる。
超関数に対する偏微分の概念を定義する為、まずはC∞
0(Ω)の元の偏微分に関して簡単な考察をする。φ、ψをC∞
0(Ω)の2つの元とするとき、C∞
0(Ω)の定義よりφ(x)、ψ(x)が0でないxの集合は有界閉集合であるのに対し、ΩをRdの開集合であるので、Ωの境界上ではφ(x)、ψ(x)は0になる。よって微分積分学の基本定理から、

が成立する。よってライプニッツルールにより


が成立する。そこで上式を参考にして、超関数の偏微分を以下のように定義する:
定義 (超関数の偏微分) ― 超関数Tの偏微分を

により定義する。
C∞
0(Ω)の元は無限回微分可能なので、上記の定義は常に意味を持つ。より一般に微分作用素を

も定義可能である。
ここで注意すべきことは、局所可積分関数ψそれ自身が偏微分不能な関数であっても、
は定義可能な事である。これはψの偏微分は通常の関数としては存在しなくとも、超関数の中にはψ(と同一視されるTψ)の偏微分が存在する事が原因である。紛れがなければ以下
の事を単に
と書き、
をψの超関数としての偏微分と呼ぶ。
また通常の関数の場合、仮に二階偏微分可能であっても
と
が異なる関数になる場合があるが、超関数としての微分を考えた場合、
と
は必ず同一の超関数になる事を簡単に確認できる。
以上で示したように、超関数の概念を用いる事でディラックによるデルタ関数の議論の一部を数学的に正当化できるが、超関数を用いても全ての議論を正当化できるわけではない。例えば以下の議論は超関数では正当化されない:
- 公式
:そもそも超関数同士の積は定義不可能である。(詳細はシュワルツ超関数の項目を参照されたい) - C∞
0(Ω)以外のL2空間の元とデルタ関数との内積を取ること:前述した内積の定義は超関数とC∞
0(Ω)の元との間にのみ定義されているので、C∞
0(Ω)に属していない元とは内積を取れない。 - デルタ関数は超関数であり、L2空間の元ではないので、デルタ関数をあたかも通常の状態ベクトルであるかのように扱う議論は必ずしも正当化できない。
関数ψの超関数としての微分が関数で書けるとき、その関数をψの弱微分という:
定義 (弱微分) ― ΩをRdの開集合とする。局所可積分関数ψ、χ : Ω → Cに対応する超関数Tψ、Tχが

を満たす時、χはψの弱微分であるとい、

と表記する。
定理 (運動量作用素の定義域) ― 運動量作用素(の閉包作用素)Pjの定義域は以下のように書くことができる:

本節では、関数 f: R → C のフーリエ変換

とその逆変換に当たるフーリエ逆変換

の厳密な定義を述べ、その性質を調べ、そして最後に位置作用素と運動量作用素が(換算プランク定数を除いて)フーリエ変換で移り合う関係にある事を見る。
フーリエ変換とその逆変換を定義する上で問題になるのは、fやgがどのようなクラスに属すればこれらの変換が定義でき、変換によってできあがる関数
、
がどのようなクラスに属するか、という事である。本節ではまずシュワルツ空間という関数空間のクラスを定義し、フーリエ変換がシュワルツ空間上の全単射になっている事を示す。次に本節では、シュワルツ空間上の線型汎函数である「緩増加超関数」に対してもフーリエ変換が定義可能なことを見る。そして最後にフーリエ変換がL2空間上の全単射になっている事を見る。
と
の上のフーリエ変換
[編集]
上のフーリエ変換
[編集] 次が成立する事を簡単な計算で確かめることができる:
定理 ― フーリエ変換とフーリエ逆変換は
上定義可能である。しかもこれらの変換は
上の全単射であり、フーリエ変換とフーリエ逆変換は逆写像の関係にあるF15(p112)
またこれらの変換は連続である:
定理 ―
の元の列{ψn}が