重水

重水
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識別情報
CAS登録番号 7789-20-0 チェック
PubChem 24602
ChemSpider 23004 チェック
UNII J65BV539M3 チェック
EC番号 232-148-9
KEGG D03703 ×
MeSH Deuterium+oxide
ChEBI
ChEMBL CHEMBL1232306 ×
RTECS番号 ZC0230000
Gmelin参照 97
特性
化学式 2H2O
モル質量 20.0276 g mol-1
精密質量 20.023118178 g mol-1
外観 非常に淡い青色の
半透明の液体
密度 1.107 g cm-3
融点

3.81 °C, 277 K, 39 °F

沸点

101.4 °C, 375 K, 215 °F

log POW -1.38
粘度 0.00125 Pa s (at 20 °C)
双極子モーメント 1.87 D
危険性
安全データシート(外部リンク) External MSDS
NFPA 704
0
1
1
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

重水(じゅうすい、英語: heavy water)とは、質量数の大きい同位体の水分子を多く含み、通常のより比重の大きい水のことである。重水に対して通常の水 (1H216O) を軽水と呼ぶ。重水素と軽水素は電子状態が同じであるため、重水と軽水の化学的性質は似通っている。しかし質量が異なるので、物理的性質は異なる[1]

通常の水は 1H216O であるが、重水は水素の同位体である重水素(デューテリウム: D2H)や三重水素(トリチウム: T、3H)、酸素の同位体 17O18O などを含む。なお通常の水はH216Oが99.76パーセントからなるが、H218O(0.17パーセント)、H217O(0.037パーセント)、HD16O(0.032パーセント)などの水もわずかながら含まれている[2]

狭義には化学式D2O、すなわち重水素二つと質量数16の酸素によりなる水のことを言い、単に「重水」と言った場合はこれを指すことが多い。別名に酸化重水素 (deuterium oxide, Water-d2) など。自然界では、D2Oとしての重水はほとんど存在せず、重水はDHOの分子式(半重水)として存在する。

物理的性質[編集]

※以下の値は、すべて101.325キロパスカル(1気圧)におけるものである。

D2Oで表される重水の融点摂氏3.82度(276.97ケルビン)、沸点は摂氏101.43度(374.58ケルビン)である[3]。また摂氏20度における密度は、1.105グラム毎立法センチメートルである。摂氏20度における粘性は 0.00125パスカル秒である。

O-D結合は同位体効果により、D2OH2Oよりも電気分解の速度が遅い。このような軽水と重水の性質の違いを利用して、重水をわずかに含む天然の水から濃縮分離することができる。

なお重水素三重水素とは異なり放射性ではないため、重水 (D2O) もトリチウム水 (T2O) とは異なり放射性ではない[4][5]

性質 [6] 単位または条件 D2O(重水) DHO(半重水) H2O(軽水=ウィーン標準平均海水
融点 °C 3.82 2.04 0.02519
沸点 °C 101.4 100.7 約99.9743
密度 20 °C, g/mL 1.1056 1.054 0.99997495
最大密度となる温度 °C 11.6 3.984
粘性 20 °C, centipoise 1.25 1.1248 1.005
表面張力 25 °C, dyn·cm 71.87 71.93 71.98
融解熱 cal/mol 1515 1487 1436
気化熱 cal/mol 10864 10515
水素イオン指数 25°C,pH 7.43 7.226 6.9996

生体への影響[編集]

重水は、物質の溶解度電気伝導度電離度などの物性や反応速度が軽水とは異なる値を示す。そのため、飲料水などとして大量に摂取すると酵素反応などの生体内反応に失調をきたす[3]哺乳類の場合25パーセント重水は不妊を引き起こし、50パーセント重水は致死的である[5]。人間の場合、水分摂取量の10パーセントを超えると問題が生じるとの推測がある[4]。重水の中では魚類も生きることができず[注 1]、植物の発芽や成長も停止する[3][4]。一方、藻類バクテリアは100パーセント重水の中でも生息可能である[5]

重水はまた、生物の概日リズムに大きな影響を与える[7][注 2]。単細胞生物から植物、昆虫、鳥類、マウスに至るまで重水の摂取によって概日リズムが長くなることが確認されており、細胞における概日リズム発生メカニズムの研究に用いられている[10]

人間が重水を舐めると甘く感じ、軽水と明確に区別することができる。重水が初めて分離されたころから重水は甘いという指摘がされており、2021年に発表された文献では、分子動力学法シミュレーション、細胞単位での実験、マウスモデル、人間の被験者などを使った研究で、人間の甘みを感じるレセプターであるTAS1R2英語版/TAS1R3英語版に重水が作用して活性化することを明らかにし、人間にとって重水が確かに甘く感じるということを示した。一方でマウスにとっては甘く感じられないことも明らかとなっている。軽水と異なって重水がこの作用をもたらす理由については、2021年現在まだ解明されていない[11]

用途[編集]

重水は原子炉減速材として使われる。一般に重水に限らず、水素には高速中性子熱中性子に減速する能力(減速能)にすぐれる特性がある。水は水素を大量に含むため減速材として利用されるが、軽水は減速能とともに中性子を吸収する能力も大きいことが問題となる。ウランの濃縮技術が未発達だった初期の原子炉開発においては、軽水に次ぐ減速能を持ち軽水に比べて中性子吸収が少ない重水素からなる重水が減速材として使用された。核兵器原子爆弾)の開発にも利用しうるため、第二次世界大戦の頃から重水の生産設備は軍事的な防衛・攻撃目標として扱われていた(ノルスク・ハイドロ重水工場破壊工作など)。

重水を利用する原子炉(重水炉)は、現在では核兵器の製造に直結するウラン濃縮を行うことなく天然ウランをそのまま核燃料に使用することができるCANDU炉や、燃料ソースの多様化を求めた新型転換炉などで使用されている。

なおこの減速材としての働きは、医療にも応用されている。すなわち放射線治療において、エネルギーが高い高速粒子のままでは生体に対する悪影響が強すぎるので、減速中性子を利用する治療方法が提唱されている[12]。中性子を軽水で減速すると中性子が軽水に吸収されてしまいビーム出力が弱くなるため、重水が減速材に使用される。

また、カナダサドベリー・ニュートリノ観測所 (SNO) では、ニュートリノの検出に重水が利用されている。

他には、1H-NMR測定用の溶媒には、ロック(磁場安定化機構)のため、および試料の軽水素からのシグナルを妨害しないように、重水などの重溶媒が用いられる。

重水のみで作られたは水に沈むので、手品として使える。

脚注[編集]

  1. ^ Lewis (1934, p. 152) によると、オタマジャクシ・小魚および特定の原生生物は、92パーセント重水中では1 – 48時間で死滅したとの報告がある。
  2. ^ 概日リズムに影響を与える物質としては他に、2019年にGO289が報告されている[8][9]

出典[編集]

  1. ^ 浅野, 荒川 & 菊川 2008, 重い水と軽い水.
  2. ^ 長倉ら 1998, 重水.
  3. ^ a b c 石渡 2013, p. 400.
  4. ^ a b c グリーン, ハンク (2017年10月14日). “水は水でも飲めない水がある? 「重水」の科学”. ログミーBiz. 2021年4月21日閲覧。
  5. ^ a b c Helmenstine, Anne Marie (2020年1月28日). “Can You Drink Heavy Water?”. ThoughtCo.com. Dotdash. 2021年4月21日閲覧。
  6. ^ Chaplin, Martin (2015年1月30日). “Water properties”. Water Structure and Science. 2015年2月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年1月15日閲覧。
  7. ^ 千葉 1985.
  8. ^ Oshima et al. 2019.
  9. ^ 名大とJST、概日時計のスピードを遅らせる新しい化合物を発見”. 日本経済新聞. 日経新聞社 (2019年1月24日). 2021年4月30日閲覧。
  10. ^ Pittendrigh, Caldarola & Cosbey 1973.
  11. ^ Heavy water tastes sweet”. EurekAlert! (2021年4月7日). 2021年4月25日閲覧。
  12. ^ 高柳政二、桜井文雄. “悪性腫瘍の治療に適した照射ができるJRR-4で新たなガン治療法の研究・開発に貢献していきます”. 日本原子力研究所. 2006年1月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月21日閲覧。

参考文献[編集]

書籍
  • 長倉, 三郎ほか 編『岩波理化学辞典』(第5版)岩波書店、1998年2月。ISBN 4-00-080090-6 
  • 浅野, 努、荒川, 剛、菊川, 清『化学 — 物質・エネルギー・環境』(第4版)学術図書出版社、2008年11月。ISBN 978-4-7806-0117-6 
論文

関連項目[編集]