説教、説話、祈り

説教、説話、祈り[1](せっきょう、せつわ、いのり; A Sermon, a Narrative and a Prayer)は、イーゴリ・ストラヴィンスキーが1960年から翌年にかけて作曲したカンタータ。『新約聖書』(欽定訳)などをもとにした3曲からなる英語の宗教曲である。

作曲の経緯[編集]

スイスのバーゼル室内管弦楽団のパウル・ザッハーの委嘱によって作曲された[2]。かつて1946年にストラヴィンスキーは同室内管弦楽団のために『弦楽のための協奏曲』を書いたことがある。

ストラヴィンスキーによれば、先に書いたカンタータ『トレニ』が旧約聖書を題材としているので、新しいカンタータは新約聖書をもとに書くことにした[3]。1960年から翌年1月にかけてハリウッドで作曲された[3]

初演[編集]

1962年2月23日に、パウル・ザッハー指揮、バーゼル室内管弦楽団によりバーゼルで初演された[3]

編成[編集]

演奏時間は約16分[3]

音楽[編集]

この時代のストラヴィンスキーの他の音楽同様、十二音技法を使って書かれている。音列の第1-5音・第3-7音・第8-12音の5音ずつがそれぞれ長三度の狭い音程内におさまっている[5]

前作の『ムーヴメンツ』以来、ストラヴィンスキーは十二音を6音ずつに分けて、6音を回転させることによって5種の新たな音列(原形を加えて6種類)を生みだす技法を使用している。『説教、説話、祈り』では6種類の音列を順に鳴らすことによって旋律を作るだけでなく、さらに6種類を同時に重ねることで和音を作っている。この技法は『説教、説話、祈り』ではじめて採用された[6]

また、「説話」の最後や「祈り」の最後のアレルヤ部分の和音は音列とその逆行・反行・逆行の反行を同時に鳴らすことによって得られる[7]

内容[編集]

説教[編集]

第1曲の歌詞はパウロ書簡から信仰と希望に関する言葉を選んだもの(「ローマ人への手紙」8:24-25、「ヘブライ人への手紙」11:1、12:29)で、アルト・テノール・合唱によって歌われる。

曲は前後2つの部分に分かれ、いずれも器楽ではじまる、よく似た(同一ではない)形式を取る。

説話[編集]

第2曲はもっとも長く、全体の半分近くを占める。歌詞は「使徒言行録」第6-7章の抜粋で、キリスト教最初の殉教者とされるステファノについて歌う。この曲では合唱は休み、かわりに語り手が参加してメロドラマの形式を取る(語り手はこの曲にのみ登場)。

語り手とアルトの歌が交互にステファノの殉教について物語るが、両者はしばしば重なりあう。ステファノ自身の言葉はテノールによって歌われる。クライマックスの、人々がステファノに石を投げる箇所(7章57-58節)はアルトとテノールが複雑に重なりあう。管弦楽はかなり複雑な構造を持つ[8]。最後の部分(7章59-60節)はアカペラで語り歌われる。

祈り[編集]

第3曲はエリザベス朝時代のトーマス・デッカー英語版による『ノアの箱舟の4羽の鳥』(Foure Birdes of Noahs Arke)という祈祷集に出てくる「勉強部屋または学校に行く前の子供のための祈り」[9]を元にしている。

アルトによって歌いはじめられ、テノール、合唱が順に重なりあうポリフォニー音楽である。合唱とともに出現する管弦楽はハープ・ピアノ・コントラバスの低音のユニゾンにタムタムを重ね、重々しいオスティナートを奏でる。同音、とくに変ホ音の繰り返しは葬送の鐘を思わせる[10]。曲はアレルヤコーラスによって静かに終わる。

歌詞の問題点[編集]

リチャード・タラスキンは説話の部分がステファノによる「項(うなじ)強くして心と耳に割礼なき者よ、汝らは常に聖霊に逆ふ。その先祖たちの如く汝らも然り。汝らの先祖たちは預言者のうちの誰をか迫害せざりし。彼らは義人の来(きた)るを預じめ告げし者を殺し、汝らは今この義人を売り、かつ殺す者となれり。」(文語改訳「使徒行伝」7:51-52)を含むことを、『カンタータ』の「明日は私の踊りの日」とともにストラヴィンスキーの反ユダヤ主義を示すものとして問題視した[11]

脚注[編集]

  1. ^ 日本語タイトルは『最新名曲解説全集』に従う
  2. ^ White (1979) p.141
  3. ^ a b c d e White (1979) p.510
  4. ^ Stravinsky, Igor: A Sermon, a Narrative, and a Prayer, Boosey & Hawkes, https://www.boosey.com/cr/music/Igor-Stravinsky-A-Sermon-a-Narrative-and-a-Prayer/5336 
  5. ^ White (1979) pp.510-511
  6. ^ Straus (2001) p.153
  7. ^ Straus (2001) p.165-166
  8. ^ Straus (2001) p.220 にオーボエとファゴットによる二重カノンの例が示されている
  9. ^ “A Prayer for a childe before he goeth to his study, or to school”. Foure Birdes of Noahs Arke. The non-dramatic works of Thomas Dekker. 5. London. (1886). https://archive.org/stream/nondramaticworks05dekkrich#page/16/mode/2up 
  10. ^ Straus (2001) pp.211-214
  11. ^ Richard F. Taruskin, reply by Robert Craft (1989-06-15). “‘Jews and Geniuses’: An Exchange”. The New York Review of Books: 57-58. http://www.nybooks.com/articles/1989/06/15/jews-and-geniuses-an-exchange/. 

参考文献[編集]

  • 永井雪子「説教、説話、祈り」『最新名曲解説全集』 第21巻・声楽曲IV、音楽之友社、1981年、165-168頁。 
  • Joseph N. Straus (2001). Stravinsky's Late Music. Cambridge University Press. ISBN 0521802202 
  • Eric Walter White (1979) [1966]. Stravinsky: The Composer and his Works (2nd ed.). University of California Press. ISBN 0520039858