蜂須賀隆喜

 
蜂須賀 隆喜
時代 江戸時代前期 - 中期
生誕 寛永20年(1643年
死没 元禄11年10月24日1698年11月26日
改名 民部(幼名)→隆喜
別名 千之助、隼人(通称
戒名 日了覚院殿直心全超
墓所 徳島県徳島市丈六町丈領の丈六寺
主君 蜂須賀光隆綱通綱矩
阿波徳島藩一門
氏族 蜂須賀氏
父母 父:蜂須賀忠英、母:天瑞院(豪商細谷伊右衛門の娘)
兄弟 光隆隆重隆矩隆喜
要受院(岡本氏)
隆長、芳(池田長亮室)、宗英
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蜂須賀 隆喜(はちすか たかよし)は、阿波徳島藩の藩主一門。2代藩主蜂須賀忠英の五男。

当初家老、後に藩主一門となった。長男の隆長阿波富田藩第2代藩主、三男の宗英は徳島藩第7代藩主となっている。

元禄11年(1698年10月24日死去、享年56。