自由が丘

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自由が丘
マリ・クレール通り
自由が丘の位置(東京23区内)
自由が丘
自由が丘
自由が丘の位置
北緯35度36分27.71秒 東経139度40分6.26秒 / 北緯35.6076972度 東経139.6684056度 / 35.6076972; 139.6684056
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Meguro, Tokyo.svg 目黒区
面積
 • 合計 0.5448km2
人口
2017年(平成29年)12月1日現在)[2]
 • 合計 7,541人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
152-0035[3]
市外局番 03[4]
ナンバープレート 品川

自由が丘(じゆうがおか)は、東京都目黒区の地名。現行行政地名は自由が丘一丁目から自由が丘三丁目。郵便番号は152-0035[3]

自由ケ丘

概要[編集]

目黒区南部に位置する。地域の商業拠点だが観光目的で遠方から訪れる人も多く、雑誌などのアンケートでは「住みたい街」として上位に名を連ねることが多い。街並みは欧州的といわれており特に女性に人気のある街である。鉄道の利便性が高く城南地区を代表する住宅街でもある[5]

自由が丘駅正面口ロータリーには女神像「あおぞら」(澤田政廣作)があり、あおぞらに因んで「自由が丘女神まつり」が毎年10月に開催される。

自由通りや学園通り、すずかけ通りなど主要道路の狭さや路上駐車等の問題、東横線や大井町線踏切によるボトルネックなど抱える問題は多い。これらを解消しようと駅周辺道路の拡幅を含めた道路整備構想などもあるが、いずれも地元商店街の反対が強く、実現の目処は立っていない。

地理[編集]

鉄道は東急東横線大井町線が通り、それらが交差する自由が丘駅がある。道路は地域の中央部に自由通り、北端に隣接して目黒通りが通る。

駅周辺は戦前に「衾沼(ふすまぬま)」と言う沼地を埋め立てて造成された土地であるため、丘と云う地名ながら、周辺と比較して低地となっている。二・三丁目には丘が多いが、自由が丘の南に九品仏川があり、そこへ流れていた雨水が削っていったためである。

一丁目に自由が丘駅、みずほ銀行自由が丘支店、三菱UFJ銀行自由が丘支店、城南信用金庫自由が丘支店、自由が丘デパート、自由が丘東急プラザ、自由が丘とうきゅう、二丁目に三井住友銀行自由が丘支店、横浜銀行自由が丘支店、さわやか信用金庫自由が丘支店がある。

東は緑が丘、西は世田谷区等々力、南は世田谷区奥沢、北は八雲中根と接する。

広域地名[編集]

目黒区自由が丘と世田谷区奥沢に広がる住商業地域が、一般に自由が丘地域として認識されることが多い。

歴史[編集]

目黒区成立前は荏原郡碑衾町大字衾字谷畑中(やばたなか)で、近郊農村であった。1927年昭和2年)8月28日東京横浜電鉄東横線(現:東急東横線)が開通し、九品仏前駅を設置。同年に手塚岸衛により、自由ヶ丘学園が開校する。

1929年(昭和4年)になると目黒蒲田電鉄二子玉川線(現在の東急大井町線。東京横浜電鉄を傘下に入れた)開通により九品仏の門前に駅が開設されることになり、この新駅が九品仏駅を名乗ることになったことから、九品仏前駅は、地名より衾駅に改称することとなったが、新しい地名を採り「自由ヶ丘駅」と改称した[6]

自由ヶ丘学園の名称は駅名として取り入れられるだけでなく当地の通称としても定着し、1932年(昭和7年)6月に碑衾町は大字衾字谷畑中・谷畑西・谷灰野良・谷山野・谷向下・谷権現前・谷鷺草の7字を統廃合して大字自由ヶ丘を新設。同年10月1日の東京市域拡張による目黒区成立時(目黒町と碑衾町が合併)に東京市目黒区自由ヶ丘となった。また、1965年(昭和40年)の住居表示施行時には「自由丘」となった。翌年1966年(昭和41年)には、駅名も「自由丘駅」に改称されている。

自由が丘は東急東横線が開通するまでは竹やぶだったが、鉄道開通後は急速に発展し、文化人や芸能人が住居を構えた。1933年に創業されたモンブラン(日本初の、モンブランを提供する洋菓子店)に文化人が集まったことで、「高級志向」の街といった認識をされるようになった[7]。駅前は初め20軒ほどの商店街があるのみであったが、第二次世界大戦後の復興にあたって駅前広場を設置し、1956年(昭和31年)には537軒もの店が構えられるようになり[6]、1963年には自由が丘商店街振興組合(後述)が設立された。1970年頃には町の形がほぼ整ったが、住宅街には木が多く、また、熊野神社に竹やぶの一部が残っている。1974年に九品仏川は暗渠化され、九品仏川緑道として整備された。2000年頃からは雑誌の取り上げられ方にも変化が見え、親しみやすさや庶民派というフレーズも見られる街となってきている[8]

町名の由来[編集]

地域内に設置された自由ヶ丘学園および、それに因んで改称された自由ヶ丘駅に因み「自由ヶ丘」となった。その後、「自由丘」に改称された。大正、昭和初期に活躍した舞踊家の石井漠が、この地に舞踊研究所を開き、その際「自由ヶ丘」の地名を最初に名乗ったとされている。

河川[編集]

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目 世帯数 人口
自由が丘一丁目 1,553世帯 2,632人
自由が丘二丁目 1,480世帯 2,683人
自由が丘三丁目 1,202世帯 2,226人
4,235世帯 7,541人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[9]

丁目 番地 小学校 中学校
自由が丘一丁目 1〜19番
24〜31番
目黒区立緑ヶ丘小学校 目黒区立第十一中学校
その他 目黒区立宮前小学校 目黒区立第十中学校
自由が丘二丁目 1〜7番
20〜23番
その他 目黒区立緑ヶ丘小学校 目黒区立第十一中学校
自由が丘三丁目 5〜12番
その他 目黒区立宮前小学校 目黒区立第十中学校

地価[編集]

住宅地の地価は、2014年平成26年)1月1日公示地価によれば、自由が丘2-18-26の地点で89万円/m2となっている[10]

経済[編集]

産業[編集]

店・企業
金融機関
商業施設
その他

交通[編集]

道路[編集]

鉄道[編集]

バス[編集]

自由が丘が舞台の作品[編集]

催事[編集]

  • 1月 元旦祭 - 800年以上の歴史を誇る熊野神社で行われる。目黒区の無形文化財。
  • 4月 自由が丘さくら祭り - グリーンストリートで行われる。例年4月の第1金曜日に満開の桜の下で行われる花と音楽の祭典。
  • 4月・5月 スプリングフェスティバル - 自由が丘駅正面口側を中心に行われる。ゲストを招いてのイベントが名物になっている。
  • 5月 マリクレール祭り - 自由が丘駅南口のマリクレール通りを中心に行われる。シャンソン歌手などのコンサートが名物になっている。
  • 8月 自由が丘盆踊り - 駅前ロータリーで行われる。大きな櫓が名物。
  • 9月 熊野神社例大祭 - 毎年9月第一日曜日に五穀豊穣を願い開催される。自由が丘中を沢山の神輿や山車が練り歩く。
  • 10月 自由が丘女神まつり - 数あるイベントの中でも最大のイベントで数十万人もの人々が集まる。メインステージは駅前に設置され、有名歌手によるコンサート、米軍音楽隊による演奏、キャラクターショー、一流スタイリストによるヘアーカットショーや有名レストランのウエイターによるギャルソンレース、バトンクラブによるパレードなどが行われ、街中に青空市も出る。
  • 12月 クリスマスイベント - 駅前に飾られるクリスマスツリーの点灯式が区長出席の下で行われる。玉川小羊幼稚園の園児による聖歌をバックに、ゴスペル聖歌隊も登場する。

施設[編集]

自由が丘商店街振興組合[編集]

自由が丘商店街振興組合は1963年(昭和38年)11月に発足した組織[15]。振興組合としては日本最大の規模で、インフォメーションセンター、ウェブサイトの運営、行政と共同での町並みの整備などの活動を行っている[8][15][16][17]。また、地元のコミュニティバス「サンクスネイチャーバス」(上述『バス』節を参照)の後援・協力も行っている[18]

2009年より「自由が丘森林化計画」を開始し自由が丘の緑化も推進している。これは自由が丘に新しく「エコタウン」といったイメージをも付加しようという計画である[19]。この活動では地域独自の「自由が丘エコポイント」という名称のポイントサービスや、上部にスナゴケを設置した変わった自動販売機の設置などを行っている[19][20][21]。この自動販売機は2010年9月15日に除幕式が行われ、30社以上の報道陣が集まり、翌日のテレビ、ラジオや新聞で報道されたという[22][23]

これらの活動は「自由が丘の街づくりに深く関与している」と評価されている[8]

出身・ゆかりのある人物[編集]

政治・経済[編集]

岡山県人で、自由が丘に居住していた。
岐阜県人で、自由が丘に居住していた。

芸能・文化[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 区勢要覧 - 2.人口と世帯”. 目黒区 (2016年10月1日). 2018年1月8日閲覧。
  2. ^ a b 町丁別世帯数および人口表”. 目黒区 (2017年12月7日). 2018年1月8日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年1月8日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月8日閲覧。
  5. ^ 新しい飲食店開業 2008年6月号. テンポ. (2008). p. 76.  ページ内3段目「地元の中高年層が通える店が求められている」の段。
  6. ^ a b 角川日本地名大辞典 13 東京都(角川書店)
  7. ^ 鳥居 et al. 2011, p. 203
  8. ^ a b c d 鳥居 et al. 2011, p. 204
  9. ^ 区立学校学区域”. 目黒区 (2015年3月26日). 2018年1月8日閲覧。
  10. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  11. ^ 東98系統は「自由が丘線」が正式な路線名であるが、自由が丘駅から離れた場所を走行し、かつ自由が丘をかすめるだけに過ぎない。
  12. ^ 食品廃油回収場所”. サンクスネイチャーバス. 2018年6月1日閲覧。
  13. ^ a b サンクスネイチャーバス・VDF”. #サンクスネイチャーバス. 2013年4月19日閲覧。[リンク切れ]
  14. ^ a b 天ぷら油で車が走る”. 有限会社染谷商店(VDFの開発元). 2013年4月19日閲覧。
  15. ^ a b 振興組合について”. #自由が丘オフィシャルガイド. 2013年4月19日閲覧。
  16. ^ ウェブサイトは1999年に開始。「外部リンク」節の#自由が丘オフィシャルガイドのこと。
  17. ^ 美化事業としては、以下の活動が紹介されており、「街を支えている」と評価されている。
    • 商店街独自のごみ収集 - 委託した業者により、夜間・早朝にごみを収集する。カラス対策。
    • ダスターズ - 土日などに揃いのユニフォームで美化を行う。
    • 美化デー - 毎週木曜に清掃と花壇の手入れを行う。第3章-商店街事業の事例 (PDF)”. 財団法人中小企業総合研究機構. p. 51. 2013年4月19日閲覧。 “ごみ収集自由が丘方式”
  18. ^ サンクスネイチャーバス・サポーター紹介”. #サンクスネイチャーバス. 2013年4月19日閲覧。
  19. ^ a b 地域の活性化に挑む新たなCSR活動 (PDF)”. 東京コカ・コーラボトリング. 2013年4月19日閲覧。
  20. ^ 色も赤(通常コカ・コーラの自動販売機は赤)ではなく緑である。どうしてあの商品はヒットした?(モンサンクレール)”. 産業能率大学. 2013年4月19日閲覧。
  21. ^ 自由が丘森林化計画”. #自由が丘オフィシャルガイド. 2013年4月19日閲覧。
  22. ^ どうしてあの商品はヒットした?(モンサンクレール)”. 産業能率大学. 2013年4月19日閲覧。
  23. ^ 2010年09月15日: 【CSR】自由が丘森林化計画オフィシャルパートナー事業スタート!!”. 東京コカ・コーラボトリング. 2013年4月19日閲覧。
  24. ^ a b 『日本紳士録 第38版』東京クの部293-294頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年8月23日閲覧。
  25. ^ a b c d 『日本紳士録 第40版』東京クの部211頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年8月23日閲覧。
  26. ^ a b 『日本紳士録 第46版』東京クの部175頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年8月30日閲覧。
  27. ^ a b 『日本紳士録 第36版』東京クの部284頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年8月23日閲覧。

参考文献[編集]

  • 交詢社編『日本紳士録 第36版』交詢社、1932年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第38版』交詢社、1934年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第40版』交詢社、1936年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第46版』交詢社、1942年。
  • 鳥居, 朗江; 中村, 恵理; 相馬, 健人; 末繁, 雄一; 平本, 一雄 (2011), “7083 東京における集客型市街地の変容過程に関する考察 : その8 自由が丘の事例(人が集まり楽しむ市街地形成,都市計画)”, 学術講演梗概集. F-1, 都市計画, 建築経済・住宅問題 (社団法人日本建築学会): 203-204, ISSN 13414534, NAID 110009522459, NCID AN10487055, http://ci.nii.ac.jp/naid/110009522459/ 

関連項目[編集]

参考サイト[編集]

外部リンク[編集]



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