粟野村 (福島県)

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粟野村
廃止日 1955年3月1日
廃止理由 新設合併
梁川町、五十沢村富野村山舟生村白根村堰本村粟野村梁川町
現在の自治体 伊達市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 福島県
伊達郡
総人口 3,337
国勢調査1950年
隣接自治体 梁川町、国見町桑折町保原町、大田村、堰本村
粟野村役場
所在地 福島県伊達郡粟野村
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粟野村(あわのむら)は福島県伊達郡にあった。現在の伊達市梁川町各町の西部にあたる。

地理[編集]

歴史[編集]

交通[編集]

鉄道路線[編集]

短編映画(村内共同電化計画)[編集]

他の4つの村と共に合併され梁川町(現・伊達市)発足となる前年〔1954年〕、『粟野村』と題された短編映画が製作された《カラー;21分[1]》。

粟野村では太平洋戦争終戦の翌年(1946年)に村内の共同電化計画が持ち上がり、その後、2次にわたって共同電化計画が実行に移された。その結果、戦時中から続いてきた甘藷の栽培だけにとどまらず、果樹栽培や稲作にも乗り出すなど農業の多角化を実現させ、他には畜産業への着手、更には家事の負担軽減といった生活改善効果も現れた。

この2次にわたる村内共同電化計画の推移を紹介したのが当映画作品であり、製作の3年前(1951年)に実施された電気事業再編によって粟野村を擁する福島県を初めとする東北6県及び新潟県を管轄する電力会社として発足したばかりの東北電力が企画している。

なお、映画の前半では共同電化計画が持ち上がる前の麦作の様子が映し出されている他、映画の冒頭約40秒間に於いては、当時村内に線路を延ばしていた福島電気鉄道梁川線とみられる鉄道の走行シーンも映し出されている。

映画冒頭で為されているクレジット表示に於いて制作者の表示が為されていないが、製作者が東京シネマ(現・東京シネマ新社)の創立者・岡田桑三の名義となっていることもあってか、現在当映画を無料公開している科学映像館(NPO法人・科学映像館を支える会)の理事長・久米川正好は当映画について「東京シネマ」制作としている[2]

前記の通り、現在当映画は科学映像館のWebサイト上に於いて無料公開されている。

脚注[編集]

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  1. ^ 実際の上映時間は20分弱である
  2. ^ 久米川自身が保有するYoutubeアカウント(正好 久米川)の下でも同じく当映画を『「粟野村」東京シネマ1954年制作』〔→アーカイブ(動画除く)〕というタイトルで配信している。ちなみに当映画の製作年である「1954年」は、同時に東京シネマの創立年にもなっている《東京シネマの創立年月日は「1954年3月23日」》

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

  • 粟野村 - 科学映像館Webサイトより


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