白川村立平瀬小学校尾神分校

白川村立平瀬小学校尾神分校
国公私立の別 公立学校
設置者 白川村
設立年月日 1927年[注釈 1]
閉校年月日 1954年
共学・別学 男女共学
所在地 501-5500[注釈 2]
岐阜県大野郡白川村尾神字上長273[注釈 3]
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白川村立平瀬小学校尾神分校(しらかわそんりつ ひらせしょうがっこう おがみぶんこう)は、かつて岐阜県大野郡白川村に存在した公立小学校分校

概要[編集]

  • 白川村立平瀬小中学校(当時)[注釈 4]の分校であり、白川村南部(尾神・福島・萩町)での児童・生徒が通学した。校区が御母衣ダムのダム湖(御母衣湖)に沈むことにより、全住民が集団移転したため、1954年廃校。
  • 校舎は移築され、椿原診療所として使用されたが、椿原診療所閉鎖に伴い解体された。

沿革[編集]

尾神分校が白川尋常小学校尾神分教場として認可されたのは1927年。ここではそれ以前についても記述する。

  • 1874年(明治7年) - 萩町村に萩町学校が開校。萩町村の児童は萩町学校に通学する。
  • 1875年(明治8年) - 白川村平瀬に平瀬学校が開校。尾神・福島の児童は平瀬学校に通学する。
  • 1892年(明治25年) - 白川村内の学校が統合され、白川尋常小学校となる。萩町学校は廃校となり、萩町地区の児童は白川尋常小学校に、尾神地区、福島地区の児童は白川尋常小学校中切分教場への通学となる。
  • 1901年(明治34年) - 尾神・秋町地区の一部の児童を荘川村中野尋常小学校へ委託する。
  • 1921年(大正10年)3月 - 白川村尾神に、尾神・福島・萩町を校区とする分教場の設置が決まるり、建設地が決まる。しかし、校舎の新築費用の問題が発生する。
  • 1923年(大正12年)
    • 11月10日 - 民家の小屋を移築し、校舎が落成する。
    • 11月20日 - 授業を開始。この時点では未認可であり、一部の児童は引き続き中野尋常小学校に委託される。
  • 1925年(大正14年)5月 - 校舎を増築する。
  • 1927年(昭和2年)10月10日 - 平瀬尋常高等小学校尾神分教場として正式に認可され、中野尋常小学校への委託は解消される。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 平瀬国民学校尾神分教場となる。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 平瀬小中学校尾神分校となる。
  • 1952年(昭和27年)11月22日 - 校舎を新築する。
  • 1954年(昭和29年)
    • 4月 - 御母衣ダムによる集団離村により、児童数は5名まで減少する。
    • 5月13日 - 全住民が移転し、事実上休校となる。
    • 5月31日 - 廃校。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 正式認可日。
  2. ^ 現在、郵便番号の設定がない。
  3. ^ 廃校当時の住所表示。
  4. ^ 平瀬小学校平瀬中学校の分離は1982年。

参考文献[編集]

  • 新修白川村史 中巻 (白川村史編さん委員会 1998年) P.657 - 658

関連項目[編集]