生得的行動

カモメのえさねだり行動。生得的行動であり、動物行動学における反射。カモメの雛が母鳥のくちばしにある赤い斑点をつつくのは、反射的に食物を吐き出すのを刺激するためであり、この斑点が鍵刺激である。

生得的行動せいとくてきこうどう生化学反応や固定的な神経回路にもとづく行動のことである。動物行動学においては、行動は生得的行動習得的行動に大分され、その種にもともと備わった行動を指す用語が生得的行動である。心理学の分野では生得的行動は生得論によって解釈される。実験心理学においては、無条件反射とよばれる。生得的な行動とも呼ばれる。生得的行動を引き起こすものを本能という。

概説

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生得的行動は、生化学反応や固定的な神経回路にもとづく行動であり、学習を伴わない行動であると解釈される。未経験であったり、反応の誤りや遅れが大きな危険となったりする刺激に対する行動として有益である。神経をもつ生物においては、発生によって得られる神経回路をもとにした行動のことを指し、神経をもたない生物においては、刺激に対する先天的に決まっている行動を指し、どちらも基本的に同じ種の間で共有している行動である。なお、植物における屈性や、傾性膨圧運動などは生得的行動とは呼ばない。なお、生得的行動は先天的に備わっている行動であり、遺伝的に定まっているかどうかを問わないことが多い[1]

生得的行動の定義やその線引きは曖昧であり、特に脊椎動物においてはそれが顕著である。学習を伴う行動か否かを判別するのは困難であり、例えば刷り込みは親を学習することによる習得的行動であるが、後追い行動自体は生得的行動であり、本能行動に分類される[1]

反射を生得的行動に入れるかどうかは場合によって異なる。なお、ここでの反射は大脳に興奮が伝達しないという神経科学的な狭義の反射ではない。一般的に動物行動学においては反射を意識せずして起こる単純な反応だとして行動に含めないが、行動生態学においては反射を行動に含めることもある。実験心理学における無条件反射は多くの場合、行動といえる。


なお、行動主義心理学と動物行動学の生得的行動に対する議論史は本能#議論史を参照。

鍵刺激

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ある生得的行動を引き起こす特定の刺激を鍵刺激(信号刺激)という。鍵刺激を受容すると生得的行動が開始され、一連の過程を終了するまでその行動は続けられ、中断しない。この一連の行動を固定的動作パターンと呼ぶ。自然界には存在しないが、その動物に特定の行動を引き出す鍵刺激を超正常刺激という[1]

本能行動

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本能行動と生得的行動は混同されやすい用語である。本能行動は生得的行動の一種であり、さまざまな生得的行動が系統立ち複雑に関与して一つの合目的的行動として現れたものを本能行動という。カッコウ托卵は本能行動とされる一方、吸引反射は本能行動とは言わない。なお、本能行動の定義やその線引きは曖昧である。

言語学

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ズアオアトリ。ズアオアトリのさえずりは言語ではないが、シジュウカラなど一部の鳥は言語を話すことが知られている。言語を話す能力は生得的でも、言語自体は親の教育で獲得している。

言語学においても生得的行動が議論されている。例えばズアオアトリは、生得的な発声である地鳴きと習得的な発声であるさえずりを行う。さえずりには学習に適した期間である臨界期が存在しており、その間にさえずりを学ぶ。ただし、学べる音は生得的に定まっている[1]。これに対し、人間の言語は生得的か習得的かといった議論のなかで、全ての人間は生まれながらにことばの知識を有していると仮定する、言語学上の仮説が生得性仮説である。

分類

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ハクジラは超音波で反響定位をする。この行動は生得的行動。
体色変化のタイムラプス写真。こうした色素胞の変化も生得的行動。ただし、タコの体色変化などは、学習を伴うものに関しては習得的行動と呼ぶ。
メスに向かってオスが羽を広げるクジャクの求愛行動は生得的行動。

出典

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  1. ^ a b c d 吉里勝利ほか 『新課程版 スクエア 最新図説生物』 第一学習社 2022年

関連項目

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