玉垣 (年寄名跡)

玉垣(たまがき)は、日本相撲協会年寄名跡のひとつ。初代・玉垣が四股名として名乗っていたもので、その由来は明らかではない。

8代目は前歴未詳であるが、原庭玉垣と呼ばれ、筆頭(現在の相撲協会理事長)として明治前期の相撲界で権勢を振るい、横綱梅ヶ谷などを育成した。

玉垣の代々[編集]

  • 代目の太字は、部屋持ち親方。
代目 引退時しこ名 最高位 現役時の所属部屋 襲名期間 備考
初代 玉垣額之助 --- ---
2代 常盤山小平治 --- ---
3代 玉垣鷲之助 小結 玉垣部屋 1766年3月-1791年11月 3代に名跡変更
4代 玉垣額之助 大関 玉垣-雷-玉垣部屋 1791年11月-1802年8月(死去) 二枚鑑札
5代 玉垣額之助 大関 千田川(大阪)-藤島-八ッヶ峰部屋 1805年10月-1813年10月(死去)
6代 玉垣額之助 大関 玉垣部屋 1814年4月-1824年8月(死去) 二枚鑑札・現役没
7代 朝ノ雪勘三郎 藤嶋(大阪)-玉垣部屋 1824年10月-1842年9月(死去)
8代 玉垣額之助 --- ?-1881年8月(死去) 前歴未詳(元力士か不明)
9代 長山勝五郎 --- 玉垣部屋 1881年8月-1885年5月(死去)
10代 緋縅力弥 前1 玉垣部屋 1885年5月-1888年9月(死去) 二枚鑑札・現役没
11代 浦ノ海光太郎 下二15 玉垣部屋 1889年1月-1905年3月(死去)
12代 平ノ石辰治郎 前4 玉垣-尾車-峰崎部屋 1917年1月-1925年11月(死去) 二枚鑑札
13代 鶴ヶ濱増太郎 小結 中立-朝日山(大阪)-荒礒部屋 1926年5月-1939年1月(死去)
14代 巴潟誠一 小結 高嶋-友綱部屋 1940年5月-1942年5月 初代安治川に名跡変更
15代 旭川幸之焏 関脇 立浪部屋 1942年5月-1968年1月(廃業) 玉垣利之亟(たまがき としのじょう)
16代 羽黒花統司 関脇 立浪部屋 1968年1月-1972年10月(廃業)
17代 若浪順 小結 立浪部屋 1972年10月-2006年2月(停年(定年)退職)
18代 智乃花伸哉 小結 立浪部屋 2006年3月- 借株、のち取得

関連項目[編集]