津波火災

津波火災(つなみかさい)とは、津波の浸水被害を受けた地域で発生する二次災害複合災害)である[1]。火と水という対照的で相反する要因が結びつく災害である。避難や事前対策が困難であり、浸水地域内で発生する火災のために特有の消火活動困難性を持つ[2][3]。記録によると、これまでに最も大きな規模の津波火災が発生したのは東北地方太平洋沖地震東日本大震災)である[4]。東日本大震災では、関東大震災などを超す159件の出火(地震による火災は計373件)が確認されていて、その多くは自動車や家屋の電気系統を出火原因とするものであった[5]

概要[編集]

1933年(昭和8年)3月3日に発生した昭和三陸地震においては、岩手県釜石市で沿岸部での津波火災が相次いで発生し想定で210棟以上が被害を受けた記録があるほか[6]、1964年(昭和39年)に発生した新潟地震では地震による激しい揺れで損壊した石油タンクから油が漏れ出し、それを津波が内陸部まで運んだところで着火したことで民家などに燃え移り、290棟が被害を受けた記録がある(当時、3万キロリットル浮屋根式タンクは満液状態で貯蔵されていたために被害が拡大した)[7]

この様に、津波火災の発生原因や延焼の理由は、石油タンクや津波によって流された船舶や車から漏れ出した燃料(重油、灯油、ガスなど)にその他の漂流物が衝突するなどして着火し、津波の浸水域に漂流したことで、被害を拡大させたと考えられる[8]。なお、津波火災は津波が車両や住宅などを押し流し、津波による影響が少なくなる場所や津波の力が弱まる所などで流失物が集積することにより、近くにある物に引火し大規模な火災を発生させる災害も含んでいる[9]

東日本大震災による被害[編集]

2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)では、各地で出火が相次ぎ、過去最大の津波火災が発生した。主に東北地方沿岸部の津波被災地では大規模な火災が発生したところもある。日本火災学会の推計のデータでは、地震から1カ月の間に東北地方を中心とした1都16県で発生した火災は373件[10](日本火災学会:三陸沿岸市街地の津波火災の発生状況)。

同じく日本火災学会が調査した資料によれば、 発生した373件の火災のうちの159件(43%)は津波火災とみられ、焼損面積は約74ヘクタールであった。これらの原因としては津波によって流された車のバッテリーが海水につかることで短絡を起こし、爆発・火災が発生したものも含まれている[11]昨今の自動車は電気系統が複雑になっており、より発火が起きやすくなっているとの見解[要出典]もある。

プロパンガスのボンベから噴出したガスやコンビナートから流出した油から発生した火災が津波で流された瓦礫に燃え移り、炎上しながら海面を漂う大規模火災が発生している[12]

北海道南西沖地震による被害[編集]

1993年(平成5年)7月12日に発生した北海道南西沖地震では、奥尻島南部の集落・青苗地区において大規模な津波火災が発生した。推計では奥尻島で2件の火災が発生し、192軒が焼失した[13][14]。寒冷地の離島という土地柄、各家庭に備えられたプロパンガスのボンベや灯油タンクなどが火災を甚大化させ、推計で190戸、約51,000平方メートルが焼失した[15][16]メタンハイドレートから放出されたメタンガス静電気で発火したと報告されている[17]。被災当時は風が強かったことから、火災が拡大し、家々を焼き尽くしたという記録[要出典]もある。

南海トラフ巨大地震における政府の被害想定[編集]

前述のとおり、発生場所や原因が想定しにくい事が現状であり、内閣府の南海トラフ巨大地震被害想定でも詳細には触れていない[18]

南海トラフ巨大地震における被害拡大防止も急務であるが、東海地方から九州沖を震源域とする巨大地震が発生したという想定では、千葉県から鹿児島県までの全22都府県でおよそ270件程度の津波火災が発生する可能性があるとされている[19]港湾施設のタンクから油の流出を抑えれば、93件程度まで抑えられるとの結果もあり。[要出典]

都道府県別での被害想定
都道府県 被害想定数
静岡県 54件(南海トラフでは津波襲来の予測がトップであるため、一番発生しやすいと推定されている)
三重県 43件
宮崎県 37件(津波襲来の想定は低いが、自動車所有台数、プロパンガスの使用率等を考慮している)
高知県 35件

各自治体の対応・対策[編集]

各自治体も想定や対策が急務となっている。 鳥取県では、政府の想定や被害の推計データを受け、学識経験者らで作る「地震防災調査研究委員会」を設置している[20]

消防の対応・課題[編集]

東日本大震災の被災地域の消防では、消防車両の事前避難計画を策定しておらず、津波による車両被害が相次いだ。津波により集積した瓦礫等で消防水利の活用も困難となり、可搬ポンプ等の活用により自然水利からの長距離送水が実施された。自然水利は、津波の影響が生じる可能性があり、隊員らの安全管理も課題となっている。また、放水中に急に停止したり、通常より水圧が弱かったり、などの問題点も発生した[21]

また、緊急消防援助隊の集結・活動開始までには、道路状況等混乱によりかなりの時間を要するため、地元の消防団による必死の活動が続いた。

津波火災発生の防止・課題[編集]

前述のとおり津波火災は消火活動がきわめて困難(津波により水利の確保が困難なために長距離の送水を実施せざるを得ず、消火活動が遅延する)であるほか、災害の発生自体が想定しにくいことにより未然の防止が難しい災害の一つであるが、新しく対策を講じていく必要がきわめて重要な災害でもある。その中でもコンビナート港湾における地震・津波対策と、津波によって流された自動車が火災の原因になることの対策が最重要な課題である[22]。東日本大震災では、屋外タンクなどが流失し、瓦礫などが燃えそれが移動することによってさらに被害が拡大する可能性がある。タンクの嵩上げや地中化など、「内容物を津波によって流出させない」対策も急務である[23]。また、津波火災を考慮した避難場所の確保や避難計画の策定、津波火災に対応できる消防力の確保も重要である。なお、首都直下型地震では内陸震源が主に予想されているため、地震の激しい揺れによる火災が想定されており、津波による火災は発生する可能性は低いとされている。[要出典]

国の津波火災対策ガイドライン等に基づき、防止課題としてあげられるものは、

  1. 津波海水による漏電・短絡火災の防止
  2. 建物周辺部への瓦礫集積による着火等防止
  3. 自動車等流出によって大規模火災が想定される着火原因となる物に対する対策

等があげられる[24]

東日本大震災では、プロパンガスボンベから漏洩したガスが原因の津波火災も多数発生していることから、ガス放出防止器という高圧部の安全機器の導入・促進がある[25][26]

津波避難ビルと津波火災[編集]

津波避難施設#津波避難ビルも参照。

津波の来襲が予想される各自治体は、堅牢な高層建築物を「津波避難ビル」として指定を急いでいるが、ほとんどが「津波火災」への備えが無く「想定外」のままとなっている。津波避難ビルの周囲で津波火災が発生した場合を想定し、「2次避難場所の整備・十分な高さと延焼防止性を持つ建築物の指定を進めるべきだ」とする専門家の見解もある[27]

東日本大震災では、一旦は避難ビルに避難したものの、周囲を津波火災が取り囲んだことで避難を継続することが困難になった、との事例もある[28]

宮城県気仙沼市では、津波避難ビルへの延焼事例が発生し、「津波に対して十分な高さを確保していても、延焼危険があるとすれば避難場所として不完全」とし、今後の対策が急務であるとの指摘がなされている[29]

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ ハザードラボ:津波火災
  2. ^ 地震火災 ~来たるべき大地震に備えて~|安心安全情報|iTSCOM.net/イッツコム”. www.itscom.net. 2018年9月1日閲覧。
  3. ^ 天笠雅章, 糸井川栄一, 梅本通孝、「津波起因火災における消火活動実態と消火活動困難性に関する研究」 『日本火災学会論文集』 2012年 62巻 2_3号 p.33-48
  4. ^ 独立行政法人建築研究所 東日本大震災における津波火災・地震火災 (PDF)
  5. ^ 津波火災現象の解明とその対策|地震本部
  6. ^ 釜石市 昭和三陸津波
  7. ^ 畑村創造工学研究所 新潟地震による石油タンク等の火災
  8. ^ NHK 時論公論 「都市を襲う津波火災に迫る」
  9. ^ 筑波大学論文:津波火災延焼モデルの検討 (PDF)
  10. ^ “東日本大震災の火災、津波原因が4割超 学会調査” (日本語). 日本経済新聞 電子版. https://www.nikkei.com/article/DGXNZO71233430V10C14A5CR0000/ 2018年8月31日閲覧。 
  11. ^ 朝日新聞デジタル:津波火災
  12. ^ NHKスペシャル「巨大津波 知られざる脅威」 2011年(平成23年)10月9日放送 NHK総合
  13. ^ 北海道南西沖地震の概要:奥尻町
  14. ^ 津波火災:ハザードラボ
  15. ^ 北海道南西沖地震による奥尻島の津波
  16. ^ 北海道:北海道南西沖地震災害と復興の概要 (PDF)
  17. ^ 榎本祐嗣, 山辺典昭, 近藤斎「1993年北海道南西沖地震で青苗地区の津波火災は何故起きたのか? : 目撃証言・NHKTV映像の検証と着火原因の考察」(PDF)『歴史地震』第34号、東京大学地震研究所、2019年、55-63頁、ISSN 1349-9890NAID 40021984478 
  18. ^ 高知新聞:【津波火災】予測生かし対策強化を
  19. ^ 日本経済新聞 南海トラフ津波火災270件、名大予測 22都府県で発生
  20. ^ 日本海新聞:http://www.nnn.co.jp/news/150124/20150124010.html
  21. ^ 東日本大震災における津波火災の消火活動の実態 |2018年8月28日閲覧 (PDF)
  22. ^ 清水建設:来るべき巨大地震に向けた地震火災対策上の課題 (PDF)
  23. ^ Overview of Field Surveys concerning Tsunami Fire in the Great East-Japan Earthquake
  24. ^ 総合技術政策研究センター:東日本大震災における火災の実態と今後の取り組み (PDF)
  25. ^ 日本放送協会 (2012年9月3日(月)放送). “NHK-津波火災 知られざる脅威”. NHK クローズアップ現代+. https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3239/1.html 2018年8月27日閲覧。 
  26. ^ ガス放出防止器・ガス放出型バルブ(プロパンガス) - ガスの安全豆知識【ホームメイト】”. www.homemate.co.jp. 2018年8月27日閲覧。
  27. ^ “盲点だった 津波火災” (日本語). 新建東日本大震災復興支援会議. (2012年1月11日). https://www.fukkoushien-nuae.org/2012/01/11/%E7%9B%B2%E7%82%B9%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%9F-%E6%B4%A5%E6%B3%A2%E7%81%AB%E7%81%BD/ 2018年8月31日閲覧。 
  28. ^ 東日本大震災で発生した津波火災における地形的影響の考察と津波火災危険度評価指標の提案 2018年9月1日 閲覧 (PDF)
  29. ^ 廣井悠,山田常圭,坂本憲昭 (2011). “東日本大震災における津波火災の概要と特徴”. 地域安全学会 梗概集: p4. http://isss.jp.net/isss-site/wp-content/uploads/2019/02/01_%E5%BB%A3%E4%BA%95.pdf. 

参考文献[編集]

外部リンク[編集]