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津村 淙庵(つむら そうあん、元文元年(1736年) - 文化3年(1806年)5月)は、江戸時代中期の江戸の町人、歌人、国学者。名は教定、字は正恭、号は三郎兵衛、藍川など。
京都生まれ。後に江戸の伝馬町に移り住み、久保田藩の御用達を務めた。成島鳴鳳の門人であり、石川雅望の師。安永5年(1776年)頃から寛政7年(1796年)までの約20年間にわたり、見聞随録『譚海』をとりまとめた。
- 『思出草』
- 『雪のふる道』
- 『あこやの松』
- 『譚海』