社会契約論

『社会契約論』
(しゃかいけいやくろん)
Du Contrat Social ou Principes du droit politique
ドイツで出版されたとみられる初期の海賊版[1]
ドイツで出版されたとみられる初期の海賊版[1]
著者 ジャン=ジャック・ルソー
訳者 中江兆民ほか
発行日 1762年
発行元 アムステルダム
ジャンル 政治哲学
フランスの旗 フランス
言語 フランスの旗 フランス
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社会契約論』(しゃかいけいやくろん、: Du Contrat Social ou Principes du droit politique, 社会契約について、もしくは政治的権利の原理)は、思想家ジャン=ジャック・ルソーによって執筆され、1762年フランスで公刊された政治哲学の著作である。古くは『民約論』とも訳した。「一般意志」というルソーの造語を世に送り出した書として有名である。

背景[編集]

1743年から1744年にかけてヴェネツィアでフランス大使の秘書官として勤務していたルソーは、ヴェネツィア共和国の問題から着想を得て『政治制度論』を構想する。これは未完であるが、本書『社会契約論』はその一部として出版された。 ルソーはフランスで音楽活動を行いながら文明社会への問題意識を深め、1750年に『学問芸術論』、1755年に『人間不平等起源論』を発表して、文明社会における人間の徳の退廃や私的所有に由来する不平等を指摘している。

自然状態から社会の成立原理を明らかにして、人民主権など民主主義理論に基づく社会契約説を説く内容であったので、出版後は王権神授説を支持する絶対王政期のフランス王国カトリック教会[2]が激しく反発し、出版禁止や逮捕令などでルソーは弾圧を受けた。その後、フランス革命に大きな影響を与えた。

構成[編集]

  • 第1篇 - 自然状態、社会状態、社会契約の本質的諸条件
    • 第1章 - 第1篇の主題
    • 第2章 - 最初の社会について
    • 第3章 - 最も強いものの権利について
    • 第4章 - 奴隷状態について
    • 第5章 - つねに最初の約束にさかのぼらねばならないこと
    • 第6章 - 社会契約について
    • 第7章 - 主権者について
    • 第8章 - 社会状態について
    • 第9章 - 土地支配権について
  • 第2篇 - 立法
    • 第1章 - 主権は譲りわたすことができないこと
    • 第2章 - 主権は分割できないこと
    • 第3章 - 一般意志は誤ることができるか
    • 第4章 - 主権の限界について
    • 第5章 - 生と死の権利について
    • 第6章 - 法について
    • 第7章 - 立法者について
    • 第8章 - 人民について
    • 第9章 - 人民について(つづき)
    • 第10章 - 人民について(つづき)
    • 第11章 - 立法の種々の体系について
    • 第12章 - 法の分割
  • 第3篇 - 政府の形態
    • 第1章 - 政府一般について
    • 第2章 - 政府のさまざまの形態をつくる原理について
    • 第3章 - 政府の分類
    • 第4章 - 民主政について
    • 第5章 - 貴族政について
    • 第6章 - 君主政について
    • 第7章 - 混合政について
    • 第8章 - すべての統治形態は,すべての国家に適合するものではないこと
    • 第9章 - よい政府の特徴について 
    • 第10章 - 政府の悪弊とその堕落の傾向について
    • 第11章 - 政治体の死について
    • 第12章 - 主権はどうして維持されるか
    • 第13章 - 主権はどうして維持されるか(つづき)
    • 第14章 - 主権はどうして維持されるか(つづき)
    • 第15章 - 代議士または代表者
    • 第16章 - 政府の設立は決して契約ではないこと
    • 第17章 - 政府の設立について
    • 第18章 - 政府の越権を防ぐ手段
  • 第4篇 - 国家の体制
    • 第1章 - 一般意志は破壊できないこと
    • 第2章 - 投票について
    • 第3章 - 選挙について
    • 第4章 - ローマの民会について
    • 第5章 - 護民府について
    • 第6章 - 独裁について
    • 第7章 - 監察について
    • 第8章 - 市民の宗教について
    • 第9章 - 結論

内容[編集]

ルソーは人間の本性を、自由意思を持つものとして考え始める。自然状態(ルソーは「相互的孤立」の状態と称した。)では各個人は独立した存在として自己の欲求を充足させるために行動し、生存の障害が発生すればその解決のために各個人同士で協力関係を求める。こうして生じる個々人の約束は社会契約の概念として把握される。社会契約の枠組みに従って国家が正当化されるためには、人間の自由な意思が社会契約の中で保障されていなければならず、本書では個人のための国家の在り方を論じている。

社会における全ての構成員が各人の身体と財産を保護するためには、各人が持つ財産や身体などを含む権利の全てを共同体に譲渡することを論じる。人びとが権利を全面的譲渡することで、単一な人格とそれに由来する意思を持つ国家が出現すると考えられる。国家の意思をルソーは「一般意思」と呼んでおり、これは共同体の人民が市民として各人の合意で形成したものであり、直接民主制により主権が行使されるべきである(間接民主制は議員を選挙する間だけの自由であり、選挙が終われば奴隷となるとして、ルソーはイギリス議会を批判している)。それと同時に、一般意思が決定されてからは臣民として絶対服従しなければならない。なぜならば一般意思とは、各個人の私的利益を求める特殊意思とは反対に、公共利益を指向するものであるからである。したがって一般意思をもたらす人民は、主権者として見直すことが可能となる。

しかし、人民主権の理念を具体化するためには、多くの実際的問題が認められる。人民は主権者であり、一般意思が公共の利益を指向するとしても、人民の決議が常に正しいとは限らない。人民全員が参政することは非現実的であるばかりでなく、非効率でもある。そこで人民に法を与える立法者の役割が導入される。立法者は制度や習俗を構築することで共同体を構築する。さらに、人民の習俗が維持するための監察官を用意することで、社会契約や法の絶対性を教義とする市民宗教を教育し、共同体を維持する。

日本語訳書[編集]

脚注・出典[編集]

  1. ^ R.A. Leigh, Unsolved Problems in the Bibliography of J.-J. Rousseau, Cambridge, 1990, plate 22.
  2. ^ カトリック教会が反発したのは『エミール』で自然宗教を説いたこととも合わせて批判されたからである。(Émile ou De l'éducation

関連項目[編集]

外部リンク[編集]