東雅

東雅』(とうが)は、新井白石が著した日本語辞書語源解釈を主に扱う[1]1719年享保4年)頃成立[2]。全20巻[1]。『西洋紀聞』『同文通考』『東音譜』等と並ぶ、白石の言語に関する著作の一つ[3]

内容[編集]

名詞を天地から虫魚まで15部門に分類した上で、それぞれ漢字およびカタカナの訓を示した後、書籍を参照しつつ語義や語源を述べる[1]和文で書かれている。

本文の前に凡例と総論がある。伝本によっては、室鳩巣安積澹泊の序文や新川元成の跋文が付されている[4]

総論では、本書の語源解釈の理念が述べられる。具体的には、1.歴史的経緯、2.方言、3.俗語、の三つの観点を重視することが述べられる[5]。また、日本語という言語が、古代朝鮮渡来人の言語や、仏僧が伝えた梵語禅僧が伝えた中国語の口語、近世の南蛮語等の、外国語の語彙を取り入れてきたことを指摘する[6]。そして実際に、語源解釈において外国語由来説を度々とっている。例えば「ワダツミ」等において朝鮮語由来説をとっている(「ワダ=パダ」説)[7]。その他、日本語の音韻の仕組みを重視することなどが述べられる[8]

本書の語源説のいくつかは、大野晋編『岩波古語辞典』(1974年初版)等にも採用されている[9]。ただし、現代から見ればこじつけ・眉唾な説も多い[10]

影響源[編集]

本書は平安時代源順の辞書『和名類聚抄』の構成を土台にしている[11]。また、「東雅」という題名や総論の内容において、古代中国の辞書で儒教経典の一つでもある『爾雅』や、その注釈書爾雅注疏』の影響も受けている[12]。『爾雅』『爾雅注疏』は『和名類聚抄』でも参照されている[13]

語源解釈の参考材料として、『和名類聚抄』、『古事記』、『先代旧事本紀』、『出雲国風土記』、『新撰姓氏録』、斎部広成古語拾遺』、仙覚『万葉集抄』、『藻塩草』、『下学集』、『壒嚢鈔』、李時珍本草綱目』、張自烈中国語版正字通』、方以智通雅中国語版』などを参照している[14]。他にも様々な和書・漢籍を参照している[14]。また、水戸藩朱舜水や、友人の稲生若水の見解も参照している[15]

上記の「ワダツミ」等に関する朝鮮語知識は、友人の雨森芳洲からの又聞きや、朝鮮通信使との筆談で得たものと推定される[7]琉球使節から得たと推定される琉球関係の記述もある[16]

本書はしばしば、貝原益軒の辞書『日本釈名』の語源説を暗に批判している[17][18]。益軒と白石は木下順庵門下の兄弟弟子にあたる[17]。「日本釈名」という題名は、『東雅』と『爾雅』の関係と同様、古代中国の辞書『釈名』に由来している[19][4]

受容[編集]

物類称呼』や『厚生新編』に受容されている[14]村田春海は、本書が「仮名遣い」を考慮していないことを批判している[8]

本書は長らく写本で伝わっており、刊本明治末期になって初めて出た[14]。具体的には、明治36年(1903年)に大槻如電が、吉川弘文館初代社長の追悼事業で非売品として刊行した後[20][21]、明治39年(1906年)に、同社の『新井白石全集』第4巻に収録されて正式に刊行された[21]

1994年杉本つとむにより、国立公文書館所蔵の白石自筆本の影印と翻刻が刊行された[21][22]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 東雅』 - コトバンク
  2. ^ 杉本 1999, p. 360f.
  3. ^ 杉本 1999, p. 398.
  4. ^ a b 高松 1997, p. 22.
  5. ^ 杉本 1999, p. 369.
  6. ^ 杉本 1999, p. 387f.
  7. ^ a b 杉本 1999, p. 389f.
  8. ^ a b 杉本 1999, p. 394f.
  9. ^ 杉本 1999, p. 387.
  10. ^ 杉本 1999, p. 392.
  11. ^ 杉本 1999, p. 366f.
  12. ^ 杉本 1999, p. 370.
  13. ^ 杉本 1999, p. 375.
  14. ^ a b c d 杉本 1999, p. 363.
  15. ^ 杉本 1999, p. 363;371.
  16. ^ 賀 2020.
  17. ^ a b 杉本 1999, p. 366f;371;376.
  18. ^ 高松 1997, p. 23.
  19. ^ 杉本 1999, p. 376.
  20. ^ Inc, NetAdvance. “ニッポン書物遺産【国史大辞典 - 第2回】:ジャパンナレッジ”. ニッポン書物遺産. 2021年8月13日閲覧。
  21. ^ a b c 杉本 1999, p. 399.
  22. ^ 尾留川 2023, p. 95;116.

参考文献[編集]

  • 賀耀明「新井白石と琉球使節 : 『東雅』琉球関連記事「楓」「桂」をめぐって」『語学教育研究論叢』第37巻、大東文化大学語学教育研究所、181-193頁、2020年。 NAID 120006938781http://opac.daito.ac.jp/repo/repository/daito/53456/ 
  • 杉本つとむ編著『新井白石 東雅――影印・翻刻・解題・索引』早稲田大学出版部、1994年。ISBN 9784657943149 
  • 杉本つとむ「語源辞書、『東雅』の研究」『杉本つとむ著作選集 6 辞書・事典の研究 I』八坂書房、1999年、359-408頁。ISBN 978-4896947762 
  • 高松正毅「『東雅』において新井白石が目指したもの -貝原益軒著『日本釈名』との比較を中心として-」『国文学研究』第123巻、早稲田大学国文学会、22-31頁、1997年。 NAID 120005481597https://hdl.handle.net/2065/43635 
  • 尾留川方孝「『東雅』での文献利用の傾向」『文学部紀要 哲学』第65巻、中央大学文学部、95-117頁、2023年https://chuo-u.repo.nii.ac.jp/records/17974 CRID 1050577199130362112
  • 松村明校注 「東雅(抄)」『日本思想大系 35 新井白石』岩波書店、1979年。ISBN 9784000700351

外部リンク[編集]