東部占領地域

東部占領地域(とうぶせんりょうちいき、ドイツ語: Generalbezirk、またはGeneralkommissariat)は、ナチス・ドイツ独ソ戦以降に占領した地域の区分の総称。アルフレート・ローゼンベルクが大臣である東部占領地域省の管轄下に置かれ、国家弁務官ドイツ語: Reichskommissar)が現地の統治に当たった。

ウクライナ[編集]

ウクライーネの行政区分図

ウクライーネ国家弁務官区ドイツ語: Reichskommissariat Ukraine)は、現在のウクライナの領域の大部分を統治した。1941年9月に設置されたが、1943年以降はソ連軍によって占領地域を失い、1944年3月には解体された。

オストラント[編集]

オストラントの行政区分図

オストラント国家弁務官区ドイツ語: Reichskommissariat Ostland)は、現在のバルト三国ベラルーシの領域を統治下に置いたが、ソ連軍の反撃で1944年の間に大半を失った。1945年1月以降はクールラント半島に取り残されたドイツ軍が包囲されたまま終戦を迎えた(クールラント・ポケット)。

関連項目[編集]