春桜亭円紫

春桜亭 円紫(しゅんおうてい えんし)は、北村薫推理小説「円紫さんと私シリーズ」に登場する架空の落語家名跡、および架空の人物。本名は初代が木村吉助(きちすけ)、2代目が須磨藤造(とうぞう)、3代目が浦辺菊二、4代目は空席、当代は5代目になる。

名跡の由来は、女と見まがうような美少年であった初代が、当時の名人橘家円喬(年代から4代目であると推定される)宅に居候したことで、居候の異名である「権八」の恋人「小紫」で「橘家小紫」を名乗り、その後「円喬」から一文字もらって「円紫」とした。また亭号は、当時三遊派とライバル関係にあった柳派柳亭燕枝(こちらも同じ理由から初代のことと思われる)に対抗する意味でつけられた。

なお本項では、特に5代目春桜亭円紫について述べる。また特に記述のない場合、以降の「春桜亭円紫」「円紫」は、5代目を指すものとする。

1〜3(4)代目[編集]

初代=木村吉助は明治の人で、子供の頃から高座に上がり、その容貌の美しさとも相まって人気者となったが、それに溺れることはなかった。芸人であった父が死に、行き場に困っていたところを前述の円喬に拾われ、数ヶ月をそこで過ごす。鋭角的で切れ味のいい芸風で、『鰍沢』のお熊などが特に得意だったという。

初代の死後、少し間が空いた後に襲名した2代目=須磨藤造は、おとなしい芸風。3代目=浦辺菊二も「逆らわない芸」といわれ『百年目』などを得意とし、人格者であったらしく「それが噺に、にじみ出て来る」と、直弟子である5代目は語っている(出典:『空飛ぶ馬』所収「砂糖合戦」)。

しかし、紫(後の5代目円紫)の真打ち昇進・紫襲名披露の楽屋において3代目が倒れ急死。3代目は当時46歳であり、円紫の名跡に早世の色が付くことを気遣い(また、4を嫌ったともされる)、居合わせた協会顧問に紫が円紫の名を継ぐときは4代目をとばして5代目春桜亭円紫としてほしいと頼んだ。こうして、円紫の4代目は空席となっている。

5代目[編集]

5代目春桜亭円紫は、架空の落語家・探偵。東京都上野出身、中野在住。年齢は初登場の作品集『空飛ぶ馬』中に「四十をわずかに前にしている」とある。一児(同作品集内に、7歳・小学1年生の女の子であるという記述あり)の父であり、子煩悩であるとされる。童顔だが細面、そして色白の顔は、作品中でよく雛人形に例えられる。シリーズの語り手兼主人公である「私」の大学の先輩にあたる。

経歴[編集]

小学4、5年生の頃、学校に行くのが嫌になり(それでも登校はしていたようだが)、金を貯めては寄席に行くという生活を送っていた。落語家になることを決意したのは中学3年生の春、先代円紫の『百年目』を上野の鈴本演芸場で聞き涙が出るほど感動し、弟子入りを決意する。高校生の時に弟子入りして紫朗の名をもらい、学生時代に小紫(学業との両立も先代に許された)。その後で真打ちに昇進し、前述の過程を経て5代目を襲名する。

落語関係[編集]

暖かい芸風。シリーズを通した語り手である「私」をして「居心地がいい」と言わしめる。作品中で演じたのは 『夢の酒』『百人坊主』『六尺棒』など主に古典落語であるが、それぞれの噺には多くの場合、独自の解釈が加えられている。出囃子は決まって「外記猿」。

現時点で作品中に登場している弟子は、整った容貌で若い層にも人気がある真打ち、元郵便配達員で前座遊紫の2人。

第2短編集『夜の蟬』の年の6月から12本組の『春桜亭円紫独演会』という撰集を出版し、また第3短編集の『朝霧』ではみさき書房から「落語に関する本」の執筆を依頼されている。

名探偵[編集]

探偵としての円紫はいわゆる神のごとき名探偵に分類され、その推理は作品中での真実とほぼイコールで結ばれる。主な推理の対象は日常の謎であるが、多くの場合、主人公「私」から事件の概要を聞いただけで真相を言い当てる。

かなりの博覧強記とされる。また、学生時代には、持ち込み禁止の筈のテストに一語一句違わぬ引用を多用し、後に円紫と「私」の出会いのきっかけを作ることとなる近世文学の加茂教授を驚かせるなどしていた。

モデル[編集]

モデルについては、穏やかな芸風から春風亭柳枝が有力である等、様々に言われてきたが、下に示す参考文献によると特定のモデルはいないらしい。

登場する作品[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『紙魚家崩壊-九つの謎』 講談社文庫 解説

参考文献[編集]

  • 静かなる謎 北村薫(宝島社、2004年 -「このミステリーがすごい!」編集部・編)