旭川志峯高等学校

旭川志峯高等学校
地図北緯43度48分9.6秒 東経142度26分4.6秒 / 北緯43.802667度 東経142.434611度 / 43.802667; 142.434611座標: 北緯43度48分9.6秒 東経142度26分4.6秒 / 北緯43.802667度 東経142.434611度 / 43.802667; 142.434611
過去の名称 旭川裁縫専門学校
旭川裁縫女学校
旭川女学校
旭川実科高等女学校
旭川共立高等女学校
旭川共立女子高等学校
旭川女子高等学校
旭川日本大学高等学校
北日本学院大学高等学校
旭川大学高等学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人旭川志峯学院
校訓 自省・努力・創造
設立年月日 1898年
開校記念日 10月20日
創立者 澤井兵次郎
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学科内専門コース 特別進学コース
未来創成コース
スポーツ教育コース
ライセンスコース
学期 2学期制
学校コード D101320400106 ウィキデータを編集
高校コード 01538F
所在地 079-8505
北海道旭川市永山7条16丁目3番16号
外部リンク 公式ウェブサイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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旭川志峯高等学校(あさひかわしほうこうとうがっこう、: Asahikawa-shihō High School)は、北海道旭川市にある私立高等学校であり、学校法人旭川志峯学院が運営する学校である。

かつては、北海道の高校では珍しく、「スクールバス事業部」があり、旅客限定免許を取得し、旭川電気軌道から譲り受けた車両を用いて、登下校時のスクールバスや校外活動時の生徒輸送を行っていたが、2007年4月よりスクールバスについては旭川電気軌道に運行を委託している。日本大学の元準付属校[注釈 1]

硬式野球部が全国高等学校野球選手権大会に10度出場している強豪校である(2022年時点)[1]

かつての関連校であった旭川大学旭川大学短期大学部公立化による経営の分離[注釈 2]、並びに設置者の学校法人旭川大学から学校法人旭川志峯学院への名称変更に伴い、2023年度より旭川志峯高等学校へ校名が変更された[3][4]

沿革[編集]

主な出典:[5][6]

  • 1898年10月 - 北海道上川郡旭川村3条通9丁目で旭川裁縫専門学校として開校。
  • 1901年10月 - 校舎を上川郡旭川町4条通12丁目右10号に移転。
  • 1904年06月[注釈 3] - 旭川裁縫女学校に校名変更。
  • 1908年04月[注釈 4] - 旭川女学校に校名変更。
  • 1924年04月[注釈 5] - 旭川実科高等女学校に校名変更(実科高等女学校としての認可日は同年3月22日[10])。
  • 1943年04月 - 中等学校令により改まり、旭川共立高等女学校に校名変更。
  • 1948年
    • 3月 - 財団法人旭川共立女子学園が設立認可され、同法人が設置者となる。
    • 4月 - 学制改革により旭川共立女子高等学校に転換。
  • 1951年03月 - 私立学校法により設置者が学校法人旭川共立女子学園に組織変更。
  • 1952年04月[注釈 6] - 旭川女子高等学校[注釈 7] に校名変更。
  • 1964年04月 - 日本大学の準付属校となり、旭川日本大学高等学校に校名変更(1976年に準付属校を解除[注釈 1])。男子部を設置。
  • 1965年11月 - 現在地の旭川市永山7条16丁目に男子部校舎を建設。
  • 1968年04月 - 設置者の学校法人北日本学院大学への名称変更に伴い、北日本学院大学高等学校に校名変更。
  • 1970年05月[注釈 8] - 設置者の学校法人旭川大学への名称変更に伴い、旭川大学高等学校に校名変更。
  • 1977年04月 - 男子部と女子部を統合し男女共学化(女子部が男子部の永山校舎に移転)。
  • 2023年04月 - 設置者の学校法人旭川志峯学院への名称変更に伴い、旭川志峯高等学校 [注釈 9] に校名変更[4]

部活動[編集]

主な出典:[16]

制服について[編集]

1990年度入学生から2004年度入学生まで[編集]

制服ブレザー着用であった。男子ズボン、及び女子スカートベストは共にチェック模様。夏服は白地のワイシャツ(女子はブラウス)に特注品のネクタイ、またはポロシャツ(胸ポケットがあり3つのボタンで固定、男女兼用)であり、冬服は男子がワイシャツ、女子はブラウスに特注品のネクタイ着用である。

この頃までは、制服は夏と冬の違いは夏服にポロシャツがあったことと、袖の長さに違いがあったのみ。

当時の女子の制服については、こちら も参照のこと。

2005年度入学生から2008年度入学生まで[編集]

冬服はそのままだが、夏服が男女ともポロシャツに統一された。これに伴い夏場は平常時の、ワイシャツ・ブラウス・ネクタイ・ベスト(女子のみ)の着用はなくなった。

2009年度入学生から2019年度入学生まで[編集]

それまでの緑を基調としたデザインのブレザーから、青紫を基調としたものに変更。女子はネクタイからリボンの着用に変更となった。

夏服はポロシャツ(胸ポケットなし、2つのボタンで固定)だが、男女ではデザインに違いがみられる。

2020年度入学生から現在まで[編集]

女子スカートと男女スラックスの前デザインをマイナーチェンジ。男女ブレザーは最軽量化し、家庭でも洗濯ができる。また校章入りのパーカーも導入された。

著名な出身者[編集]

系列校[編集]

現在の系列校[編集]

かつての系列校[編集]

  • 旭川大学
    • 2023年、旭川市立大学へ名称変更、ただし別法人への移管により系列校ではなくなる。
    • なお、旭川大学高等学校当時に、旭川大学との間で2016年11月15日付けで高大連携協定を締結[17]
  • 旭川大学短期大学部 - 2023年、旭川市立大学短期大学部へ名称変更、ただし別法人への移管により系列校ではなくなる。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ a b 学校法人日本大学#かつて付属校提携していた学校法人の項目を参照。
  2. ^ ここでいう「経営の分離」とは、旭川大学・同短期大学部の公立大学法人旭川市立大学への移管を意味する[2]
  3. ^ 郷土資料によれば、改称の日付は1904年(明治37年)6月13日である[7]。この点は、出典の「沿革(旭川志峯高等学校)」の記載と異なる。
  4. ^ 郷土資料によれば、改称の日付は1908年(明治41年)4月10日である[7]
  5. ^ なお、旭川市史によれば、改称の日付は1924年(大正13年)3月19日である[8][9][7]
  6. ^ なお、旭川市史によれば、改称の日付は1952年(昭和27年)3月29日である[8][11]
  7. ^ 北海道立旭川女子高等学校と同名であるが、別の学校である。なお、出典の「沿革(旭川志峯高等学校)」中の旭川女子高校学校との記載は、誤植であると考えられる。旭川女子高等学校の項目も参照。
  8. ^ 出典の「沿革(旭川志峯高等学校)」では、改称の日付は1969年(昭和44年)5月1日になっているが、設置者の学校法人北日本学院大学から学校法人旭川大学への名称変更があったのは1970年5月1日であり[12]、このことから旭川大学高等学校への校名変更があったのは1970年(昭和45年)5月1日と、同様に記載する他の出典とも照らして本節で取り扱った[11][13]。学校法人旭川大学(当時)のホームページから主なものを抜粋して作成された旭川市役所の資料においても、当該改称年については昭和45年1970年)と記載されている[14]
  9. ^ 2022年7月時点の一部報道において「旭川志峰高等学校」[15] と表記されていたが、学校法人の新名称「旭川志峯学院」と同じく、正しくは「峯」の字を用いる。

出典[編集]

  1. ^ “北北海道代表は旭川大高 3年ぶり10回目の甲子園出場”. NHK NEWS WEB. (2022年7月24日). オリジナルの2022年7月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220725191852/https://www3.nhk.or.jp/sapporo-news/20220724/7000048885.html 
  2. ^ 旭川大学・同短期大学部の「公立化」に関わるいわゆる4条件への対応について(2017年3月31日 学校法人旭川大学)(2021年3月2日アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project、"基本的には「法人分離」ではなく、「大学・短大の公立大学法人への移行」という表現が適当であると考えます"
  3. ^ “旭川大学高校、「旭川志峯高校」に変更へ 来春、大学の市立化で”. 北海道新聞. (2022年7月16日). https://www.hokkaido-np.co.jp/article/705336 
  4. ^ a b 【受験生の皆さん】合格おめでとうございます!”. 最新の旭大高ニュース. 旭川大学高等学校 (2023年2月28日). 2023年3月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年3月22日閲覧。 “令和5年4月1日より旭川志峯高等学校と校名が変更となります”
  5. ^ 沿革(旭川志峯高等学校) - ウェイバックマシン(2023年6月19日アーカイブ分)
  6. ^ 「旭川共立学園」『北海道私学教育史』北海道私学協会、1963年7月、817-831頁。doi:10.11501/3042190 
  7. ^ a b c 「旭川實科高等女學校」『旭川』民衆社出版部、1928年8月、31頁。doi:10.11501/1112107 
  8. ^ a b 『旭川市史 第3巻』旭川市、1959年7月、382-383頁。doi:10.11501/3041458 
  9. ^ 「年表」『旭川市史 第4巻』旭川市、1960年3月、52頁。doi:10.11501/3003555 
  10. ^ 「文部省告示第146号」『官報』第3471号、1923年3月22日、321頁、doi:10.11501/2955619 
  11. ^ a b 山村俊夫「中等教育における教育課程の変遷――私立実科高等女学校の場合」『日本私学教育研究所紀要』第23巻第1号、日本私学教育研究所、1988年3月、9頁、doi:10.11501/4417451 
  12. ^ 『旭川市史 第5巻』旭川市、1971年11月、767頁。doi:10.11501/2992385 
  13. ^ 本学の主な沿革”. www.asahikawa-u.ac.jp. 学校法人旭川大学(法人情報). 2023年7月17日閲覧。 “45年(1970年) 5月 旭川大学高等学校と改称(高校)”
  14. ^ 学校法人旭川大学の沿革」『旭川大学をベースとした公立大学の設置に係る附帯決議を踏まえた整理について』旭川市総合政策部、2020年10月、4頁https://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/700/735/42315/d071869_d/fil/seiri202010.pdf#page=7。"昭和45年(1970年)5月 旭川大学高等学校と改称"。 
  15. ^ 野球の強豪、旭川大学高校が校名変更へ 来年度「旭川志峰高校」に(2022年7月13日 朝日新聞デジタル) - ウェイバックマシン(2022年7月13日アーカイブ分)
  16. ^ スクールライフ - 部活紹介(旭川志峯高等学校) - ウェイバックマシン(2023年7月15日アーカイブ分)
  17. ^ ニュース 旭川商業高校と高大連携協定を締結しました(旭川大学 2016年11月18日)(2022年12月10日アーカイブ) - 国立国会図書館Web Archiving Project

関連項目[編集]

外部リンク[編集]