守秘義務

守秘義務(しゅひぎむ)とは、一定の職業や職務に従事する者や従事していた者または契約の当事者に対して課せられる、職務上知った秘密を守るべきことや、個人情報を開示しないといった義務のこと。

日本における守秘義務[編集]

守秘義務は、公務員・裁判官・検察官・弁護士公認会計士弁理士税理士司法書士土地家屋調査士行政書士社会保険労務士海事代理士医師歯科医師薬剤師救急救命士看護師介護福祉士中小企業診断士宅地建物取引士無線従事者教師銀行員郵便局の職員など、その職務の特性上、秘密と個人情報の保持が必要とされる職業について、それぞれ法律により定められている。当然、自分の家族や友人であっても漏らすことは禁止されている。これらの法律上の守秘義務を課された者が、正当な理由(令状による強制捜査など)がなく、職務上知り得た秘密の内容を漏らした場合(故意または過失、若しくは窃用を含む)、各法令で処罰の対象となる。

守秘義務の存在にかかわらず、職務上知り得た秘密を開示することが認められる「正当な理由」の範囲や対象については、法解釈上、非常に難しい問題がある。組織に属する者が、その組織の不正行為を知り、その不正行為が守秘義務の対象となる情報を含んでいる場合、その者が内部告発することによって確保される公益と、その者に課せられている守秘義務のいずれが尊重されるべきか、という問題がある。

法律上の守秘義務[編集]

刑法秘密漏示罪)第134条
第1項 「医師、([1]歯科医師)、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」
第2項 「宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者、又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときも、前項と同様とする。」
国家公務員法 第100条
第1項 「職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。」と定めている。違反者は最高1年の懲役又は最高50万円の罰金に処せられる。
自衛隊法 (秘密を守る義務)第59条
第1項 [隊員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を離れた後も、同様とする。」と定めている。違反者は最高1年の懲役又は最高50万円の罰金に処せられる。
地方公務員法 第34条
第1項 「職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする。」と定められている。違反者は最高1年の懲役又は最高50万円の罰金に処せられる。
独立行政法人通則法 第54条
第1項 「特定独立行政法人の役員(以下この条から第五十六条までにおいて単に「役員」という。)は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、同様とする。」と定めている。違反者は1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる。非特定行政法人の場合も個別法で守秘義務が課せられている場合が多い。
国立大学法人法 第18条
(役員及び職員の秘密保持義務)第18条 「国立大学法人の役員及び職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、同様とする。」と定めている。違反者は最高1年の懲役又は最高50万円の罰金に処せられる。
公認会計士法 第27条
弁護士法 (秘密保持の権利及び義務)第23条
「弁護士又は弁護士であつた者は、その職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負う。但し、法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。」と定めている。
司法書士法 (秘密保持の義務)第24条
「司法書士又は司法書士であつた者は、正当な事由がある場合でなければ、業務上取り扱つた事件について知ることのできた秘密を他に漏らしてはならない。」と定めている。違反者は6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる。
行政書士法 (秘密を守る義務)第12条
「行政書士は、正当な理由がなく、その業務上取り扱つた事項について知り得た秘密を漏らしてはならない。行政書士でなくなつた後も、また同様とする。」と定めている。
違反者は1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられる。
郵便法 第8条
第1項 「会社の取扱中に係る信書の秘密は、これを侵してはならない。」
第2項 「郵便の業務に従事する者は、在職中郵便物に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても、同様とする。」と定められている。
第1項の違反者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる。
第2項の違反者は、2年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられる。
電波法 第59条
第59条「何人も法律に別段の定めがある場合を除くほか、特定の相手方に対して行われる無線通信を傍受して、その存在若しくは内容を漏らし、又はこれを窃用してはならない。」
第109条「無線局の取扱中に係る無線通信の秘密を漏らし、又は窃用した者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」
第2項 「無線通信の業務に従事する者(無線従事者)が、その業務に関し知り得た前項の秘密を漏らし、又は窃用したときは、2年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。」と定められており、無線従事者免許証保持者の通信の秘密侵害・情報漏洩については、より重い厳罰化規定がある。
電気通信事業法 第4条
第1項 「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。」
第2項 「電気通信事業に従事する者は、在職中電気通信事業者の取扱中に係る通信に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても、同様とする。」
第1項の違反者は、最高2年の懲役又は最高100万円の罰金に処せられる。
技術士法 第45条
「技術士又は技術士補は、正当の理由がなく、その業務に関して知り得た秘密を漏らし、又は盗用してはならない。技術士又は技術士補でなくなつた後においても、同様とする。」と定められている。
違反者は最高1年の懲役又は最高50万円の罰金に処せられる。親告罪
保健師助産師看護師法 第42条の2
第42条の2 「保健師、看護師又は准看護師は、正当な理由がなく、その業務上知り得た人の秘密を漏らしてはならない。保健師、看護師又は准看護師でなくなった後においても、同様とする。」
第44条の3 「第42条の2の規定に違反して、業務上知り得た人の秘密を漏らした者は、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。」(第1項)
義肢装具士法 (秘密を守る義務)第40条
第40条「義肢装具士は、正当な理由がなく、その業務上知り得た人の秘密を漏らしてはならない。義肢装具士でなくなつた後においても、同様とする。」
第47条「第40条の規定に違反した者は、50万円以下の罰金に処する。」(第1項)
中小企業診断士の登録及び試験に関する規則(中小企業診断士の登録の大枠については中小企業支援法にて規定されている)
第5条第1項 「経済産業大臣は、申請者が次の各号のいずれかに該当する場合には、その登録を拒否しなければならない。」
第5条第1項第七号 「正当な理由がなく、中小企業診断士の業務上取り扱ったことに関して知り得た秘密を漏らし、又は盗用した者であって、その行為をしたと認められる日から3年を経過しないもの」
第6条第1項 「経済産業大臣は、中小企業診断士が前条各号(第九号を除く。)のいずれかに該当するに至ったとき又は不正の手段により登録を受けたことが判明したときは、その登録を取り消すものとする。」
探偵業の業務の適正化に関する法律 第10条
第1項 「探偵業者の業務に従事する者は、正当な理由がなく、その業務上知り得た人の秘密を漏らしてはならない。探偵業者の業務に従事する者でなくなった後においても、同様とする。」
第2項 「探偵業者は、探偵業務に関して作成し、又は取得した文書、写真その他の資料(電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録をいう。)を含む。)について、その不正又は不当な利用を防止するため必要な措置をとらなければならない。」
柔道整復師法 (秘密を守る義務)第17条の2
第17条の2「柔道整復師は、正当な理由なく、その業務上知り得た人の秘密をもらしてはならない。柔道整復師でなくなつた後においても、同様とする。」
第29条「次の各号のいずれに該当する者は、50万円以下の罰金に処する。」(第2項に規定あり)
あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律 第7条の2
第7条の2「施術者は、正当な理由がなく、その業務上知り得た人の秘密を漏らしてはいけない。施術者でなくなつた後においても、同様とする。」
第13条の7「次の各号のいずれかに該当する者は、50万円以下の罰金に処する。」(第3項に規定あり)
不正競争防止法 第21条
不正競争防止法第2条第1項第4号から第10号は営業秘密について規定する。平成27年度の改正で、罰金が個人で2,000万円、法人は5億円とし、海外企業への漏洩は3,000万円、10億円にそれぞれ改定された。

一般的な通報義務[編集]

児童虐待の防止等に関する法律(児童虐待防止法、同法6条1項)、高齢者の虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(高齢者虐待防止法、同法7条3項)、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(配偶者暴力防止法、同法6条3項)には、刑法の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、通告・通報義務の遵守を妨げるものと解釈してはならないとの規定がある[2]

秘密保持命令[編集]

民事訴訟において、準備書面または証拠の内容に営業秘密が含まれ、それが訴訟追行以外の目的で使用され、又は開示により当事者の事業活動に支障を生ずるおそれがある場合には、裁判所は当事者等に対し、その使用・開示をしないよう命ずることができる(特許法等、不正競争防止法著作権法)。

米国における守秘義務[編集]

医師[編集]

アメリカ医師会の「医の倫理原則」の第4は「医師は患者の権利、同僚医師および他の保健職業専門家の権利を尊重しなければならない。また、法の制約の範囲内で患者の秘密を擁護しなければならない。」と守秘義務について定めている[3]

弁護士[編集]

米国では各州で弁護士倫理規定(professional code of conduct)が定められており依頼者に関する事実について守秘義務を定めている[4]。しかし、このような内容であっても裁判所が証拠の発見に資する資料と認めるときは訴訟手続の証拠開示の対象となり訴訟で証拠として使用される可能性がある[4]

開示の例外として連邦民事訴訟規則に定める弁護士・依頼者間の秘匿特権 (Attorney-Client Privilege)があり、一定の要件を満たす弁護士と依頼者との間のコミュニケーションは開示の対象から除外される[4]

また、連邦民事訴訟規則にはワーク・プロダクトの法理(The work-product doctrine)が定められており、相手方当事者により又は相手方当事者のために訴訟又はトライアルを想定して作成した書面等は開示の対象から除外される[4]

欧州における守秘義務[編集]

弁護士[編集]

欧州司法裁判所は1983年、弁護士の守秘義務特権の特権を制限する判決をした。その影響で欧州22カ国の弁護士会が加盟する欧州企業内弁護士協会が設立されており、法曹の質の向上に寄与している。

契約上の守秘義務[編集]

法律上の守秘義務とは別に、次のような契約上の守秘義務が問題となる場合がある。

業務提携デューディリジェンス仲裁合意をする場合など企業秘密を互いに共有ないし提出する必要がある場合には、互いにその秘密を守ることを要求されるため、守秘義務契約(英 : en:Non-disclosure agreement・略称NDA。秘密保持契約(協約・約定) secrecy agreement または confidentiality agreement、機密保持契約などとも呼ばれる)を締結することがある。これらは従来は民事上の契約に過ぎなかったが、近年の不正競争防止法の罰則強化により、契約違反には刑事罰が課せられる可能性が生じ、事実上強い強制力を持つようになっている。

民間企業において、製品開発、特許基礎技術の研究、個人情報を取り扱う業務などで、一般の従業員に対して、退職後も守秘義務を課する旨の就業規則等が定められていたり、個別の労働契約等を締結し、従業員がこれに違反した場合、懲戒に処したり、退職後であっても損害賠償を請求する場合がある。退職後の行動に一定の制約を課すものであることに照らすと、こうした合意は、その内容が合理的で、被用者の退職後の行動を過度に制約するものでない限り有効と解されるべきである(エイシンフーズ事件、東京地判平成29年10月25日)。これについては、様々な裁判例がある[注釈 1]

要約筆記奉仕員のような、利用者のプライバシーに直接関連する業務については、従事する者がボランティアで行っていたとしても、秘密を守ることが要求される。

報道のための取材を行う記者などは、報道の自由を全うするために、取材源秘匿権を有する。その裏返しとして、これら記者などには取材源を秘匿すべき職業倫理上の守秘義務があると解されている。

これらの契約上の守秘義務に関する詳細については、それぞれの関連項目を参照されたい。

守秘義務に関する事件[編集]

関連法規[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 古河鉱業事件(東京高判昭和55年2月18日)や日本リーバ事件(東京地判平成14年12月20日)では、守秘義務に違反した従業員の懲戒解雇を認めた。一方、メリルリンチ・インベストメント・マネージャーズ事件(東京地判平成15年9月17日)では、裁判所は、その労働者が秘密保持義務を負っていること、交付した書類の機密性を認めたものの、懲戒解雇事由に該当しないか、形式的に該当するとしても軽微なものであるとして、懲戒解雇を無効と判断した。レガシィ事件(東京地判平成27年3月27日)では、元従業員による秘密漏洩について「具体的な因果関係をもって発生した逸失利益及びその数学を認めるに足りる証拠も全くない」として、元従業員に対する損害賠償請求を認めなかった。エイシンフーズ事件では、「従業員が秘密と明確に認識し得る形で管理されていたということはできない」として、元従業員に対する損害賠償請求を認めなかった。

出典[編集]

  1. ^ 医療関係資格に係る守秘義務の概要”. www.mhlw.go.jp. 2020年9月19日閲覧。
  2. ^ 「医師・患者関係の法的再検討」について”. 日本医師会医事法関係検討委員会. 2019年11月20日閲覧。
  3. ^ 医療従事者の職業倫理”. 慶應義塾大学病院. 2019年11月20日閲覧。
  4. ^ a b c d 米国における弁護士・依頼者間の秘匿特権”. 西村あさひ法律事務所. 2019年11月20日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]