天草十七人衆

天草十七人衆(あまくさじゅうしちにんしゅう)は、島原の乱において一揆勢を率いた主な浪人らのことをいう。出典は江戸時代の記録物『天草騒動』などによる。なお『天草騒動』については軍記物のような一種の歴史小説であり、その資料的価値は低いとする説もある。

  1. 蘆塚忠右衛門小西行長家臣の子・有馬氏旧臣〕
  2. 千々石五郎左衛門〔加藤氏家臣の子〕
  3. 大矢野松右衛門〔小西行長旧臣(元 本多忠朝剣術指南役とも)〕
  4. 赤星道重〔加藤氏家臣の子〕
  5. 益田好次〔小西行長旧臣(祐筆)〕
  6. 森宗意軒〔小西行長旧臣〕
  7. 駒木根友房〔島津氏・小西行長旧臣〕
  8. 山田右衛門作〔有馬氏旧臣・松倉氏御用達南蛮絵師〕
  9. 天草玄察〔益田好次の伯父〕
  10. 千束善右衛門〔小西行長旧臣(供頭)〕
  11. 栖本左京進
  12. 鹿子木右馬助
  13. 田崎刑部〔森宗意軒の弟子〕
  14. 蘆塚左内〔蘆塚忠右衛門の子〕
  15. 蘆塚忠太夫〔蘆塚忠右衛門の弟〕
  16. 戸塚宗右衛門
  17. 有馬休意〔有馬氏旧臣〕

なお、天草五人衆という場合は、『天草騒動』によると大矢野松右衛門千束善右衛門森宗意軒大江源右衛門山善左衛門を指す。この5人は多くの史料に一揆勢の首謀者として名が見られる。

出典[編集]