大菅小百合

獲得メダル

2006年にヘーレンフェインで行われたワールドカップでの大菅
スピードスケート
世界距離別スピードスケート選手権大会
2007 ソルトレイクシティ 500m
自転車競技
アジア競技大会
2002 プサン 500mTT
世界自転車選手権B大会
2003 500mTT

大菅 小百合(おおすが さゆり、1980年10月27日 - )は、日本の元スピードスケート選手、元自転車競技選手。北海道標津郡標津町出身。マネージメント会社はボリバレント[1]

略歴[編集]

幼少期は習い事として空手水泳習字算盤をチャレンジした[2]。空手は小学生の時に選手権大会に出場、妹の淳子も出場している[3]。スピードスケートの強豪である白樺学園高等学校を卒業した後、1999年に三協精機製作所(現在の日本電産サンキョー)に入社。2002年ソルトレークシティオリンピックで五輪初出場を果たした。

その後、トレーニングの一環で行っていた自転車競技・トラックレースでも頭角を現し、2002年釜山アジア大会500mタイムトライアルで、当時同種目世界記録保持者の江永華に次いで2位。また2003年に行われた世界自転車選手権B大会の同種目で優勝したことから、2004年アテネオリンピックの出場権を獲得、10位に入った。さらに2006年トリノオリンピックにも出場して3季連続の五輪出場となった。

スピードスケート女子500mの自己ベストは37秒51(2007年世界距離別選手権に記録)で、2009年12月13日小平奈緒が37秒50を出すまで日本記録だった。

トリノオリンピック後、今までとは違う体制で競技を続けることを希望し、2006年5月20日付で日本電産サンキョーを退社。実業団所属ではなく、一人のプロ選手として活動できる道を模索、スポンサーとなる企業を探すことになった。同年9月1日付で大和ハウス工業が支援してくれることになり「入社」という形をとった。2010年バンクーバー五輪を目指すことを表明していた。バンクーバー五輪のある2009-10年シーズンはいつにも増して絶不調。元々スタートのピストルが鳴ってからの反応が遅い選手ではあるが、その反応がさらに遅く、持ち前のスタートダッシュを活かすことができなくなってしまった。ワールドカップに出場するも1ケタ順位はゼロ、最高でも10位と振るわなかった。エムウェーブで行われた五輪代表選考会でも500mで6位、1000mで16位と振るわず、バンクーバー行きを逃した。

2011年6月1日に現役引退を表明。

2014年まで大和ハウススケート部で及川佑のコーチを務める[4][5]が、2015年3月31日をもって退社[6]

2014年8月15日、元陸上競技選手の秋本真吾と結婚[7]2016年、第1子妊娠を公表[8]。2017年3月20日に長女を出産[9]

オリンピック記録・結果[編集]

人物[編集]

  • 妹の小原淳子も元スピードスケート選手で、姉と同じく三協精機に所属していた。同じ会社所属の姉妹選手と言う事で話題となる事があり、フジテレビ系『ジャンクSPORTS』等に姉妹で出演した。妹・淳子は2006年春に姉・小百合より僅かに先行する形で日本電産サンキョーを退社し、小百合の大和ハウスへの所属が決まった後に姉のマネージメントを務めるようになった。元同僚の小原唯志は義弟に当たる。
  • 標津小学校・標津中学校時代は、アメリカンフットボール選手の椙田圭輔と同級生。
  • 4歳ごろから小学6年までは空手、中学はソフトボール[10]
  • 特技はピアノ
  • TBSテレビ「バンクーバーオリンピック2010」では「スピードスケート 女子500m」(2月17日放送)にてプレイヤーゲストとして出演した[11]
  • 大好物は「つけ麺屋やすべえ」の辛味つけ麺味玉チャーシューのせ。
  • 日本テレビ行列のできる法律相談所新春2時間スペシャル」(2015年1月4日放送)としてゲスト出演した[12]

参考サイト[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]