塩見俊二

塩見俊二

塩見 俊二(しおみ しゅんじ、1907年(明治40年)5月17日 - 1980年(昭和55年)11月22日)は、日本の政治家参議院議員(通算当選4回)。自治大臣厚生大臣を歴任[1]自由民主党高知県連会長。板垣退助先生顕彰会顧問[2]土佐市名誉市民[1]。塩見文庫の創設者。勲一等瑞宝章

来歴[編集]

青年期[編集]

官僚として[編集]

  • 終戦に伴い1946年(昭和21年)に帰国。戦後は東京財務局直税部長、熊本・広島・大阪国税局長を歴任。1955年(昭和30年)に退官[1]

政治家として[編集]

文化事業活動[編集]

  • 1966年(昭和41年)、高知の青少年たちに読書の機会を与えようと、私財を投じて自身が長年にわたって収集した蔵書・6万7000冊を寄贈し、高知電気ビル内に「塩見文庫」を創設した[3]

小野田寛郎少尉救出に尽力[編集]

年金保養施設の建設[編集]

  • 厚生大臣在任中、大規模年金保養基地構想を打ち出し、各地にグリーンピアが建設された。

晩年[編集]

  • 読書家であり、謙虚で飾り気のない人柄とともに無類の酒好きで、豪放な面もあり、土佐人の性格を代表する政治家であった[1]
  • 1980年(昭和55年)11月22日死去。享年73歳。飾り気のない人柄とともに無類の酒好きで知られた。墓は土佐市浅井にある[1]

二つの銅像建立[編集]

  • 1991年(平成3年)、塩見俊二の十三回忌を翌年にひかえ、来年4月に「塩見文庫」が高知県に移管されることが決定したため、財団法人小津図書館は、塩見俊二の功績を顕彰して銅像の建立を計画[1]。銅像は腰を下して読書する塩見の姿となった[1]。同年11月22日除幕。原型の作製は高知市在住の塑像家・濱田浩造による[1]
塩見俊二先生頌徳像(碑文)
塩見先生は、高知県選出の参議院議員として二十四年に亘り活躍され、その間、自治大臣、厚生大臣を歴任されて国会の要となられると共に、自由民主党高知県連会長として郷土の発展に誠心を尽されました。殊(こと)に知識を尊び読書を愛された先生は、和子夫人の協力のもと「塩見文庫」を開設。「読書推進賞」に輝かれる等、郷土の文化振興に多くの貢献をされ、昭和五十三年には、国政への偉大な功績を讃えられて、勲一等瑞宝章を授与されました。清廉にして豪放磊落。国を想い県民郷土を愛し、少なからず酒を愛でる先生の土佐人気質は、今日(こんにち)尚、県民をして父の如くに敬慕されて止まぬところであります。思い出多き此の地、文庫の前庭に、文人政治家・塩見俊二先生の頌徳像を建立し、永く後世にその徳を伝えます。平成三年十一月二十二日
  • 上記の銅像建立を受け、1992年(平成4年)、塩見俊二の故郷の有志たちによって「塩見俊二先生顕彰事業期成会」が組織され、翌1993年(平成5年)、籠尾市長を会長に迎え「塩見俊二先生銅像建立実行委員会」に発展[1]。市内外、団体から浄財を募り、市からの助成を受けて銅像を建立[1]。「庶民派でクリーンなイメージを…」との意を受け、燕尾服姿で右手を腰に当てた立像で製作された[1]。除幕は俊二の令甥・塩見昭彦、題字揮毫は内閣総理大臣宮澤喜一。銅像原型は、濱田浩造が作製した[1]
塩見俊二先生像(碑文)
一九〇七年、土佐市浅井に生まれる。官界を経て一九五六年、参議院議員に当選。以来二十四年間在任され、予算委員長、党幹事長等、院の要職を極め、閣内にあっては自治大臣国家公安委員長厚生大臣を歴任された。想えば、先生のその生涯は、天の啓示を享けた政治への強い使命感にあり、尽きることのない教育に託した情熱とされなる理想への追求にあった。私財のすべてを投じて創設された塩見文庫。その広大な施設と永年に亘って先生自ら選ばれた貴重な文献・六万七千冊余の蔵書を高知県に寄贈されるとともに、県ならびに本市に青少年教育と文化振興のために巨額の資金を贈られている。清廉にして高邁、義に厚く、文化をこよなく愛した近代稀に見る政治家。豪放、冷徹、秀抜にして不世出の大人・塩見俊二とその不滅の遺跡を永く後世に伝えるため浄財をもってここに巨星の像を建立する。
平成五年(一九九三)十一月二十二日

参考文献[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u 『土佐人の銅像を歩く』岩崎義郎著、土佐史談会、2003年
  2. ^ a b c d 『板垣精神 -明治維新百五十年・板垣退助先生薨去百回忌記念-』”. 一般社団法人 板垣退助先生顕彰会 (2019年2月11日). 2020年8月13日閲覧。
  3. ^ この文庫は小津町に移転し、昭和53年、財団法人小津図書館となったが、1992年(平成4年)、高知県に移管され建物は「小津青少年ふれあいセンター」となり、書籍は高知県立図書館(現・オーテピア)に移管された。(『土佐人の銅像を歩く』、174頁)
  4. ^ 板垣退助先生顕彰会:名誉総裁・佐藤栄作、名誉会長・溝渕増巳、最高顧問・山内豊秋らの構成で「財団法人板垣会」会長・寺尾豊により設立された。

関連項目[編集]

議会
先代:
西郷吉之助
日本の旗 参議院予算委員長
1968年 - 1970年
次代:
堀本宜実
公職
先代:
斎藤昇
日本の旗 厚生大臣
第50代:1972年
次代:
斎藤邦吉
先代:
永山忠則
日本の旗 自治大臣
1966年
次代:
藤枝泉介
先代:
永山忠則
日本の旗 国家公安委員会委員長
1966年
次代:
藤枝泉介