南馬込

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南馬込
町丁
地図北緯35度35分15秒 東経139度42分45秒 / 北緯35.587583度 東経139.712408度 / 35.587583; 139.712408
日本の旗 日本
都道府県 東京都の旗 東京都
特別区 大田区
地域 大森地域
人口情報2023年(令和5年)1月1日現在[1]
 人口 25,645 人
 世帯数 13,229 世帯
面積[2]
  1.436798786 km²
人口密度 17848.71 人/km²
郵便番号 143-0025[3]
市外局番 03(東京MA[4]
ナンバープレート 品川
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南馬込(みなみまごめ)は、東京都大田区。現行行政地名は南馬込一丁目から南馬込六丁目。住居表示実施済区域。

地理[編集]

東京都大田区の北部に位置する。北部は環七通りに接し、これを境に東馬込に接する。東部も環七通りに接し、これを境に山王に接する。南部は中央池上にそれぞれ接する。西部は第二京浜に接し、これを境に中馬込西馬込にそれぞれ接する(地名はいずれも大田区)。町域内は駅周辺に商店などが見られるほかは、主に住宅地になっている。

地価[編集]

住宅地の地価は、2023年令和5年)1月1日公示地価によれば、南馬込3-14-6の地点で46万8000円/m2、南馬込4-13-18の地点で49万4000円/m2となっている[5]

交通[編集]

町域西端の第二京浜下に都営浅草線西馬込駅がある(西馬込に所在)。また、町域北部は同線馬込駅が近い(北馬込に所在)。ほかに、付近を通るバス路線の利用もある。他に町域内を東海道新幹線横須賀線品鶴線)の線路が通っているが、地域内に横須賀線の駅はない。

  • 東急バス
    • 森01系統 大森駅(大森操車所) - 蒲田駅 万福寺、西馬込駅経由
    • 森02系統 荏原町駅入口 - 大森駅(大森操車所)馬込橋、大田文化の森経由
    • 森06系統 上池上循環(外回り)大森駅、池上駅方面
    • 森07系統 上池上循環(内回り)馬込駅前、夫婦坂、上池上方面
    • 森08系統 馬込銀座循環 大森駅、南馬込二丁目、南馬込三丁目経由
    • 森91系統 新代田駅前 - 大森駅(大森操車所) 長原、上馬、馬込駅前経由
    • 反01系統 五反田駅 - 川崎駅ラゾーナ広場 馬込駅前、西馬込駅前、多摩川大橋経由

歴史[編集]

小田原衆所領役帳」によれば、後北条氏家臣・梶原助五郎は馬込村に所領を与えられ、馬込城を居城としていた。梶原氏は治承・寿永の乱(源平合戦)で活躍した武将・梶原景時子孫を称している。城址付近には萬福禅寺があって、寺の開基である梶原景時のがある。この古刹には他に、戦国時代北条氏直の家臣であった梶原三河守が使用したという馬具も保存されている。城は大きな規模(南馬込五丁目全体)であったというが、今では住宅地と化して遺構が確認出来ないばかりでなく、正確な城の範囲を確定することも困難となっている。しかし、第二京浜(国道1号)の馬込付近は坂道が続き、両側が崖状になっている難所である。城を築くに適した地形で、築城以前よりあったという長遠寺(ちょうおんじ)の隣に八幡神社があって、ここは崖の上の要害に位置し、江戸時代でも馬込村の中心地であったという。

世帯数と人口[編集]

2023年(令和5年)1月1日現在(東京都発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
南馬込一丁目 2,587世帯 4,989人
南馬込二丁目 1,689世帯 3,408人
南馬込三丁目 2,023世帯 4,007人
南馬込四丁目 2,295世帯 4,772人
南馬込五丁目 2,217世帯 3,877人
南馬込六丁目 2,418世帯 4,592人
13,229世帯 25,645人

人口の変遷[編集]

国勢調査による人口の推移。

人口推移
人口
1995年(平成7年)[6]
22,731
2000年(平成12年)[7]
23,068
2005年(平成17年)[8]
23,643
2010年(平成22年)[9]
24,124
2015年(平成27年)[10]
24,748
2020年(令和2年)[11]
25,879

世帯数の変遷[編集]

国勢調査による世帯数の推移。

世帯数推移
世帯数
1995年(平成7年)[6]
9,840
2000年(平成12年)[7]
10,282
2005年(平成17年)[8]
11,042
2010年(平成22年)[9]
11,572
2015年(平成27年)[10]
12,360
2020年(令和2年)[11]
13,126

学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[12]

丁目 番地 小学校 中学校
南馬込一丁目 1〜10番 大田区立馬込小学校 大田区立馬込中学校
11〜60番 大田区立馬込東中学校
南馬込二丁目 1番
16〜18番
2〜15番
19〜31番
大田区立馬込第二小学校
南馬込三丁目 1〜35番
36番の一部
37番の一部
39番の一部
36番の一部
37番の一部
38番
39番の一部
大田区立入新井第二小学校 大田区立大森第三中学校
南馬込四丁目 49番
14〜17番
25〜35番
40〜46番
大田区立馬込第二小学校 大田区立馬込東中学校
1番
2番
大田区立馬込小学校 大田区立馬込中学校
3〜13番
18〜24番
36〜39番
47〜48番
大田区立梅田小学校
南馬込五丁目 14〜18番
21〜44番
1〜13番
19〜20番
大田区立馬込小学校
南馬込六丁目 1〜6番
7番の一部
8番の一部
9〜14番
17〜23番
30番の一部
35番の一部
36〜38番
大田区立梅田小学校
7番の一部
8番の一部
15〜16番
24〜29番
30番の一部
31〜34番
35番の一部
大田区立大森第四中学校

事業所[編集]

2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[13]

丁目 事業所数 従業員数
南馬込一丁目 87事業所 706人
南馬込二丁目 65事業所 458人
南馬込三丁目 64事業所 357人
南馬込四丁目 77事業所 390人
南馬込五丁目 185事業所 1,377人
南馬込六丁目 59事業所 607人
537事業所 3,895人

事業者数の変遷[編集]

経済センサスによる事業所数の推移。

事業者数推移
事業者数
2016年(平成28年)[14]
505
2021年(令和3年)[13]
537

従業員数の変遷[編集]

経済センサスによる従業員数の推移。

従業員数推移
従業員数
2016年(平成28年)[14]
3,263
2021年(令和3年)[13]
3,895

施設[編集]

その他[編集]

南馬込四丁目32番8号に、三島由紀夫が1959年(昭和34年)5月から居住していた家がある[注釈 1]

日本郵便[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ この三島の家の住所表記は、1965年(昭和40年)11月の住居表示制度の実施で「南馬込四丁目32番8号」に変更されるまでの間、三島由紀夫が知人らに宛てた書簡や、贈呈本に添付した自身の名刺で「馬込東一丁目1333番地」と記載され(エアメールでは、Magome-higashi)[15][16][17]、三島研究者編纂の全集の年譜や複数の評伝でも町名を「馬込東」と記載しているが[18][19][20]、大田区の住居表示を記録した『住居表示旧新・新旧対照表. 6の2(昭和40年11月15日施行)』の300頁によると、南馬込四丁目32番8号は馬込町東一丁目1333番地に当たり、当地の居住者には平岡公威の名(三島由紀夫の本名)が記載されている[21]。なお、川端康成が書いた三島宛の書簡では1962年(昭和37年)以降に「馬込東」と「馬込町東」の両方の表記が見られる[22]

出典[編集]

  1. ^ a b 住民基本台帳による東京都の世帯と人口(町丁別・年齢別)  令和5年1月” (CSV). 東京都 (2023年4月6日). 2023年12月17日閲覧。 “(ファイル元のページ)(CC-BY-4.0)
  2. ^ 『国勢調査町丁・字等別境界データセット』(CODH作成)”. CODH. 2023年12月16日閲覧。(CC-BY-4.0)
  3. ^ a b 南馬込の郵便番号”. 日本郵便. 2023年11月17日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2019年6月24日閲覧。
  5. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査”. 国土交通省. 2023年11月17日閲覧。
  6. ^ a b 平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年3月28日). 2019年8月16日閲覧。
  7. ^ a b 平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年5月30日). 2019年8月16日閲覧。
  8. ^ a b 平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年6月27日). 2019年8月16日閲覧。
  9. ^ a b 平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2012年1月20日). 2019年8月16日閲覧。
  10. ^ a b 平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2017年1月27日). 2019年8月16日閲覧。
  11. ^ a b 令和2年国勢調査の調査結果(e-Stat) -男女別人口,外国人人口及び世帯数-町丁・字等”. 総務省統計局 (2022年2月10日). 2022年2月20日閲覧。
  12. ^ 通学区域”. 大田区 (2016年5月30日). 2017年12月15日閲覧。
  13. ^ a b c 経済センサス‐活動調査 / 令和3年経済センサス‐活動調査 / 事業所に関する集計 産業横断的集計 事業所数、従業者数(町丁・大字別結果)”. 総務省統計局 (2023年6月27日). 2023年9月15日閲覧。
  14. ^ a b 経済センサス‐活動調査 / 平成28年経済センサス‐活動調査 / 事業所に関する集計 産業横断的集計 都道府県別結果”. 総務省統計局 (2018年6月28日). 2019年10月23日閲覧。
  15. ^ 阿川弘之からGeorge H. Lynchまでの書簡・葉書(38巻 2004, pp. 33–948)
  16. ^ 浅野晃から平岡紀子までの書簡・葉書(補巻 2005, pp. 198–235)
  17. ^ 犬塚潔「三島由紀夫の名刺」(研究6 2008, pp. 166–171)
  18. ^ 「第五章 『鏡子の家』の時代」内(年表 1990, p. 131)
  19. ^ 「第三章 薔薇の痙攣」内(生涯 1998, p. 198)
  20. ^ 「年譜」(昭和34年5月10日)(42巻 2005, p. 231)
  21. ^ 住居表示旧新・新旧対照表 6の2(昭和40年11月15日施行)(国立国会図書館 Online)p.300
  22. ^ 川端書簡 2000, pp. 152–171
  23. ^ 郵便番号簿 2022年度版” (PDF). 日本郵便. 2023年10月28日閲覧。

参考文献[編集]

  • 『決定版 三島由紀夫全集38巻 書簡』新潮社、2004年3月。ISBN 978-4106425783 
  • 『決定版 三島由紀夫全集42巻 年譜・書誌』新潮社、2005年8月。ISBN 978-4106425820 
  • 『決定版 三島由紀夫全集補巻 補遺・索引』新潮社、2005年12月。ISBN 978-4106425837 
  • 『川端康成・三島由紀夫往復書簡』新潮文庫、2000年11月。ISBN 978-4101001265 
  • 安藤武『三島由紀夫の生涯』夏目書房、1998年9月。ISBN 978-4931391390 
  • 井上隆史; 佐藤秀明; 松本徹 編『三島由紀夫・金閣寺』鼎書房〈三島由紀夫研究6〉、2008年7月。ISBN 978-4907846589 
  • 松本徹『三島由紀夫――年表作家読本』河出書房新社、1990年4月。ISBN 978-4309700526 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]