千足古墳

千足古墳 墳丘
石障
岡山市埋蔵文化財センター期間展示時に撮影。

座標: 北緯34度40分12.5秒 東経133度48分06.4秒 / 北緯34.670139度 東経133.801778度 / 34.670139; 133.801778 千足古墳(せんぞくこふん)は、岡山県岡山市北区新庄下に所在する帆立貝形古墳である。造山古墳の陪塚として大正10年1921年)国の史跡に指定(指定名称は「造山古墳第五古墳」)。直弧文の彫刻がある石障で知られる。

2011年12月、剥離が確認された石障を石室の外へ搬出し、岡山市埋蔵文化財センターに移送する作業が行われた[1]。保存措置のため石室内の装飾部分を搬出するのは奈良県明日香村高松塚古墳キトラ古墳に続いて3例目。

概要[編集]

全長約80m、後円部径約60m、高さ6.8m、前方部幅約25m[2]。墳丘は後円部3段、前方部1段で、前方部を西に向ける。5世紀前半の築造。

埋葬施設は横穴式石室が2基平行して存在する。どちらも九州系の初期横穴式石室で、共に南東方向に開口部がある。

南西側の石室は長さ3.45m、幅2.6m、高さ2.6mで、左右側壁・奥壁は扁平な板石を用いてドーム状に積み上げられている。石室内から仿製鏡・玉類・鉄鏃が、羨道部上面から仿製鏡・玉類・巴形銅器・鉄刀・鉄剣・鉄斧・甲冑片が出土した。

北東側の石室は長さ2.7m、幅2mで、隣の石室より一回り小さい[3]。天井部が崩落しており、内部は未調査である。

復元工事中の千足古墳(2019年3月)

近況[編集]

2009年10月、石障の線刻文様の三次元測量を実施するため、普段水没している石室内の水を抜いた際、直弧文のある石障等に剥離が確認された。更に2010年5月には白カビが発生し、最終的に石障部分を取り外して保存することが決定された。取り外しは2011年12月に行われ、現在岡山市埋蔵文化財センターで修復・保管されている。

岡山市は2015年から築造当時の姿に復元する事業に取り掛かった。墳丘に登れるよう整備し、埴輪を50基程度並べ、トンネルを設けて石室内部も見学出来るようにする。2018年完成予定だったが、同年の豪雨災害により工事中の盛り土が流出、完成が大幅に遅れている[4]

交通アクセス[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 史跡造山古墳第5古墳(千足古墳)の取組 岡山市教育委員会
  2. ^ 平成25年史跡千足古墳発掘調査現地説明会資料 岡山市教育委員会
  3. ^ 新埋葬施設も九州系の横穴式 岡山の国史跡・千足古墳 さんようタウンナビ
  4. ^ 千足古墳復元事業 豪雨で遅れる 岡山市教委、進捗状況5割 山陽新聞デジタル

関連項目[編集]

外部リンク[編集]