供託金

供託金(きょうたくきん)とは、法令の規定により法務局などの供託所に供託された金銭。公職選挙において、売名泡沫候補の乱立を阻止するための制度。金額は出馬する選挙によって異なり、法定得票数に達しない得票率の場合は全額没収され、逆に落選しても一定の得票を得ると全額返還される[1][2]

本項では、特に、選挙において立候補者が供託する金銭(選挙供託)について記述している。

選挙における供託金[編集]

選挙における供託金は、被選挙人(=候補者)が公職選挙に立候補する際、国によっては選挙管理委員会等に対して寄託することが定められている場合に納める金銭もしくは債券などのことである。

当選もしくは一定以上の結果を残した場合には供託金は全て返還されるが、有効投票総数に対して一定票(供託金没収点)に達しない場合は没収される。この場合において、法定得票供託金没収点は一致しない(供託金没収点は法定得票より若干少ない)。

供託金は原則として現金または債券供託することになっているが、日本など一部の国では、割引債で納めれば金利の分だけ支出を抑えることができる。なお、現在、日本では割引債は発行されていない。

日本における供託金[編集]

衆院選参院選の比例区に名簿を提出する政党・政治団体および比例区選挙を除く公職選挙立候補者は、供託所(法務局地方法務局の本局・支局・出張所)に所定の金額を現金または国債証書(振替国債を含む)により供託した上で、立候補の届出に際し供託を証明する書面(供託書正本)を提出しなければならない(公選法92条)。

衆院選・参院選の比例区では名簿届出政党等が獲得した議席数に応じて供託金の全額または一定額が返還され、残額は没収される。それ以外の選挙では被選挙人の得票数が公選法92条所定の得票数(供託金没収点)を上回った場合には全額が返還され、下回った場合には全額が没収される。また、立候補届出後に届出を取り下げた場合や立候補を辞退した場合にも全額が没収される。没収された供託金は国政選挙の場合は国庫に、地方選挙の場合は当該地方自治体に帰属する(公選法93条・94条)。

2021年現在の供託金の金額および供託金没収点は以下の通りである。補欠選挙の場合もこれに準ずる。

日本の公職選挙における供託金の金額および供託金没収点
選挙の種類 供託金の金額 供託金没収点
衆院選(小選挙区) 300万円 有効投票総数の10分の1
衆院選(比例区) 名簿単独登載者数×600万円
+重複立候補者数×300万円
(注1)
参院選(選挙区) 300万円 有効投票総数と議員定数(注2)の商の8分の1
参院選(比例区) 名簿登載者数×600万円 (注3)
都道府県知事選挙 300万円 有効投票総数の10分の1
市長選挙(政令指定都市) 240万円
市区長選挙 100万円
町村長選挙 50万円
都道府県議会議員選挙 60万円 有効投票総数と議員定数(注2)の商の10分の1
市議会議員選挙(政令指定都市) 50万円
市区議会議員選挙 30万円
町村議会議員選挙 15万円
  1. 表中所定の金額を供託した名簿届出政党等は「選挙区で当選した重複立候補者数×300万円+比例区議席割り当て数×2×600万円」の範囲で供託金の返還を受けられる。たとえば、重複立候補者3名と単独立候補者2名を比例区に立て、重複立候補者2名が選挙区で当選し、比例区で1議席の割り当てを受けた政党の供託金は(3×300万円+2×600万円=)2100万円であり、そのうち返還を受けられるのは(2×300万円+1×2×600万円=)1800万円となる。
  2. ここでいう「議員定数」は参議院議員選挙においては通常選挙における当該選挙区内の議員の定数(非改選期の補欠選挙を同時執行するために通常選挙より定数が多くなる場合はその定数)、地方議会議員選挙においては当該選挙区内の議員の定数(選挙区がないときは議員の定数)のことを指す。補欠選挙の場合も通常時の議員定数を参照することに注意。
  3. 表中所定の金額を供託した名簿届出政党等は「比例区議席割り当て数×2×600万円」の範囲で供託金の返還を受けられる。

過去の選挙において、選挙運動用のはがきなどを、他の陣営に横流しして売買した候補や、選挙公報等を用いて、特定の商品の宣伝を行った政党などが問題になったため、選挙公営が充実している選挙ほど、供託金の額が高額になっている。

なお、供託金没収点を下回った場合は、選挙公営による公費負担の一部を受けられなくなる。具体的には、選挙運動用自動車の使用(公選法141条7項)、はがき・ビラの作成(同142条10項)、看板ポスター等の作成(同143条14項)、演説会用の立札等の作成(同164条の2、6項)などを自費で賄わなければならなくなる。また、衆院選の重複立候補者で、供託金没収点を下回った者は、比例復活当選の資格を失う(同法95条の2、6項)。

2005年(平成17年)の第44回衆議院議員総選挙東京都第22区から立候補した日本共産党若林義春は、小選挙区と比例代表に重複で立候補し、かつ共産党の比例名簿で唯一の1位だった。日本共産党は比例東京ブロックで1議席を獲得し、小選挙区で落選していた若林が復活当選したかに見えた。しかし小選挙区での得票数が供託金没収点を下回っていたため、前述の規定により、若林は復活当選の資格を失い、名簿2位で比例単独候補だった元参議院議員の笠井亮が繰上当選となった。また、2021年(令和3年)の第49回衆議院議員総選挙ではれいわ新選組が衆院選比例東海ブロックで1議席獲得可能な得票であったが、小選挙区との重複立候補者として比例名簿に登載されていた2候補が小選挙区の有効投票総数の10%を下回り供託金が没収されたため、公職選挙法の規定に基づいて名簿から削除された。れいわ新選組には比例東海ブロックに単独候補がいなかったため、この1議席は次点の公明党候補が獲得した[3][4]

歴史[編集]

初期の衆議院議員総選挙立候補届出制を採っていなかったため、被選挙権さえあれば供託金はもちろん、立候補手続きさえ取らずに有権者からの投票を受けることができた。1925年普通選挙法制定に伴い、候補者届出制に移行するとともに、売名目的での立候補を抑制しつつ、社会主義政党の国政進出を防ぐ目的もあって、当時の公務員初年俸の2倍に相当する、2,000円の供託義務が定められた[5]

1950年に制定された公職選挙法でもこの制度が引き継がれ、以後改正の度に金額が高騰していった。選挙公営の充実化を理由に、金額の上昇幅は物価の上昇幅よりも大きく設定された。勝算度外視でほぼ全ての選挙区に候補者を擁立していた日本共産党を除く55年体制期の主要政党(自民社会公明民社)は、供託金を没収されることが少なく、さらに供託金額の引き上げは、新人候補や小政党の出馬を抑制する効果があるため、国会で金額引き上げを批判したのは、共産党など少数に留まった[5]

公職選挙法制定後の供託金額の推移は以下の通りである。なお、中選挙区制時代の衆院選では「有効投票総数と議員定数の商の5分の1」を、廃止された教育委員の選挙では「有効投票総数と委員定数の商の10分の1」をそれぞれ供託金没収点としていた。それ以外の選挙では供託金没収点の変更はない。また、町村の教育委員の選挙では供託金を納める必要がなかった。

供託金額の推移(単位は万円)
選挙の種類 1950年 1952年 1956年 1962年 1969年 1975年 1982年 1992年 1994年 2020年
衆院選(選挙区) 3 10 10 15 30 100 200 300 300 300
衆院選(比例区) - 600 600
参院選(選挙区) 3 10 10 15 30 100 200 300 300 300
参院選(全国区) 3 10 20 30 60 200 -
参院選(比例区) - 400 600 600 600
都道府県知事選挙 3 10 10 15 30 100 200 300 300 300
市長選挙(政令指定都市) - 10 20 60 120 240 240 240
市区長選挙 1.5 2.5 2.5 4 8 25 50 100 100 100
町村長選挙 (供託金は不要) 2 4 12 24 50 50 50
都道府県議会議員選挙 1 2 2 3 6 20 40 60 60 60
市議会議員選挙(政令指定都市) - 2.5 5 15 30 50 50 50
市区議会議員選挙 0.5 1 1 1.5 3 10 20 30 30 30
町村議会議員選挙 (供託金は不要) 15
都道府県教育委員選挙 1 4 4 -
市区教育委員選挙 0.5 1 1 -

供託金額の引き下げや、供託金没収点の緩和は一度も行われていないが、2009年第45回総選挙を前に自民党の共産空白区への懸念から国政選挙供託金引き下げ法案が国会に提出されたことがあるが、廃案となった。

批判[編集]

供託金制度を導入している他国と比較しても、日本の供託金額は極めて高いため、立候補の権利を不当に抑制しているとの批判が根強い。そのためアメリカ合衆国フランスなどのように「住民による署名を一定数集める」といった代替案が提案されている[5]

また、高額の供託金制度は「立候補の自由」を保障する憲法15条1項や、国会議員資格について、財産・収入で差別することを禁ずる憲法44条の規定に反し「違憲無効である」として、いくつかの訴訟が起こされているが(2020年時点で、埼玉県の原告が最高裁判所上告していた[6])、裁判所は憲法47条が国会議員選挙制度の決定に関して、国会に合理的な範囲での裁量権を与えていることを指摘した上で、供託金制度は不正目的での立候補の抑制と、慎重な立候補の決断を期待するための合理的な制度であるなどとして、いずれも合憲判決を出している[7]。ただし、最高裁は、合憲と判断した理由をまったく示しておらず、上記の裁判の原告及び弁護を担当している宇都宮健児は「判例としての先例性はない」と指摘している[8]。同裁判は2020年12月に上告が却下されて原告の敗訴が確定したが、最高裁は「供託金制度は立候補を萎縮させる効果があり、立候補の自由に対する制約になっている」としつつも、「制度決定は国会の裁量で、それを逸脱しているとは言えない」とした[9]

上脇博之は、供託金により立候補を制限するのは基本的人権である選挙権の侵害であり、国会の立法裁量には委ねられるものではないこと、不正目的での立候補を排除するには公職選挙法第221条以下の規定で事足りること、そして「売名」かどうかは国民の審判に委ねるべきだと主張している[10]

日本以外における供託金[編集]

日本以外の議会議員選挙においてはイギリス、カナダ韓国シンガポールなどにおいて供託金制度があるが、いずれも日本ほど金額は高くない。また供託金の代わりに手数料を求める国があるが、いずれも日本の供託金に比べると微々たる金額である。供託金没収点もイギリスが投票数の5%であるなど、主要先進国では日本ほどシビアでない場合が多い。カナダでは2007年に違憲判決が出され、連邦下院選で供託金が廃止されるかわりに有権者100人の署名が必要になった。

議会選挙における供託金の金額
選挙 金額 没収点 備考
イギリス下院 500ポンド[11](約8万円) 小選挙区制で5%
アイルランド下院 500ユーロ[12](約6万5千円) 単記移譲式でドループ基数の25% 政党公認候補と30名の推薦人を得た候補は供託免除
オランダ下院 1政党当たり11,250ユーロ(約150万円) 比例代表制で0.5% 現職議員が所属する政党は供託免除
カナダ議会 1,000カナダドル(約10万円) 小選挙区制で10% 収支報告の提出により没収免除
オーストラリア上院 2,000オーストラリア・ドル(約18万4千円) 優先順位付(単記移譲式)投票の1位票で4%
オーストラリア(下院 1,000オーストラリア・ドル(約9万2千円) 優先順位付投票(Instant-runoff voting)の1位票で4%
ニュージーランド議会(選挙区) 300ニュージーランド・ドル(約2万4千円) 5%
ニュージーランド議会(比例代表) 1政党当たり1,000ニュージーランド・ドル(約8万円) 0.5%
インド上院 10,000インド・ルピー(約1万7千円) 6分の1
インド(下院 25,000インド・ルピー(約4万2千円) 6分の1
マレーシア上院 5,000リンギット(約16万円) 12.5%
マレーシア(下院 10,000リンギット(約31万円) 12.5%
香港立法会(直接選挙) 50,000香港ドル(約65万円) 3%
香港立法会(職能団体別) 25,000香港ドル(約32万円) 3%
シンガポール国会 16,000シンガポールドル(約126万円) 12.5%
中華民国立法院 20万ニュー台湾ドル(約67万円) 有権者総数と議員定数の商の10分の1
韓国国会 1,500万ウォン(約135万円) 小選挙区制で10%(15%未満は半額没収) 比例代表制では政党に議席の割り当てがない場合にのみ没収され、1議席でも割り当てがあれば全額返還される
トルコ議会 7,734トルコリラ(約40万円) 返還されない 政党公認候補は供託免除
ウクライナ議会(選挙区) 13,224フリヴニャ(約16万円) 落選または登録無効の場合に没収
ウクライナ(比例代表) 1政党当たり220万4千フリヴニャ(約2700万円) 5% 得票率5%未満の場合、議席が割り当てられず供託金も没収となる

また、アメリカ合衆国フランスドイツイタリアなどは、選挙の供託金制度がなく、フランスに至っては、上院200フランス・フラン(約4千円)、下院1,000フラン(約2万円)の供託金すら批判の対象となり、1995年に供託金制度が廃止されている。

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ 供託金はどうなる? 一定票数に届かねば全額没収”. 日本経済新聞 (2017年10月18日). 2021年10月27日閲覧。
  2. ^ 供託金について”. 島根県大田市公式サイト. 2021年10月27日閲覧。
  3. ^ “れ新 比例東海ブロックで1議席確保できる得票も名簿削除に”. NHKNEWSWEB. (2021年11月1日). オリジナルの2021年12月5日時点におけるアーカイブ。. https://archive.ph/zkQ4H 2021年11月3日閲覧。 
  4. ^ “れいわ、東海ブロックで1議席獲得の票得たが…公選法規定で公明候補が当選”. 読売新聞オンライン. (2021年11月1日). オリジナルの2021年12月5日時点におけるアーカイブ。. https://archive.ph/DpaJE 2021年11月3日閲覧。 
  5. ^ a b c “供託金600万円 出馬足かせ 脱原発団体「高いけど集めるしか」”. 東京新聞. (2012年9月24日). オリジナルの2012年9月26日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120926022343/http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012092402000087.html 2013年12月17日閲覧。 
  6. ^ 選挙供託金違憲訴訟を支える会
  7. ^ 大阪高裁平成9年3月18日判決など。
  8. ^ 安倍内閣、6割が世襲議員の異常さ…過去15年で国民の所得14%減、資産ゼロ世帯は2倍”. ビジネスジャーナル. 2018年1月24日閲覧。
  9. ^ タダでは立候補できない日本 高額の「供託金」なぜ必要?【#あなたの衆院選】毎日新聞、2021年10月27日、同年11月10日閲覧
  10. ^ Q4 選挙に立候補するときに供託金を準備させることの是非は?
  11. ^ Who can stand as an MP? イギリス議会 2017年12月21日閲覧
  12. ^ Electoral (Amendment) Act 2007 アイルランド電子法令全書(eISB)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]