ヘスティアー

ヘスティアー
Εστία
炉の女神
信仰の中心地 スキタイ
シンボル , 聖火, ロバ
クロノス, レアー
兄弟 ゼウス, ポセイドーン, ヘーラー, デーメーテール, ハーデース, ケイローン
ローマ神話 ウェスタ
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ヘスティアー古希: ΕΣΤΙΑ, Εστία, Hestiā)は、ギリシア神話に登場する暖炉家庭家族国家の正しい秩序を司る処女女神である[1]クロノスレアーの娘で、ゼウスポセイドーンハーデースヘーラーデーメーテールと姉弟。アテーナーアルテミスと同じく処女神である。

ヘスティアーの名前は「暖炉祭壇[2]を意味し、これはインド・ヨーロッパ語源の*wes「燃やす」(究極的には*h₂wes-「住む、夜を過ごす、滞在する」)に由来する[3][4][5]ことから、オイコス(家庭、世帯、家、家族)を意味する。クレータ島のドレロスとプリニアスの初期の神殿暖炉を持つ建造物であり、デルポイのアポローン神殿は常に内部にヘスティアーを持っていたという。ミュケーナイの大広間(メガロン)は、ホメーロスのイタカのオデュッセウスの広間のように、中央に暖炉があったとされている[6]

ローマ神話ウェスタと同一視される[7]。ヘスティアー[8]およびウェスタの象徴となる聖獣はロバである[9]

日本語では長母音を省略してヘスティアとも呼ばれる。

概説[編集]

古代ギリシアにおいては、家の中心であり、従ってヘスティアーは、家庭生活の守護神として崇められた。スキタイで信仰される主神である。また炉は、犠牲を捧げる場所でもあり祭壇祭祀の神でもある。さらには、家庭の延長上にあるとされていたため国家統合の守護神とされ、各ポリスのヘスティアーの神殿の炉は、国家の重要な会議の場であった。加えて全ての孤児達の保護者であるとされる[10][11]

植民地建設の際には、この神殿からヘスティアーの聖火をもたらすのが習わしだった。

プラトーンによれば「彼女1人だけがのんびりしていた」といわれ、呑気な印象の女神である。

さて、天界においては、まずここに、偉大なる指揮者ゼウス、翼ある馬車を駆り、万物を秩序づけ、万物を配慮しながら、さきがけて進み行く。これにしたがうのは、十一の部隊に整列された神々とダイモーンの軍勢。これはつまり、炉をまもる女神ヘスティアのみはひとり、神々のすみかにとどまるからである。

— 『パイドロス』247A(藤沢令夫訳)

神話[編集]

オリュンポス十二神の一柱に数えられるが別伝では、ヘスティアーの代わりにディオニューソスを数えることもある[12]。これは、オリュンポス十二神に入れないことを嘆く甥ディオニューソスを哀れんで、ヘスティアーが、その座を譲ったためとされる。

主な神話によればクロノスとレアーの長女であり、ゼウスらの姉である。ヘーシオドスの『神統記』ではヘスティアーの名前は姉弟の中で最初に挙げられており、『ホメーロス風讃歌』の「アプロディーテー讃歌」ではクロノスの長女であると述べられている。したがってクロノスに最初に呑み込まれたのはヘスティアーだが、クロノスがゼウスによって打倒された際に最後に吐き出されたため最も年少と言われることもあった。

夫や子はなく処女神とされる。ポセイドーンアポローンに求婚されたこともあるが、その申し出を断り、ゼウスの頭に手を置いて永遠の処女を守ることを誓った[13]。これに対してゼウスはヘスティアーに結婚の喜びと引き換えに全ての人間の家で、その中央に座すこと、犠牲の最良の部分を得ること、そして全ての神殿で他の神々と栄誉をわかつこと等の特権を与えたという[14]

ピロメーラーの神話に登場し、ピロメーラー、プロクネーテーレウスの三人(またはイテュスを含めた四人[15])を鳥に変身させている[10]

ヘスティアーは、炉の神として常に家の中心に坐すため、そこから動くことが出来ないと信じられた。主な神話において他の神々が戦ったり窮地に陥ったりしていても彼女は、炉から離れることが出来ないという理由から介入することはなかった。そのため重要な神とされながら、神話には登場することが少ない。

役割[編集]

ゼウスはヘスティアーに、オリンポスのを、神々への動物の生け贄の脂肪分や燃えやすい部分で維持する義務を課した[16]

脚注[編集]

  1. ^ Graves, Robert. “The Palace of Olympus”. Greek Gods and Heroes. https://archive.org/details/greekgodsheroes00grav 
  2. ^ R. S. P. Beekes. Etymological Dictionary of Greek, Brill, 2009, p. 471.
  3. ^ Calvert Watkins, "wes-", in: The American Heritage Dictionary of Indo-European Roots. Houghton Mifflin Harcourt, Boston 1985 (web archive).
  4. ^ Mallory, J. P.; Adams, D. Q. (2006-08-24) (英語). The Oxford Introduction to Proto-Indo-European and the Proto-Indo-European World. OUP Oxford. pp. 220. ISBN 978-0-19-928791-8. https://books.google.com/books?id=iNUSDAAAQBAJ 
  5. ^ West, M. L. (2007-05-24) (英語). Indo-European Poetry and Myth. OUP Oxford. pp. 145. ISBN 978-0-19-928075-9. https://books.google.com/books?id=ZXrJA_5LKlYC 
  6. ^ Burkert, p. 61.
  7. ^ 山室静『ギリシャ神話 <付 北欧神話>』社会思想社、22頁。
  8. ^ 山北篤『図解 火の神と精霊』新紀元社
  9. ^ ツイン☆スター『神の事典』ジャパン・ミックス。
  10. ^ a b シブサワ・コウ『爆笑ギリシア神話』光栄
  11. ^ バーナード・エヴスリン『ギリシア神話小事典』社会思想社、220頁。
  12. ^ バーナード・エヴスリン『ギリシア神話小事典』社会思想社、139頁。
  13. ^ 蔵持不三也『神話で訪ねる世界遺産』ナツメ社、2015年、50頁。ISBN 978-4-81635870-8 
  14. ^ 『ホメーロス風讃歌』「アプロディーテー讃歌」21行-32行。
  15. ^ フェリックス・ギラン『ギリシア神話』青土社、285頁。
  16. ^ Kajava, pp. 1–2.

参考文献[編集]

関連項目[編集]