ブロッホ群

数学において、ブロッホ群: Bloch group)はブロッホ・ウィグナーの関数の線形関係式を記述する群であり、高次のブロッホ群は一般にブロッホ・ススリン複体のコホモロジー群として定義される。複体の名前はスペンサー・ブロッホ英語版 (Spencer Bloch) とアンドレイ・ススリン英語版 (Андре́й Су́слин) に因む。ブロッホ群は以下に述べるように多重対数関数双曲幾何学代数的K理論などと密接に関係している。

ブロッホ・ウィグナーの関数[編集]

二重対数関数英語版|z| < 1 に対して次の冪級数で定義される。

この冪級数から二重対数関数の積分表示

が得られる。ただし二重対数関数は2点 0, 1 で分岐しモノドロミー(多価性)を持つため、積分表示が冪級数表示に一致するためには 0 から z への積分路は の非自明なサイクルを含まないようなものをとる必要がある。(一見すると z = 0 に分岐はないように見えるが、実は z = 1 を周回したシート上に z = 0 の分岐が現れる。)この積分表示によって Li2(z)普遍被覆空間に正則に解析接続される。

ブロッホ・ウィグナーの関数は二重対数関数を用いて次のように定義される。

D2(z) には次のような著しい性質がある。

  • D2(z) はモノドロミーを持たず 上の一価実解析的関数になる。

最後の恒等式は本質的に二重対数関数に対するアーベルの5項関係式である (Abel 1881)。

ブロッホ群の定義[編集]

K を体とし、 の元 x に対する [x] により Z 上生成された自由加群とする。また

の形の元の生成する Z(K) の部分加群とし、 と定めよう。いまブロッホ・ウィグナーの関数の定義域を Z(C) に線形に拡張し、x = Σnj[xj] ∈ Z(C) に対して D2(x) = ΣnjD2(xj) と定める。すると D2 の 5項関係式は

と言い換えられ、従って D2 上定義される。さて、

を、 に対しては d[x] = x∧(1−x) と定め、これを Z(K) に線形に拡張したものとする。(d 上 well-defined であることをみるには をチェックする必要がある。)このときブロッホ群

と定義する (Bloch 1978)。松本の定理により を 2次の代数的K群として が知られている。D2 の線形関係式を完全に記述する群である。すなわち次が成り立つ。

K3 とブロッホ群の関係[編集]

K を無限体とする。このとき x の取り方に依らない。GM(K) を無限次単項行列のなす GL(K) の部分群、BGM(K)+キレンのプラス構成とすると、

が成り立つ (Suslin 1990)。ここで は 3次の代数的K群である。 さらに、ミルナーのK群 として、  のただ一つの非自明な Z/2Z 拡大とする。このとき以下の完全列が知られている。

3次元双曲幾何学との関係[編集]

ブロッホ・ウィグナー関数 上の関数であり、次のような双曲幾何学的な意味を持つ。 を実3次元の双曲空間とし、 と半空間表示する。 の無限遠点の全体 とみなすことができる。無限遠点のみを頂点とする四面体を理想的四面体と呼び、 を無限遠点上の頂点として で表す。四面体の(符号付き)体積 と表す。このとき、計量の定数倍を適切にとれば、四面体の複比は、

であり、特に である。 の5項関係式は、退化した理想的 4単体 の境界の体積が 0 であることと

とは同値である。

加えて、3次元双曲多様体 が与えられると、

と分解する。ここに は、理想四面体であり、それらの頂点はすべて 上の無限遠点にある。ここに となるある複素数である。各々の理想四面体は、 となる複素数 (四面体の頂点の複比となるが、)に対し を頂点とする理想四面体のひとつにアイソメトリック(isometric)である。このように、四面体の体積は一つのパラメータ にのみ依存する。(Neumann & Zagier 1985) は、理想四面体 に対し ただし はブロッホ・ウィグナーの二重対数、となることを示した。一般の 3次元双曲多様体に対し、理想四面体を互いに張り合わせることにより、

を得る。モストウの剛性定理は、 であるすべての に対する四面体の体積の値が一意に定まることを保証している。

一般化[編集]

二重対数の代わりに、三重対数やさらに高次の多重対数を用いることで、ブロッホ群の概念は (Goncharov 1991) と (Zagier 1990) により拡張された。これらの一般化ブロッホ群 が、代数的K理論モチヴィックコホモロジー英語版と関係するということが、広く予想されている。また、(Neumann 2004)により定義された拡大されたブロッホ群のように、別の方向への一般化もある。

参考文献[編集]

  • Bloch, S. (1978). “Applications of the dilogarithm function in algebraic K-theory and algebraic geometry”. In Nagata, M. Proc. Int. Symp. on Alg. Geometry. Tokyo: Kinokuniya. pp. 103–114 
  • Neumann, W.D.; Zagier, D. (2004). “Volumes of hyperbolic three-manifolds”. Topology 24: 307-332. 
  • Zagier, D. (1990). “Polylogarithms, Dedekind zeta functions, and the algebraic K-theory of fields”. In van der Geer, G.; Oort, F.; Steenbrink, J. Arithmetic Algebraic Geometry. Boston: Birkhäuser. pp. 391–430