ハレンチ学園 (テレビドラマ)

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ハレンチ学園
ジャンル コメディ学園ドラマ
原作 永井豪
企画 ダイナミックプロ
脚本 久保田圭司、鴨井達比古
監督 丹野雄二、柴田米幸、飯塚二郎、柳瀬観
監修 阿部進
出演者 大辻伺郎
児島美ゆき
小林文彦ほか
音楽 山本直純
オープニング 「ハレンチ学園ソング」(河崎いち子とヤング・フレッシュ
エンディング 同上
製作
プロデューサー 丹野雄二(ピロ企画)、前田兼利(日活)、近藤伯雄(東京12ch)
制作 東京12チャンネルピロ企画日活
放送
放送国・地域日本の旗 日本
放送期間1970年10月1日 - 1971年4月1日
放送時間木曜19:30 - 20:00
(1971年1月1日のみ金曜18:30 - 19:00)
放送分30分
回数27回
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ハレンチ学園(はれんちがくえん)は1970年10月1日から1971年4月1日まで、東京12チャンネル(現在のテレビ東京)で放送されていた学園ドラマである。毎週木曜 19:30 - 20:00まで30分間放送していた。全27回。明治製菓(現:明治)の一社提供[1]

概要[編集]

原作は永井豪作の漫画『ハレンチ学園』である。ヒゲゴジラ、マルゴシらスケベな先生たちと、「十兵衛」ら生徒たちによるドタバタで性的な騒動を繰り広げる。

映画・テレビ版とも主人公「十兵衛」を演じた児島美ゆきは一躍人気者となり、彼女はこれと次番組『ワンパク番外地』の主演を経て、当時の人気バラエティ番組『TVジョッキー』(日本テレビ放送網)の初代アシスタントを皮切りに、女優・タレントとして数々のテレビ番組に出演するようになった。また出演者では教育評論家として名を馳せ、原作のジャンプ・コミックスの解説も書いていた阿部進(カバゴン)による毎回の次回予告も売りであった。阿部が次回の内容を視聴者に友達口調で語りかけ、「我らがハレンチ学園、オー!」と声を上げるスタイルは、反体制のポーズがある種ファッションであった当時の世相を反映したものとなっている。

原作がPTAからクレームがついた漫画のため、「低俗番組」とクレームがつけられていたが、最高視聴率は28.4%(1970年10月8日放送)[2]を記録している。これはテレビ東京歴代ドラマ番組最高視聴率であると同時に1993年のドーハの悲劇の中継の視聴率(48.1%)が塗り替えるまで、同局の歴代の最高視聴率でもあった。その人気から当初関東ローカルでスタートした番組も回を重ねるうちにネット局が増えていった。

なお、オープニング・エンディングはクレジットによると、ダイナミックプロ作画(担当者不明)によるアニメーション。連載時の永井豪のイラストやコマ絵を元に起こされた名場面集で、事実上初めて永井豪の絵がアニメ化された作品でもある。

構成[編集]

  • タイトルはアニメーションで左卜全によるナレーションが入る。
  • OPとEDは、同じアニメーションと同じ主題歌が使われる。OPにはキャスト、EDにはスタッフがクレジットされる。
  • 本編の冒頭では、サブタイトルの後に、児童憲章の掲示板が映し出され「前文の3項目」が生徒たちによって読み上げられる。
  • アイキャッチもアニメーションが使われる。
  • 次回予告は、阿部進(書斎などにいる)が、視聴者に向かって、今回の話の感想と次回のあらすじを述べる(次回の映像は使われない)。ラストは万歳で締める。

キャスト[編集]

レギュラー[編集]

ゲスト[編集]

放送リスト[編集]

放送日 話数 サブタイトル 脚本 監督
1970年
10月1日
1 トイレット作戦の巻 鴨井達比古 丹野雄二
10月8日 2 家庭訪問の巻
10月15日 3 身体検査の巻 山崎巌 村田啓三
10月22日 4 マカロニ登場の巻 丹野雄二
10月29日 5 ママゴン来る!の巻 鴨井達比古
11月5日 6 カンニング大作戦の巻 鴨井達比古
横山俊一
11月12日 7 氷人間の巻 鴨井達比古
壷井昭治
11月19日 8 ハレハレ旅行の巻 山崎巌 村田啓三
11月26日 9 女の先生の場合は……の巻 才賀明 丹野雄二
12月3日 10 宝さがしの巻 山崎巌
鴨井達比古
飯塚二郎
12月10日 11 宿題はいやよ!の巻 才賀明 丹野雄二
12月17日 12 ハード・トレーニングだよ!の巻 鴨井達比古
山中耕人
柳瀬観
12月24日 13 学芸会の巻 鴨井達比古
横山俊一
1971年
1月1日
14 新春ドバドバ大会
1月7日 15 おこずかいガバチョの巻 久保田圭三 柳瀬観
1月14日 16 校庭大安売りの巻 相良一雅
1月21日 17 ハレンチ・スパルタ教育の巻 久保田圭司 柴田米幸
1月28日 18 まいど おやかましゅうの巻 鴨井達比古
横山俊一
飯塚二郎
2月4日 19 偉い人はウソをツカないの巻 青野暉
2月11日 20 ズッコケ飛行船の巻 久保田圭司 丹野雄二
2月18日 21 ガッポリかせごうの巻 柴田米幸
2月25日 22 校長が帰って来た!の巻 鴨井達比古
横山俊一
3月4日 23 十兵衛結婚の巻 久保田圭司 柳瀬観
3月11日 24 ハレンチ新入生の巻 山中耕人
3月18日 25 性教育の巻 久保田圭司 丹野雄二
3月25日 26 オー!ビューティフルの巻 鴨井達比古
4月1日 27 バンザイ・ハレンチ学園の巻

第14回「新春ドバドバ大会」は、1970年12月31日に年末特番『なつかしの歌声』(19:00 - 21:54)が編成されたため、翌1971年1月1日金曜日)の18:30 - 19:00に差し替え放送、そしてその内容も特別企画(恐らくバラエティ)であるため、後年の再放送(地上波やCS放送)では「欠番」とされ放送されない。

スタッフ・主題歌[編集]

スタッフ
  • 原作:永井豪
  • 企画・アニメーション:ダイナミックプロ
  • 監修:阿部進
  • プロデューサー:丹野雄二(ピロ企画)・前田兼利(日活)・近藤伯雄(東京12チャンネル) 
  • 音楽:山本直純
  • 撮影:有吉英敏
  • 照明:窪田彰
  • 録音:高橋三郎、川田保
  • 編集:岡田三知夫
  • 美術:川原資三
  • 助監督:横井洋
  • 色彩計測:喜田敏文
  • 記録:藤井美智江、麦谷静代、鶴岡資子、黒丸ヨシ子
  • 選曲:山川繁
  • 効果:市川利幸、帆刈幸雄、石田勝美
  • 制作担当:青木勝彦
  • 高津映画装飾、第一衣裳、山田かつら店、山王スタジオ、多摩美術センター、東洋現像所
  • 協力:富士観船原ホテル(8話)
  • 制作:東京12チャンネル、ピロ企画(現=ダックスインターナショナル)、日活
主題歌
  • 「ハレンチ学園ソング」(作詞:永井豪)
  • 「男十五はハレンチ仁義」(作詞:阿久悠
2曲ともに、作曲:山本直純、歌:河崎いち子とヤング・フレッシュ
番組では、OP・EDとも「ハレンチ学園ソング」が使われる(映像も同じ)

放送局[編集]

メディア[編集]

  • ハレンチ学園 DVD-BOX大作戦(実写版)(7枚組)(2003年3月21日、発売:ハピネット・ピクチャーズ/販売:テレビ東京メディアネット BIBJ-9063)
  • 昭和の名作ライブラリー第32集 ハレンチ学園 コレクターズDVD <デジタルリマスター版>(3枚組) (2018年6月29日、発売:株式会社ベストフィールド)[1]

その他[編集]

  • ロケには世田谷区成城の科学技術学園が使われた。同学園を運営する日本科学技術振興財団は東京12チャンネルの設立に関わっていた(詳しくは東京12チャンネルの歴史の項を参照)。
  • 主演の児島美ゆきは、本編のパンチラシーンなどで見える白い下着のパンツは、自前であったと話している。「衣装(係)さんは用意してくれないし、自分はまだ子供だったから頼むことも出来なかった」とのことだったという[9]

脚注[編集]

  1. ^ 読売新聞 縮刷版』読売新聞社、1970年10月1日。 23面の番組広告
  2. ^ 金子明雄「東京12チャンネル・テレビ東京/歴代番組ランキング(放送開始以来)」『東京12チャンネルの挑戦 -300チャンネル時代への視点-』、三一書房、1998年7月15日、281頁、ISBN 4-380-98278-5 
  3. ^ 北海道新聞』(縮刷版) 1971年(昭和46年)4月 - 9月、テレビ欄。
  4. ^ 河北新報』1970年10月7日付朝刊テレビ欄。
  5. ^ 福島民報』1972年4月2日 - 9月24日付朝刊テレビ欄。
  6. ^ 北國新聞』1971年4月10日付朝刊テレビ欄。
  7. ^ サンケイ新聞近畿D版朝刊テレビ欄。
  8. ^ サンケイ新聞岡山版1970年11月21日~1971年5月22日朝刊テレビ欄。
  9. ^ 昭和40年男(クレタパブリッシング)2023年8月号 本人インタビュー記事(p.130)
東京12チャンネル 木曜 19:30 - 20:00
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