ドリームス (バンド)

ドリームス
Dreams
ジャンル ジャズ・ロック
活動期間 1960年代後半 - 1970年代初頭
レーベル コロムビア・レコード
旧メンバー ジョン・アバークロンビー
マイケル・ブレッカー
ランディ・ブレッカー
ビリー・コブハム
ドン・グロルニック
ジェフ・ケント
ウィル・リー
ダグラス・ルバーン
ボブ・マン
バリー・ロジャース
エディ・ヴァーノン

ドリームスDreams)は、1960年代後半から1970年代初頭にかけて活動したオリジナルで著名なジャズ・ロック・バンドの1つである。バンドはジェフ・ケントとダグラス・ルバーンによって結成され、ファースト・アルバムでは彼らが曲を書き、アレンジを行った。もともとはトリオ編成でスタートしたが、時間をかけて管楽器ベースのバンドへと発展していった。その後、ウィル・リードン・グロルニック、ボブ・マン、エディ・ヴァーノンらが参加している。

略歴[編集]

エディ・パルミエリティト・プエンテラ・ルーペモンゴ・サンタマリアセリア・クルス、イラストレーション(アラン・ローバーのグループ)、リトル・アンソニーのアルバムを含む作品を手掛けてきた音楽プロデューサーにして、作曲家、サウンド・エンジニアであるフレッド・ワインバーグに、ドリームスは見出された。もう1人の尊敬されるプロデューサーにして、ワインバーグが当時働いていたニューヨークにあるA&Rというスタジオなどのスタジオ・オーナーであるフィル・ラモーンは、ニューヨークにあるCBSスタジオで、元アトランティックA-1エンジニアのジム・リーヴスとドリームスのLPを録音してミックスするというワインバーグのことを歓迎した。ドリームスがセッションを行っている途中で、CBSの幹部陣によって録音場所がCBSのシカゴ・スタジオへと移された。これは、CBS・52ndストリート・スタジオがポール・サイモンによって数週間予約され、またドリームスのLPリリースの期限が迫っていたためである。アルバムは一面広告が打たれ[1]、ビルボード誌で好評を博した[2]

ドリームスの2枚目にして最後のアルバム『イマジン・マイ・サプライズ』は、メンフィスでスティーヴ・クロッパーがプロデュースを行った。クロッパーは「聴衆がグループをよりよく理解できるように」したかったため、彼のプロデュースでは「ジャズを前面に維持」しつつ、「ファンキーでより商業的なリズムを『バンド』のバックに」置くことにした[3]

ドリームスは、シカゴブラッド・スウェット・アンド・ティアーズのように商業的な成功を収めはしなかったが、ビリー・コブハムドン・グロルニックランディ & マイケル・ブレッカー(後にブレッカー・ブラザーズとして知られる)ら、最終的に著名なフュージョン・アーティストとなる各人の発射台として機能した。他の著名なバンド・メンバーには、ギタリストのジョン・アバークロンビー、トロンボーン奏者のバリー・ロジャース、ギタリストのボブ・マン(後にマウンテンに加入)、ベーシストのウィル・リーが含まれていた。

ドリームスと、他のほとんどのブラスを吹き込んだバンドとの主な違いの1つは、ドリームスの自発性の強調にあった。ホーン・セクションは「ジャムによって自発的なアレンジメントを完成させ、常に夜から夜まで解釈を開放されたままにするのです」[4]

メンバー[編集]

ディスコグラフィ[編集]

スタジオ・アルバム[編集]

  • 『ドリームス』 - Dreams (1970年)
  • 『イマジン・マイ・サプライズ』 - Imagine My Surprise (1971年)

脚注[編集]

  1. ^ “Introducing Dreams on Columbia Records”. Billboard: 11. (Nov 7, 1970). https://books.google.com/books?id=pSkEAAAAMBAJ&pg=PA11 2011年8月15日閲覧。. 
  2. ^ “Dreams”. Billboard: 78. (Nov 21, 1970). https://books.google.com/books?id=tCkEAAAAMBAJ&pg=PT77 2011年8月15日閲覧。. 
  3. ^ Glassenberg, Bob (Sep 11, 1971). “Studio Track”. Billboard: 4. https://books.google.com/books?id=yggEAAAAMBAJ&pg=PA4 2011年8月15日閲覧。. 
  4. ^ Milkowski, Bill (1992). Liner notes, Dreams. Columbia Records 

外部リンク[編集]