ズザーネ・ラウテンバッハー

ズザーネ・ラウテンバッハー
生誕 (1932-04-19) 1932年4月19日
出身地 ドイツの旗 ドイツ アウクスブルク
ジャンル クラシック音楽
職業 ヴァイオリニスト
担当楽器 ヴァイオリン

ズザンネ・ラウテンバッハー[1](Susanne Lautenbacher, 1932年4月19日 アウクスブルク - )はドイツヴァイオリニスト

(散見するラウテンバッヒャーは誤った発音に基づく表記で、バッハと同様、~バッハーが正しい。)

経歴[編集]

音楽教師ヨーゼフ・ラウテンバッハーを父としてアウクスブルクに生まれ、生地のレオポルト-モーツァルト音楽院でヴァイオリンを始める(1949-1955)が、ミュンヒェンを拠点とするヴァイオリン教師でフロイント弦楽四重奏団を率いる同団の第一ヴァイオリン奏者カール・フロイントに就く。その後ブロニスラフ・ギンペル、マックス・ロスタル、ヘンリク・シェリングの薫陶を受けた。ミュンヒェン国際音楽コンクール(正式にはARD[=ドイツ公共放送連盟]ミュンヒェン国際音楽コンクール)のヴァイオリン部門に入賞。

1960年にカールスルーエの、さらに1965年からはシュトゥットガルト音楽院の教授に任命されて以降1992年までの長年にわたってヴァイオリンの指導を行なっている。50年から90年までの間に数多のレコード録音を行ったが、夫君はシュトゥットガルトの南ドイツ音楽スタジオを創設した音楽家かつ音響エンジニアのハインツ・ヤンゼン。

録音のレパートリーはビーバーのローゼンクランツ・ソナタ全曲から、ロカテッリ、ヴィヴァルディ、バッハ、ヘンデル等々のバロック、またウィーン古典派や、ロマン派、さらにはプフィッツナー、レーガー、ヘンツェ、のみならず現代ものも手掛け、アルトゥール・ダンゲル(1931年~)のヴァイオリンと声楽のための協奏曲《オルフェウス》や、エヴァ・ショルによるヴァイオリン協奏曲《70人体制(Septuarchie)》(1975年)など、多くの作品の初演者でもある。

ベルリン交響楽団Berliner Symphonische Orchesterに独奏者として度々登場し、また室内楽奏者としては、シュトゥットガルトのベラルテ・トリオやピアニストのマルティン・ガリング、ヴィオラ奏者のウルリヒ・コッホ、チェリストのマルティン・オステルタークらと共演してきた。

なお、来日公演も果たしている。


録音[編集]

上述のとおり1950年代後半から1990年代初頭にかけて、数々のレーベルに協奏曲室内楽曲の膨大な録音を残している。レパートリーは、ビーバーロカテッリバッハハイドンモーツァルトベートーヴェンシューベルトシュポーアメンデルスゾーンブラームスプフィッツナーレーガーバルトーククルト・ヴァイルのほか、カール・アマデウス・ハルトマンベルント・アロイス・ツィンマーマンハンス・ウェルナー・ヘンツェらによる現代音楽までと幅広い [2]

家族・親族[編集]

  • 夫:夫のハインツ・ヤンゼンは、レコード会社「Südwest-Tonstudio Stuttgart」の創設者である。

註釈[編集]

  1. ^ 日本では、名については「ズザンネ」とも、また姓については「ラウテンバッヒャー」とも表記したものもある。
  2. ^ Scott, Matthew, "Reviews of Records" (Weill) (April 1982). The Musical Quarterly, 68 (2): pp. 298-299.