スターバト・マーテル (ロッシーニ)

スターバト・マーテル』(Stabat Mater)は、ジョアキーノ・ロッシーニが作曲した声楽作品。現在知られる形で完成したのは1841年で、1842年にパリで初演して大きな反響を得た。全10曲からなり、演奏時間は約60分。

1829年に『ギヨーム・テル』を初演して以来ロッシーニはオペラ作曲の筆を折り、ほとんど作曲することがなくなったが、本曲はそれ以降に書かれた数少ない作品のひとつである。

作曲の経緯[編集]

1831年、ロッシーニは友人でパリの銀行家のアレクサンドル=マリー・アグアド[注 1]とともにスペインマドリードに旅行した。そこでアグアドの友人のフランシスコ・フェルナンデス・バレラという聖職者からスターバト・マーテルの作曲を依頼された[2]

当時はペルゴレージの『スターバト・マーテル』に強い人気があり、ロッシーニはあまり作曲に乗り気ではなかった[3]。依頼を引きうけたが、6曲(現行版の第1曲と第5-9曲)のみを作曲し、残る6曲[注 2]ジョヴァンニ・タドリーニ英語版に代作を頼んだ[4][2]。この合作版(1832年版)は1833年の聖金曜日にマドリードで初演されたが、初演をロッシーニ本人が聞くことはなかった[2]。ロッシーニはこの版を出版も再演もしなかった[2]

依頼者のバレラの死後、その楽譜をパリの出版者であるオラニエ(Aulagnier)が入手して出版した[5]。ロッシーニはその半分が自作でないことを気にして、自力で全曲を完成させることを決断した。この新しい『スターバト・マーテル』の版は全部で10曲からなり、1841年末までに完成した[5]

1842年1月7日にパリのイタリア劇場[注 3]で初演され、聴衆は熱狂的に迎えた[5]。その年のうちにヨーロッパ29都市で上演された[8]

イタリア初演は同年3月にボローニャで行われ、ドニゼッティが指揮した[5][9]。またヴェルディはいくつかの挿入アリアを書いた[5]

なお、元の合作版についてはボーカルスコアしか残っていなかったが、再オーケストレーションをほどこしたバージョンの録音がNAXOSから2016年にリリースされた[10]

評価[編集]

『スターバト・マーテル』は初演当時から非常に人気があり、現在も上演されているが、その一方で「オペラ的」、すなわち旋律に富み外向的で、宗教曲としての真摯さを欠くという批判が行われるようになった[3]。しかしながら本曲の構成やオーケストレーションや合唱はオペラのものとは全く異なっており、オペラ的であるという批判は当たらない[11][3]

別の批判として、曲が歌詞の意味を無視しているというものがある[6][3]

編成[編集]

曲の構成[編集]

日本語の題名は『声楽曲鑑賞辞典』によった[12]

  1. Stabat mater dolorosa(悲しみに沈める聖母は涙にむせびて、第1節)
    序曲、Andantino maestoso。管弦楽の前奏と合唱および四重唱。
  2. Cujus animam(嘆き憂い悲しめるその御魂は、第2-4節)
    テノールのアリア、Allegretto maestoso。もっとも有名な曲。
  3. Quis est homo(キリストの御母のかく悩み給えるを見て、第5-6節)
    2人のソプラノによる二重唱、Largo。
  4. Pro peccatis(聖母は、イエスが人々の罪のため、第7-8節)
    バスのアリア、Allegretto maestoso。
  5. Eja, Mater(慈しみの泉なる御母よ、第9-10節)
    無伴奏の合唱とバスのレチタティーヴォ、Andante mosso(途中で速度は変化する)。
  6. Sancta Mater(ああ聖母よ、第11-15節)
    四重唱、Allegretto moderato。全曲中でもっとも起伏に富む。第11節はテノール独唱、第12節は第1ソプラノとテノールの二重唱、第13節は第2ソプラノとバスの二重唱、第14節と第15節は四重唱で歌われる。
  7. Fac ut portem(われキリストの死をおわしめ、第16-17節)
    第2ソプラノのカヴァティーナ、Andante grazioso。
  8. Inflammatus(聖なる処女よ、第18-19節)
    第1ソプラノのアリアと合唱、Andante maestoso。激しい金管楽器の響きにはじまる劇的な曲。
  9. Quando corpus morietur(肉体は死して朽つるとも、第20節)
    無伴奏の四重唱、Andante。
  10. In sempiterna saecula. Amen(アーメン)
    終曲、Allegro。ポリフォニックなアーメンコーラスの後、第1曲の序奏が戻ってくる。

使用[編集]

第2曲「Cujus animam」はしばしば単独のアリアとして歌われる。ウディ・ハーマンのジャズ曲「ブルース・オン・パレード」の旋律としても使われた[12]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ スペイン人で、スペイン語名はアレハンドロ・マリア・アグアド (es:Alejandro María Aguadoスペイン独立戦争でフランス側につき、戦後はフランスに住んで銀行家になった[1]
  2. ^ NAXOSのCDによると7曲
  3. ^ ヴァンタドゥール劇場 (Salle Ventadourと書いてある文献もあるが[6][7]、この建物は1841年10月からイタリア劇場として使用されていた。

出典[編集]

  1. ^ Fernández, Tomás; Tamaro, Elena (2004), “Alejandro María Aguado”, Biografías y Vidas. La enciclopedia biográfica en línea, https://www.biografiasyvidas.com/biografia/a/aguado_alejandro.htm 
  2. ^ a b c d Cambridge 2004, p. 20.
  3. ^ a b c d Cambridge 2004, p. 129.
  4. ^ Gossett 2001, p. 751.
  5. ^ a b c d e Gossett 2001, p. 752.
  6. ^ a b Boyd 2001, pp. 234–236.
  7. ^ 寺西 1981, p. 153.
  8. ^ 寺西 1981, p. 154.
  9. ^ Cambridge 2004, p. 21.
  10. ^ As it was in the beginning: Rossini's Original Stabat Mater, NAXOS, (2016), https://www.naxos.com/ecard/2016/rossini-stabat-mater/ 
  11. ^ Gossett 2001, pp. 752–753.
  12. ^ a b 長谷川 1993, pp. 449–450.

参考文献[編集]

  • Emanuele Senici, ed (2004). The Cambridge Companion to Rossini. Cambridge University Press. ISBN 0521807360 
  • Boyd, Malcolm (2001). “Stabat mater dolorosa”. The New Grove Dictionary of Music and Musicians. 24 (2nd ed.). Macmillan Publishers. pp. 234-236. ISBN 1561592390 
  • Gossett, Philip (2001). “Rossini, Gioachino”. The New Grove Dictionary of Music and Musicians. 21 (2nd ed.). Macmillan Publishers. pp. 734-768. ISBN 1561592390 
  • 寺西春雄「スターバト・マーテル」『最新名曲全集 声楽曲II』音楽之友社、1981年、153-157頁。ISBN 4276010225 
  • 長谷川勝英 著「スターバト・マーテル」、中村原理 編『声楽曲鑑賞辞典』東京堂出版、1993年、449-450頁。ISBN 4490103476 

外部リンク[編集]