スコット・ダモール

スコット・ダモール
スコット・ダモールの画像
プロフィール
リングネーム スコット・ダモール
ナイトメア
マスクド・スーパー・ウォーリアー#2
スコット・ハンター
チップ・バーディ
コーチ・ダモール
本名 スコット・フランシス・ダモール
身長 175cm
体重 115kg
誕生日 (1974-08-08) 1974年8月8日(49歳)
出身地 カナダの旗 カナダ
オンタリオ州ウィンザー
トレーナー ダグ・シュバリエ
"アイリッシュ"ミッキー・ドイル
デニー・カス
アル・スノー
WCWパワープラント
デビュー 1992年
引退 2019年
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スコット・ダモールScott D'Amore1974年8月8日 - )はカナダプロレスラーマネージャー。本名スコット・フランシス・ダモールScott Francis D'Amore)。

来歴[編集]

1991年、ダモールは19歳のときにダグ・シュバリエとトレーニングを開始している。1992年6月にオンタリオ州アマーストでオーティス・アポロを相手にデビュー。1993年に "アイリッシュ" ミッキー・ドイル、デニー・カスアル・スノーの下でさらにトレーニングを積んでいる。1993年から1996年初頭までWWFWCWでエンハンスメント・タレントとして活動し、WCWで活動しているときはWCWパワープラントで頻繁にトレーニングをしていた。ダモールはインディー団体でも活動するようになる。1995年にダモー ルはワールド・カップ・オブ・レスリングWorld Cup of Wrestling)のツアーでドイツへ赴き、1996年にはレスリング・アソシエーション・アールWrestle Association R)のツアーで日本、イングリッシュ・レスリング・フェデレーションEnglish Wrestling Federation)のツアーでイングランドにも行っている。96年の後半にはデイブ・クラークとタッグを組んでいる。また、カナダの団体でブッカーとプロデュサーとして活動するようになる。

1993年にダグ・シュバリエとチック・フェーダーと共にボーダー・シティ・レスリングBorder City Wrestling)をオンタリオ州ウィンザーに設立する。94年にシュバリエが離脱し、2000年にフェーダーが病気で退くとダモールが単独オーナーとなった。2000年2月にライノシンジケートThe Syndicate)を結成、ディーロ・ブラウンを破っている。シンジケートは最終的に "アロージェント" オーティス・アポロ、ジョニー・スウィンガー、ファンタスティー、ドン・キャリスを加えるまで拡大していった。ボーダー・シティ・レスリングは2000年後半に一時的に停止するが2001年に再始動している。2001年最初のBCWの興行ではトミー・ドリーマージョニー・スウィンガーマイキー・ウィップレックサブゥードン "サイラス" キャリスノヴァといった元ECWの選手を招集している(ダモールが1998年にECWのトライアウトを受け、ECWの選手と仲良くなった事から召集が可能だった)。プロモーションとレスリングに加え、Can-Amレスリングスクールでレスラーを育成するようにもなり、教え子のA-1とも抗争している。BCWからは2004年から2007年の間遠ざかるが、2008年になるとBCWのイベントを定期的に開催するようになった。

2003年に教え子のクリス・セイビンを引き連れてTNAに参戦、ダモール自身はロードエージェントとして活動するようになる。2004年になるとチーム・カナダのコーチに抜擢されコーチ・ダモール(Coach D'Amore)と呼ばれるようになったが、マイク・テネリにはビッグ・ファット・ロード(big fat load)やカナディアン・ベーコン (Canadian bacon)と呼ばれていた。ダモーレはジェリー・リンダスティ・ローデスダスティン・ローデスとの抗争でチーム・カナダを勝利に導くようになる。この時期にTNAのバックステージでも活動するようになり、クリエイティブ・チームの一員になったり、TNAアカデミーでテリー・テイラーとトレーナーとしても活動したりするようになった。

2005年6月のSlammiversaryでランス・ホイットチョークスラムムーンサルトプレスをくらいストレッチャーで病院に運ばれている。これはダモールは5月にTNAのブッキングチームに加わるとレスラーとしての活動が減り、テレビの出演が少なくなるためのアングルである。復帰するとチーム・カナダはジェフ・ジャレットの配下になっている。11月のGenesisでクリスチャン・ケイジがチーム・カナダに加入、その後ジェフ・ジャレット、アメリカズ・モスト・ウォンテッドライノチーム3Dの試合にクリスチャンと乱入しているが、クリスチャンはダモールにアンプリティー、ジャレットをテーブルに投げチーム・カナダから即離脱している。

7月にライノ、チーム3D、ジェイ・リーサルに負けチーム・カナダの解散が決定するとテレビに出演しなくなっている。2年間はゲイル・キムのロード・エージェントを担当していたがTNAとの契約期限切れにより7月に古巣のBCWへ戻っている。2009年8月にノック・アウツ部門のロード・エージェントとして雇われているが2010年2月にBCWがマキシマム・プロレスリングMaximum Pro Wrestling)と合併し、BSE WrestlingになるためにTNAから離脱している。

2014年8月に新日本プロレスにジェフ・ジャレットのマネージャーとして供に来日。

得意技[編集]

ダモーライザー
ファイヤーマンズキャリーからのみちのくドライバーII
カナディアン・デストロイヤー
稀に使うフィニッシャー
ムーンサルトプレス
フィニッシャー

担当選手[編集]

マネージャー

トレーナー

タイトル歴[編集]

BCW(Border City Wrestling)
  • BCW Can-Amヘビー級王座 :5回
  • BCW Can-Amタッグチーム王座 :1回(w/ボビー・クランシー)
EWF(Elite Wrestling Federation)
  • EWFタッグチーム王座 :1回(w/ジョニー・スウィンガー)
MCW(Michigan Championship Wrestling)
  • MCW Can-Amヘビー級王座 :1回
UCW(Ultimate Championship Wrestling)
  • UCWヘビー級王座 :1回
WWS(World Wrestling Superstars)
  • WWSヘビー級王座 :1回
MTW(Midwest Territorial Wrestling)
  • タッグチーム王座 :1回(w/オーティス・アポロ)
GPW(Grand Prix Wrestling)
  • Grand Prixタッグチーム王座 :1回

脚注[編集]

外部リンク[編集]