ジルベルト・ゴドイフィリョ

ジルベルト・ゴドイフィリョ
Gilberto Godoy Filho
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 (1976-12-23) 1976年12月23日(47歳)
出身地 パラナ州ロンドリーナ
ラテン文字 Gilberto Godoy Filho
身長 192cm
体重 85kg
選手情報
愛称 ジバ
ポジション WS
利き手
スパイク 325cm
ブロック 312cm
獲得メダル
ブラジルの旗 ブラジル
オリンピック
2004 男子バレーボール
2008 男子バレーボール
2012 男子バレーボール
世界選手権
2002 男子バレーボール
2006 男子バレーボール
2010 男子バレーボール
ワールドカップ
2003 男子バレーボール
2007 男子バレーボール
パンアメリカン競技大会
1999 男子バレーボール
2003 男子バレーボール
2007 男子バレーボール
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ジルベルト・ゴドイフィリョ(Gilberto Amaury de Godoy Filho、1976年12月23日 - )は、ブラジルの男子バレーボール選手。ロンドリーナ出身。ポジションはウイングスパイカー。元ブラジル代表ジバ(Giba)の愛称で知られている。

来歴[編集]

ジュニア時代から注目され、1993年世界ユース選手権で優勝、1994年世界ジュニア選手権で準優勝に貢献し、MVPを獲得する。1995年ブラジル代表入りし、18歳でワールドカップに出場。地元ブラジルでバレーボールのキャリアを積み重ねた後、2001年イタリアへ渡りプレーをした。2003年から在籍したセリエAクーネオでは、2006年コッパ・イタリアで優勝し、MVPに選ばれた。2007年からロシアスーパーリーグイスクラ・オジンツォボでプレーし、2009年スーパーリーガピニェイロス・サンパウロへ移籍した。

ナショナルチームでは、スピードのあるレフトの平行トスと抜群の守備力を武器に2000年代のブラジルバレー黄金期の中心選手として活躍し、通算308試合に出場。2004年アテネオリンピック金メダルを獲得するとともに、最優秀選手賞を受賞。また、金メダルを獲得した2006年世界選手権同年ワールドリーグ2007年ワールドカップにおいても最優秀選手賞を受賞した。その後キャプテンとしてチームを牽引し2008年北京オリンピックに出場したが、ジバの不調もあって決勝でアメリカに敗れて銀メダルに終わった。

その後再びキャプテンとして2009年ワールドグランドチャンピオンズカップに出場しチームの中心として活躍して優勝、大会2連覇を成し遂げた。その後2010年バレーボール男子世界選手権に出場して大会3連覇を成し遂げたが、ジバがコートに立つことは殆どなかった。しかし、怪我をしながら決勝で最後までトスを上げ続けたブルーノ・レゼンデを試合後讃えるなどチームの精神的支柱として活躍した。

2012年8月のロンドンオリンピックでも2大会連続の銀メダルに終わってしまった。

2018年にバレーボール殿堂入り[1]

人物・エピソード[編集]

  • 子供時代に数ヶ月の闘病生活を送ったことがある。
  • ブラジル代表でセッターのリカルド・ガルシアとは13歳の頃からの親友である。
  • 2006年世界選手権前にブラジルはヨーロッパで調整を行い来日したが、その際にジバはヨーロッパでチームメイトに内緒で優勝したときのお祝いとしてシャンパンを買っていた。
  • 2003年に結婚した。妻はルーマニアバレーボール選手のクリスティーナ・ピルヴである。2004年のアテネオリンピックの大会期間中に、長女が誕生した。愛妻家としても知られており、バレーボールをしているときでも決して指輪をはずすことはない。

球歴[編集]

所属クラブ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ GILBERTO "GIBA" GODOY FILHO”. Volleyball Hall of Fame. 2018年7月26日閲覧。

外部リンク[編集]