クワシオルコル

クワシオルコルの症状を呈した幼児。脱毛、浮腫、成長不良、体重減が見られる

クワシオルコル: kwashiorkor: kwashiorkor: Kwashiorkorクワシオルコールあるいはクワシオコアとも表記する)は、栄養失調の一形態。原因はいくつか考えられているが、一般にはタンパク質の摂取量が十分でないためにおきるとされている。大部分の症例は1歳から4歳の小児に見られるが、より年長の児童や成人でも見られることがある。ジャマイカの小児科医シシリー・D.ウィリアムズ(Cicely D. Williams)が、1935年に医学雑誌ランセット』に投稿した記事のなかでこの語を用い、専門用語として認知されるようになった[1]

授乳期の乳児は、成長に不可欠なある種のアミノ酸母乳から得ている。乳児が乳離れして離乳食を摂るようになったとき、その食物に含まれる栄養分がデンプン炭水化物中心でタンパク質に乏しければ、子どもがクワシオルコルを発症する可能性がある。このような摂食状態は、デンプン質に富んだ野菜を主な食物とする地域や、飢饉に見舞われた地域でよく見られる。

通常はクワシオルコル単独で発生することは無く、炭水化物(エネルギー)不足のマラスムスと共に発生する[2]

名称の由来[編集]

「クワシオルコル」の名称は、ガーナの海岸部で使用されるガ語に由来する。直訳すると「上の子・下の子」または「一番目・二番目」という意味になり、実際には「受け入れられなくなった子供」をさす表現である。このことは、クワシオルコルの生じる原因が、弟や妹が生まれたために子供が乳離れさせられたことが多いことを反映している。一説には、ガーナのアシャンティ人の言葉で「赤い子供」を指すともいい、罹患した小児の皮膚が皮膚炎で赤くなることによるとされる。

症状[編集]

クワシオルコルの症状を呈した少女。ビアフラ戦争時のナイジェリアの救援キャンプにて。

栄養不良の児童のクワシオルコルの診断基準は足の浮腫である。他の所見には、腹部の膨張、脂肪性浸潤物による肝臓の肥大、細い毛髪、歯の脱落、肌の脱色および皮膚炎が挙げられる。クワシオルコルの児童は、しばしば過敏症や食思不振を呈する。[3]また生育不振、下痢、体重の減少も見られるが、体重の減少は、マラスムスほどは激しくない。血中インスリン濃度は維持される[4]

腹部の膨張は、一般に二つの原因に帰せられる。ひとつは腹水の貯留のためで、これは全身に及ぶ細胞内グルタチオンの欠乏の結果としておきたシステイニルロイコトリエン(LTC4やLTE4)の産生の増加により、毛細血管の浸透性が亢進するためにおきる。また同時に、栄養失調によって血漿タンパク質が減少し、その結果膠質浸透圧の減少とそれに伴う毛細血管壁の浸透性の亢進がもたらされるとも考えられている。ふたつめの原因は、脂肪肝のために肝臓が肥大することであると考えられている。この脂肪の蓄積は、脂質を肝臓から全身に輸送するアポリポタンパク質の欠乏によって生じる。

クワシオルコルの患者は、ジフテリア腸チフスなどの疾病に対するワクチン接種を受けても抗体を作ることができない[5]。一般的に、クワシオルコルは食餌にカロリー源とタンパク質を加えることで対処することができる。しかし、この疾患は患児の心身の発達に長期にわたって影響を及ぼすことがあり、また症状が激しい場合は死亡することもありうる。

要因として考えられるもの[編集]

クワシオルコルの発症要因にはさまざまな解説があり、いまだ議論が続けられている[6]。タンパク質の欠乏と同時にカロリーや微量栄養素も不足することで発症するということは既に認められているが、発症の主たる要素ではないかもしれない。葉酸ヨウ素セレンビタミンCなどの栄養素、とりわけ抗酸化にかかわるもののうちのひとつが欠乏することが病態に影響すると考えられる。生体内で重要な抗酸化物質のうちクワシオルコルの患児で減少しているものには、グルタチオン、アルブミンビタミンE多不飽和脂肪酸(ポリエン脂肪酸)などがある。したがって、基本的な栄養素ないし抗酸化物質が不足している小児が病気や毒物などの外的ストレスにさらされると、クワシオルコルにかかる可能性が高くなる。

栄養についての知識が不足していることも要因のひとつとなりうる。コーネル大学の国際栄養プログラムの主導教授、マイケル・ラザム(Michael Latham)博士が示した例には、子供にキャッサバを食べさせていた親たちで、クワシオルコルによる浮腫のために子供が栄養失調であることを認められず、食餌中にタンパク質が足りないにもかかわらず栄養がじゅうぶん行き届いていると主張していたものがある。

クワシオルコルの発症の重要な要因のひとつに、アフラトキシンによる中毒がある。アフラトキシンはカビ毒の一種で、カビの生えた食べ物を摂ると一緒に摂取され、肝臓のチトクロムP450によって代謝を受けエポキシ化されて、肝細胞のDNAを損傷する。血清タンパクの多く、とりわけアルブミンは肝臓で産生されるため、クワシオルコルの症状はこれで容易に説明できる。クワシオルコルの大部分がカビの生育に向いた温暖で湿潤な気候の地域で発生していることや、乾燥した地域では栄養失調に関する疾患といえばマラスムスのほうが頻度が高いことは注目すべきであろう。そうすると、患者を治療するうえで「タンパク質は同化作用のみを目的として補給するべきであり、異化作用に対しては炭水化物と脂肪とで賄うべきである」という結論に至ることができる。タンパク質の異化経路には肝臓で行われる尿素回路が含まれるが、既に損傷している肝臓にタンパクを補給すると、尿素回路が機能しきれずに肝機能が破綻し、肝不全を引き起こして死に至ることもありうるからである。

栄養失調による疾患には、ほかにマラスムスや悪液質(カヘキシー)がある。後者は原因となる疾病があることが多い。

日本での発生例[編集]

日本国内においての発生状況は、敗血症などの重症の感染症や、手術後、外傷や熱傷などで代謝ストレスが亢進したり、疾患に対する治療のため十分な栄養が摂取できなかった場合、高齢者で食事摂取が困難となった場合などのような疾患治療中の場合などがほとんどと考えられる。

しかしながら、養育者の栄養についての理解が不十分なために発症した事例[7]や糖尿病の治療中、心理的な問題によって発症した事例[8]のような孤発例の報告が散見される。近年では、社会的な要因による多発例の報告はなく、1960年代にへき地で行われた調査の報告があるが[9]、罹患率の把握には至っていないようである。

日本では、クワシオルコルが大きな社会問題となる可能性はあまりないと考えられるが、今後も養育者の理解不足、貧困家庭、虐待などの個別の事情によってクワシオルコルを発症する可能性も考えられる[10]

脚注[編集]

  1. ^ Williams CD (1935). “Kwashiorkor: a nutritional disease of children associated with a maize diet”. Lancet 229: 1151-1152. 
  2. ^ 葛谷雅文「2.生活自立からみた生活習慣病の基準値 (5)低栄養・高栄養」『日本老年医学会雑誌』第50巻第2号、日本老年医学会、2013年、187-190頁、doi:10.3143/geriatrics.50.187ISSN 0300-9173NAID 130004917059 
  3. ^ Ciliberto, H; Ciliberto, M; Briend, A; Ashorn, P; Bier, D; Manary, M (May 2005). “Antioxidant supplementation for the prevention of kwashiorkor in Malawian children: randomised, double blind, placebo controlled trial”. BMJ 330 (7500): 1109. doi:10.1136/bmj.38427.404259.8F. PMID 15851401. https://doi.org/10.1136/bmj.38427.404259.8F. 
  4. ^ 『原書24版 ハーパー生化学』上代淑人監訳、丸善、1999年、pp.866-867
  5. ^ Pretorius PJ, de Villiers LS (1962). “Antibody response in children with protein malnultrition”. Am. J. Clin. Nutr. 10 (5): 379-382. doi:10.1093/ajcn/10.5.379. https://doi.org/10.1093/ajcn/10.5.379. 
  6. ^ Krawinkel M (2003). “Kwashiorkor is still not fully understood”. Bull. World Health Organ. 81 (12): 910?1. PMID 14997244. http://www.scielosp.org/scielo.php?script=sci_arttext&pid=S0042-96862003001200010&lng=en&nrm=iso&tlng=en. 
  7. ^ 三上恵理, 長谷川範幸, 柳町幸, 佐藤史枝, 栗原真澄, 近澤真司, 今昭人, 松本敦史, 田中光, 田村綾女, 佐藤江里, 松橋有紀, 丹藤雄介, 中村光男「長期にわたる植物ステロールとエネルギー制限により低栄養を呈した一例」『消化と吸収』第31巻第2号、2009年3月、183-189頁、ISSN 03893626NAID 10025582147 
  8. ^ 青木雄次「高度の減食により Kwashiorkor 様所見を呈したインスリン依存性糖尿病の1症例」『PRACTICE』第9巻、1992年、260-263頁、NAID 50003667345 
  9. ^ 守田哲朗, 万代素子, 脇浜光範, 小西英子, 高峰倫子, 浜本英次「第22回 日本栄養・食糧学会総会:一般講演要旨 (その1) / A9. へき地における潜在性タンパク質栄養失調幼児の生化学的摘発に関する研究」『栄養と食糧』第21巻第2号、日本栄養・食糧学会、1968年、97(p.94-110)、doi:10.4327/jsnfs1949.21.94NAID 130004958109 
  10. ^ 吉田貞夫 (2014). “クワシオルコルの機序と我が国での症例”. 週刊日本医事新報 4684号: 94-96. https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=8217. 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]