オートレース

オートレースとは、日本におけるモータースポーツの1つで、プロオートレース選手達が競走車(排気量600cc(新人選手は500cc)の二輪車。過去には四輪車もあった)によって行う公営競技である。

主催者など[編集]

監督省庁は競輪と同じく経済産業省製造産業局)。小型自動車競走法に基づいて公益財団法人JKAが運営し、指定自治体がパリミュチュエル方式により勝車投票券(車券)を販売する。

2019年度現在は川口市伊勢崎市浜松市山陽小野田市飯塚市の5市が主催している。

オートレース場について[編集]

選手について[編集]

オートレースの選手は、全国で約400人。成績順で、S級(第1位 - 第48位)、A級(第49位 - 第280位)、B級(第281位 - 最下位)の3つのランクのいずれかに属している。2020年1月現在、最年少は20歳、最高齢は76歳という幅広い年齢で構成され、2019年の平均年収は1,100万円以上となっている。近年、女子選手も加わり現在16人が活躍中。

選手になるには[編集]

オートレースの選手になるには、原則として2年に1回行われる『選手養成所入所試験』に合格しなければならない。

主な応募資格は下記の通り

試験に合格すると、茨城県下妻市筑波サーキット内に併設されている『オートレース選手養成所』に入所し、約9か月間(各レース場での実施訓練を含む)、オートレース選手として必要な知識・技能を習得して、選手資格検定試験に合格した者が、公益財団法人JKAの選手として登録され、各オートレース場へ配属される。

ランク[編集]

オートレースの選手は、成績に応じて最上位のS級からA級・B級と3つのランクのいずれかに属している。新人は、デビュー後一定期間はB級で、その後の成績でランクが決定する。ランクは、全てのレースの結果を得点化したものを計算して決定し、6ヶ月ごとに見直される。ランクによってあっせんの内容に差があり、S級の選手はグレードの高い(賞金の多い)レースに、より多く出場できる。

競走車[編集]

オートレースの競走車は、600cc(新人選手は、デビュー後一定の期間500cc)のオートレース専用エンジン(スズキセア)を搭載しており、常に左回りを周回するため乗車中のハンドルが水平に近くなる様に、左ハンドルが高く右ハンドルが低い独特のフォルムを有している。レースの殆どを傾いて走行するため、断面が三角形の形状で走路とタイヤとの接地性を高めた三角タイヤを装着し、ギヤはローとトップの2段。急激なブレーキ操作による追突事故を防ぐために、ブレーキは付いていない。

競走車の特徴と性能[編集]

出典:オートレースオフィシャルサイト「競走車の解説

勝敗の行方は「セア」の調整が握る[編集]

セア」(Super-Engine of Auto Race)はオートレース専用に開発されたスズキ製600ccのエンジンで、苛酷な条件に耐えながら、選手一人一人の操縦技術を存分に引き出すことができる。エンジンの調整・整備は個々の選手に委ねられており、その調整次第で性能も勝敗の行方も大きく変化する。(新人選手は排気量の小さい500ccのエンジンを一定の期間使用)

ブレーキがない[編集]

競走車の最大の特徴。レースが接近戦で行われるため、勝手なブレーキ操作は追突事故のもとになる。なお、キャブレターにはアイドリング機能がなく、シャッターが完全に閉じるため、エンジンブレーキの効きは強力になっている。

ハンドルの高さが左右違う[編集]

コースを左回りで、終始傾斜して走行する競走車は、傾斜時の安定性を向上させるために左ハンドルが高くなっている。

計器類がない[編集]

各種メーター、ランプ類など、競走に必要のないものは一切取り除かれている。セルモーターや始動キックペダルもないので、エンジンの始動は押しかけによって行う。

ダイヤモンド型フレーム[編集]

激しく繰り返される加減速に耐え、ねらったラインを正確にたどるには強固なフレームが不可欠となるため、フレームは、JAPエキセルシャー型から発展したダイヤモンド型フレームを採用している。この形式は、三角フレーム、エンジン、エンジンプレート、上下バックフレームを全てボルト&ナットで連結。エンジンの振動と落車時の変形を最小限にとどめる機能的なもの。なお、付属品として、前後フェンダー、フェンダーステイ、サドル、ひざ当て、ステップ、チェーンケースなどを備えている。

独自のサスペンション構造[編集]

フロントは、コイルスプリングのみのテレスコピック形式のフォークとオイルフォークの2種類。そしてリヤはまったくのリジッド。これはタイヤが限界を超えて横滑りしたときにもマシンのコントロールを容易にするため。

ヒザ当て[編集]

競走車を抑えるために必要なオートレース独自なもの。

2段変則トランスミッション[編集]

ローギヤでスタートして、トップギヤに入れ替えたら、後はアクセルワークによる加減速のみ。トップギヤのパワーバンドは時速50km~150kmと非常に広いため、コントロールには細心のテクニックが要求される。

三角タイヤ[編集]

前後輪とも、ダンロップKR-73S,3.00-20-4PRタイヤを使用。カーブでの接地性をよくするために、タイヤの断面は三角形をしているが、それでも新品のままでは接地性が十分ではないため、使用する前に接地する側のトレッド部の表面をサンダーで削り、さらにコースを数周する「当たりつけ」を行う。雨天用の特別なタイヤはなく、トレッド部の高いものを「雨天用」、トレッド部の低いものを「晴天用」として使用している。寒冷期には、ブロックパターンはそのままでゴムの発熱性を高めたもの(KR-73W)を前輪に使用している。なお、タイヤの寿命は普通3~4レース。

競走[編集]

オートレースの競走(レース)は通常1日12レース行われる。1競走の出走数は通常8車で、1周500メートルオーバルコース(コーナー曲率半径52m、直線約87m、幅員30m、バンク角全周3度)を規定の周回数走行することで行われる。スタートラインはゴールラインの100m後方に存在し、走行距離が100mプラスされる。一般レースは6周回 (3100m)、GI・GIIは優勝戦が8周回 (4100m)。SGは準決勝戦が8周回、優勝戦が10周回 (5100m) で行われる。

ハンデレース・オープンレース[編集]

選手間に技量差があるためレースの大半がハンデレースで行われる。近況の着順やタイムを参考に番組編成委員によって距離によるハンデが選手へ与えられる。スタートラインを0線(通称ゼロせんまたはゼロハン)と呼び、以下10m毎に最大110mまでのハンデが選手へ課せられる。このため、ハンデレースは有力選手による後方からの追い上げ、比較的軽いハンデ位置からの逃げ切り、2つのレース展開が同時進行する。

選手の技量差が僅差のレース(主にグレードレース)は、0mまたは10m線から8車横一列でスタートするオープンレースで行われる。オープンレースは主にスタート力に優れた選手が逃げ切る展開が多い。SG「日本選手権オートレース」は、全レースがオープンレースで行われる。

開催期間[編集]

開催は3日、4日、5日間の連続開催、勝ち上がり方式で行われレースは予選[注 1]、一般戦[注 2]、準々決勝戦[注 3]、準決勝戦[注 4]、優勝戦で構成される。

勝ち上がり[編集]

普通開催の場合、レースの着順及び上がり100mのタイムによるタイム順位を合計した得点により順位を決定し[注 5]、準決勝戦を除き1着の選手及び順位上位の選手が勝ち上がる(準決勝戦のみ着順だけで勝ち上がりを決める)[1]。グレードレースの勝ち上がりは、グレードレース個々に勝ち上がりが設定されている。また、ミッドナイトオートレースでも普通開催とは異なる勝ち上がりが採用されている[2][3][4]

グレード開催の種類[編集]

他の公営競技同様グレード制の競走体系をとっており、年5回行われるスーパーグレード (SG) はその頂点にある。その他、GI・GIIと呼ばれるグレードレースが存在する。

レースまでの流れ[編集]

試走[編集]

選手が枠番順に隊列を組んでコースを3周する。最後の1周は係員の青旗の合図で全力走行が義務付けられている。 これにより競走車の調子等を観客へ見せるのが試走の目的である。主催者が全力で走行していないと判断した場合は、当該選手のみ再試走を指示される。 また、選手の自己申告により再試走する事もある。試走後は主催者より試走タイムが提示されるが、再試走を行った選手の試走タイムには「再試走」と表示される。理由の如何に関わらず、再試走した場合は1回目より速いタイムを出さないと欠車となる。

レース[編集]

各選手が所定のスタートラインに前輪を合わせる。ゲートなど車体を固定する機器は使われず、係員が前輪位置を確認する。スタート位置はハンデ40m線までは外線から10mの点を中心に2m間隔で各競走車を車番昇順に内側から配置し、ハンデ50m線以上は車番最老番車を外線から2mの位置に置き、以降2m間隔で車番降順に内側へ配置する。発走10秒前より、走路外右側に設置された発走合図機(大時計)の緑色合図灯が1つずつ消灯、5秒前から針が回転。針が0秒を指した時点でスタートとなり、全選手が正立位置から一斉にスタートする。万一、大時計やフライング監視の為のセンサーなどスタート制御のシステムに不具合が発生した場合、係員による黄色と白色の手旗発走で代替される。

スタート後は規定周回数走行し、ゴールとなる(周回数は上記参照)。

主な規定は以下の通り。

  • スタート時にフライングした場合は再発走となる。フライング発生時には、大時計の赤ランプが点滅してフライングであることが観客にも伝えられる。予選・準決勝戦の場合、当該選手は優勝戦へ出走できない(失権)。再発走で同じ選手が再びフライングした場合は出走停止(当該選手に関する車券は返還)となる。また3回目のフライングを含む不適正発走発生時には、全車ピットに戻されて車体検査が行われて、4回目の不適切発走発生時には、レース不成立になる。
  • 追い抜く際は原則として外側から追い抜く。ただし十分なスペースがある場合のみ、内側からの追い抜きが可能。
  • 良走路で3着以内に到達したとき、レース本番の上がりタイムが試走タイムよりも短くなった場合は、「タイムアップ」として「参加解除(即日帰郷)」および「次節休場」の処分となる。
  • 周回誤認した場合「参加解除(即日帰郷)」および「次節休場」と「次々節休場」の処分となる。

落車転倒などで競走車・部品がコースに残留した場合や、競走車のギアボックス等の破損でコース上にオイル類が散ってしまった場合は、安全性や公平性の観点から即座にレースが中止(赤旗)となり競走不成立となる。不成立となった競走の車券は、全額返還される。最終周回でこのような事態が起き、残った選手がゴール線を通過しても赤旗が振られることがあり、その場合も返還となる。

罰則の適用内容については、オートレースオフィシャルサイト「オートレース罰則の適用内容」を参照

投票券(車券)[編集]

種類[編集]

オートレースの車券の賭式は以下の7種類と重勝式である

  • 単勝式 - 1着の選手を当てる(組み合わせ=8通り)
  • 複勝式 - 予想した選手が3着以内に入れば当たりとなる(7車立てなら2着まで)(組み合わせ=8通り)
  • 2連勝単式(2連単) - 1着と2着の選手を着順通りに当てる(組み合わせ=56通り)
  • 2連勝複式(2連複) - 1着と2着の選手を着順に関わらず当てる(組み合わせ=28通り)
  • 3連勝単式(3連単) - 1着から3着までの選手を着順通りに当てる(組み合わせ=336通り)
  • 3連勝複式(3連複) - 1着から3着までの選手を着順に関わらず当てる(組み合わせ=56通り)
  • 拡大2連勝複式(ワイド) - 1着から3着までに入る2選手を着順に関わらず当てる(組み合わせ=28通り)
  • 重勝式
    • モトロトBIG、モトロトmini(2011年4月13日より)
    • 当たるんです(2016年12月14日より)

控除率の引き上げ[編集]

オートレースの控除率競輪競艇と同率の25%だったが、第180回通常国会において、小型自動車競走法が改正され、2012年4月1日から施行されたことに伴い、以下のオートレース場では控除率が25%から5%引き上げられ30%となる=払戻率は75%から5%引き下げられ70%になった。

この控除率の5%引き上げ(払戻率の5%引き下げ)は、払戻金が5%下がるのではなく、100票中10票的中の場合、払戻金は750円から700円に下がることを意味する(この場合、払戻金は6.66%下がる)。

控除率引き上げ(払戻率引き下げ)後、売り上げは落ち込み(詳細はこちらを参照)、2015年度からSG開催(5開催)と特別GI(2開催)の2連勝単式の払戻率が80%になる「BigRace80」を実施[11]。2016年度は、SG開催(5開催)及び各レース場で設定したレースにおいて、2連勝単式の払戻率が80%になる「BigRace80+」を実施[12][13]。2017年度からは、全てのグレードレース(SG・特別GI・GI・GII)の第7レースの2連勝単式の払戻率が80%になる「グレードレース セブン」を継続的に実施している[14]

場外車券売場[編集]

オートレースは1999年に初めて場外施設が開設されたものの2003年に廃止となる。その後統括団体がJKAとして統合されると、2012年から競輪の場外車券売場にオートレースの場外施設を併設するようになり、2017年1月現在は全て競輪場外車券売場と併設されている。

競輪との統合等について[編集]

オートレースはこれまで日本小型自動車振興会が運営してきたが、2005年(平成17年)の閣議決定「行政改革の重要方針[15]」、及び、2007年(平成19年)6月13日に公布された「自転車競技法及び小型自動車競走法の一部を改正する法律」に基づき、2008年(平成20年)4月1日を以って解散し、同日を以ってオートレースに関する業務は財団法人JKAへと承継された[16]

この財団法人JKAは、日本自転車振興会が日本小型自動車振興会を統合し、新たにオートレース事業を開始するにあたって名称を変更したもので、競輪とオートレースは同一の法人によって運営されることとなった。また、これに併せて各地の「自転車競技会」及び「小型自動車競走会」も、それぞれ2008年4月30日までに公益法人に移行した。

歴史[編集]

出典:オートレースオフィシャルサイト「オートレース60年の歴史

1940年代~1950年代[編集]

1960年代[編集]

  • 1962年(昭和37年)10月1日 - 統括団体を特殊法人日本小型自動車振興会に改組
  • 1962年(昭和37年)10月1日 - 千葉県、埼玉県、東京都、静岡県、福岡県の各小型自動車競走会設立
  • 1963年(昭和38年)1月6日 - 平野秀幸(四輪)・萩巣淳一がオーストラリアに遠征
  • 1963年(昭和38年)7月31日 - 全日本オートレース選手会設立
  • 1964年(昭和39年)1月3日 - 岡本七重(女子)がオーストラリアに遠征
  • 1965年(昭和40年)3月23日 - 川口オートレース場にて、「第1回日本選手権オートレース」開催(優勝:広瀬登喜夫
  • 1965年(昭和40年)4月10日 - 山陽オートレース場開設(柳井オートレース場より移転)
  • 1965年(昭和40年)5月25日 - 飯塚オートレース場にて、「第1回オールスターオートレース」開催(優勝:末安喜三郎)
  • 1966年(昭和41年)2月15日 - 財団法人日本オートスポーツセンター設立
  • 1967年(昭和42年)5月10日 - 日本オートスポーツセンター開設(同センター内に日動振選手養成所開設)
  • 1967年(昭和42年)6月26日 - 飯塚小型自動車競走会が西日本小型自動車競走会に改称
  • 1967年(昭和42年)10月6日 - 飯塚オートレース場、走路舗装化
  • 1967年(昭和42年)10月29日 - 川口オートレース場、走路舗装化
  • 1967年(昭和42年)12月8日 - 浜松オートレース場、走路舗装化
  • 1968年(昭和43年)1月11日 - 船橋オートレース場、走路舗装化。全レース場舗装走路化完了
  • 1969年(昭和44年)1月24日 - 美濃部東京都知事、都営公営競技廃止を表明
  • 1969年(昭和44年)9月25日 - 選手の新陳代謝制度確立

1970年代[編集]

  • 1971年(昭和46年)4月1日 - 山口県小型自動車競走会設立(西日本小型自動車競走会から分離独立)
  • 1972年(昭和47年)1月1日 - 選手の新陳代謝制度改正(代謝率を3%から2%にダウン)
  • 1973年(昭和48年)3月31日 - 大井オートレース場廃止
  • 1973年(昭和48年)5月30日 - 四輪車レース廃止
  • 1973年(昭和48年)5月31日 - 東京都小型自動車競走会解散
  • 1973年(昭和48年)6月22日 - 1日のレース開催時間約4時間半以内となる
  • 1973年(昭和48年)11月10日 - 伊勢崎市臨時市議会において大井オートレース場の伊勢崎市への招致を議決
  • 1974年(昭和49年)2月1日 - 石油、電力等の節約対策実施に伴いレース数、周回数を削減(11レース、6周回に)
  • 1974年(昭和49年)10月30日 - 大井オートレース場の伊勢崎市移転に関する公聴会(賛成9、反対5、中立1)
  • 1974年(昭和49年)11月10日 - 伊勢崎市臨時市議会、大井オートレース場の伊勢崎市への移転招致を決議
  • 1974年(昭和49年)11月20日 - 大井オートレース場の移転(伊勢崎市へ)許可
  • 1975年(昭和50年)2月26日 - 伊勢崎オートレース開場対策委員会発足
  • 1975年(昭和50年)7月23日 - 伊勢崎オートレース場建設起工式
  • 1976年(昭和51年)4月1日 - 無鉛レギュラーガソリンの使用開始
  • 1976年(昭和51年)10月6日 - 選手29名が伊勢崎へ移籍
  • 1976年(昭和51年)10月9日 - 伊勢崎オートレース場開設(大井オートレース場より移転)
  • 1977年(昭和52年)4月30日 - 浜松オートレース場にて、前売車券発売の開始
  • 1977年(昭和52年)11月17日 - 罰則の統一の解釈、再発走の回数及び参加条件について申し合わせ事項決定
  • 1978年(昭和53年)1月19日 - ヘルメットの統一、競走車の呼名についての申し合わせ事項決定
  • 1978年(昭和53年)10月16日 - 山陽オートレース場からトータリゼータシステムの導入
  • 1979年(昭和54年)1月 - 篠崎勝則・飯塚将光・田中雅文がオーストラリアに遠征
  • 1979年(昭和54年)9月1日 - 財団法人小型車両振興協会設立

1980年代[編集]

  • 1980年(昭和55年)11月6日 - オートレース30周年記念式典
  • 1981年(昭和56年)7月9日 - 選手制度の改正
  • 1984年(昭和59年)5月3日 - 伊勢崎オートレース場にて、初の早期前売を開始
  • 1984年(昭和59年)5月31日 - 新選手制度の決定(ランク制、希望退職制度、10ヶ月養成等の採用)
  • 1984年(昭和59年)11月5日 - 川口オート・伊勢崎オートにて、「第16回日本選手権オートレース」において初の特別発売
  • 1984年(昭和59年)11月5日 - 選手の退職年金制度発足
  • 1985年(昭和60年)4月25日 - 小型自動車競走実施規則の一部改正(暴力団等の入場規制等の強化する措置)
  • 1985年(昭和60年)6月22日 - 小型自動車競走施行規則の一部改正(施設等改善オートレースの開催に途ひらく)
  • 1985年(昭和60年)11月1日 - 公営競技場から暴力団、ノミ屋等を一斉に排除
  • 1986年(昭和61年)6月11日 - 「第5回オールスターオートレース」の特別販売先で初めて通信衛星によるテレビ中継を放映
  • 1986年(昭和61年)7月5日 - 川口オートレース場にて、前売発売を開始
  • 1986年(昭和61年)10月1日 - 小型自動車競走法施行規則の一部を改正(場外車券売場を設置可能とする措置)
  • 1986年(昭和61年)10月14日 - 「第18回日本選手権オートレース」において本場以外の車券発売締め切り時刻を本場とほぼ同時とするためのオンライン化システム稼動
  • 1986年(昭和61年)11月16日 - 秋田敬吾、1000勝達成(1000勝第一号)
  • 1987年(昭和62年)1月23日 - 特別企画オートレースの開始
  • 1987年(昭和62年)3月2日 - 特別オートレース等運営要網の一部改正(全日本選抜オートレースを特別レースに追加)
  • 1987年(昭和62年)3月31日 - 川口オートレース場にて、「第1回スーパースター王座決定戦」開催(優勝:桝崎正)
  • 1987年(昭和62年)3月31日 - 同レースにおいて初めて練習タイム、試走タイムを公表や前々日からの前売り発売実施
  • 1987年(昭和62年)4月4日 - 浜松オートレース場にて、マルチユニット車券を導入
  • 1987年(昭和62年)4月25日 - 「第6回オールスターオートレース」の臨時場外車券発売場において初めて試走タイムを公表
  • 1987年(昭和62年)9月17日 - 発走合図システム装置の開発完了
  • 1987年(昭和62年)10月7日 - 「第19回日本選手権オートレース」において初めて試走タイムを全場(本場及び臨時場外)に公表、ナイター前売り発売の実施
  • 1987年(昭和62年)12月17日 - 発走合図システム装置の導入決定
  • 1988年(昭和63年)3月15日 - 飯塚オートレース場にて、「第1回全日本選抜オートレース」開催(優勝:田代祐一
  • 1988年(昭和63年)6月28日 - 長崎県高島町、オートレース場開設計画断念(長崎、高島町定例議会)
  • 1988年(昭和63年)10月13日 - 伊勢崎オートレース場にて、ナイター開催のための夜間走行テスト
  • 1989年(平成元年)2月6日 - 第1回オートレース年間3賞(日刊スポーツ新聞社制定)の表彰
  • 1989年(平成元年)4月1日 - 発走合図システム装置が全場で一斉に稼動
  • 1989年(平成元年)6月2日 - 伊勢崎オートレース場においてナイター競走開始
  • 1989年(平成元年)12月1日 - 飯塚オートレース場にて、「第1回全国地区対抗オートレース」開催
  • 1989年(平成元年)12月7日 - 飯塚将光、1000勝達成

1990年代[編集]

  • 1990年(平成2年)3月1日 - 電話投票プロジェクトチーム発足
  • 1990年(平成2年)3月31日 - 年間車券売り上げ3千億円台を突破
  • 1990年(平成2年)10月24日 - オートレース40周年記念式典
  • 1990年(平成2年)11月6日 - 第22回日本選手権オートレース(山陽オートレース場、優勝:片平巧)において、片平巧が3.351秒/100mの新記録を樹立
  • 1991年(平成3年)1月1日 - テレホンセンター開設
  • 1991年(平成3年)1月17日 - 新型エンジンの開発決定
  • 1991年(平成3年)3月10日 - 電話投票会員1次募集
  • 1991年(平成3年)5月1日 - 新型エンジン開発研究会設置
  • 1991年(平成3年)9月1日 - 船橋オートレース場、川口オートレース場、浜松オートレース場、伊勢崎オートレース場で電話投票開始
  • 1991年(平成3年)9月19日 - 新型エンジンの入札
  • 1991年(平成3年)10月11日 - 新型エンジンの設計、試作をスズキ株式会社に委託
  • 1991年(平成3年)11月23日 - 電話投票会員2次募集
  • 1991年(平成3年)12月2日 - 選手制度の改正
  • 1992年(平成4年)3月31日 - 年間車券売り上げ3.497億円台を記録
  • 1992年(平成4年)4月24日 - 新型エンジンの仕様決定
  • 1992年(平成4年)5月 - 新型エンジンの開発完了
  • 1992年(平成4年)7月20日 - 広瀬登喜夫、1000勝達成
  • 1992年(平成4年)8月20日 - 選手養成所整備工場竣工
  • 1992年(平成4年)12月25日 - 選手制度の改正(長欠者の取扱いその他)
  • 1993年(平成5年)4月 - 飯塚オートレース場で早期車券販売
  • 1993年(平成5年)5月20日 - 新投票検討委員会初会合(8車8枠制の検討始まる)
  • 1993年(平成5年)7月9日 - 新型エンジンのネーミング「セア」と決定
  • 1993年(平成5年)7月10日 - 阿部光雄、1000勝達成
  • 1993年(平成5年)8月10日 - ファン、マスコミに新型エンジン公開
  • 1993年(平成5年)9月27日 - 選手、審査員慣熟訓練(新型エンジンへの乗り替りのため)
  • 1993年(平成5年)10月1日 - 飯塚オートレース場、山陽オートレース場で電話投票開始
  • 1993年(平成5年)10月8日 - 新エンジン『セア』デビュー、全選手一斉乗り替り
  • 1994年(平成6年)1月1日 - 島田信廣、オートレース界初の1億円レーサーに
  • 1994年(平成6年)1月15日 - 吉田拓郎をイメージキャラクターに起用
  • 1994年(平成6年)6月1日 - 伊勢崎オートレース場にて、「ムーンライトチャンピオンカップ決定戦」初開催
  • 1994年(平成6年)11月24日 - 島田信廣、2年連続1億円レーサーに
  • 1994年(平成6年)11月30日 - 片平巧、2人目の1億円レーサーに
  • 1995年(平成7年)1月17日 - 阪神・淡路大震災で住友ゴム神戸工場被災でタイヤ供給の危機発生
  • 1995年(平成7年)1月17日 - 岡本夏生をイメージキャラクターに起用
  • 1995年(平成7年)3月10日 - 施行規則の一部改正(8車8枠制へ道開く)
  • 1995年(平成7年)4月1日 - グレード制の導入
  • 1995年(平成7年)4月11日 - 吉田光、1000勝達成
  • 1995年(平成7年)5月3日 - 桝崎正、1000勝達成
  • 1995年(平成7年)7月8日 - 小林啓二、1000勝達成
  • 1995年(平成7年)7月8日 - 第24期生、セア2級車でデビュー
  • 1995年(平成7年)10月14日 - 川口オートレース場にて、阪神・淡路大震災復興協賛レース開催
  • 1995年(平成7年)12月13日 - 全日本オートレース選手会からAR600型の部品改良の要望
  • 1996年(平成8年)2月21日 - 選手定数を95名から97名へ改正
  • 1996年(平成8年)2月21日 - 特別オートレースの拡大(2本新設)
  • 1996年(平成8年)4月1日 - 赤井英和をイメージキャラクターに起用
  • 1996年(平成8年)5月25日 - 二田水潤太郎、1000勝達成
  • 1996年(平成8年)6月10日 - 島田信廣、1000勝達成
  • 1996年(平成8年)6月12日 - 選手養成所本館宿泊棟竣工
  • 1996年(平成8年)12月1日 - 鈴木章夫、1000勝達成
  • 1996年(平成8年)12月21日 - 山元正次、1000勝達成
  • 1997年(平成9年)1月1日 - 選手あっせん基準の改正(8車8枠制に伴う車立減防止のため)
  • 1997年(平成9年)1月20日 - 島田信廣、片平巧が1億円レーサーに
  • 1997年(平成9年)1月23日 - 堀之内町議会で専用場外の招致請願が決議される
  • 1997年(平成9年)4月 - CATVによる中継放映開始
  • 1997年(平成9年)7月9日 - オートレースオフィシャルホームページ開設
  • 1997年(平成9年)7月16日 - 浜松オートレース場にて、「第1回東西チャンピオンカップ」開催(優勝:片平巧)
  • 1997年(平成9年)9月15日 - CS放送での中継放送開始
  • 1997年(平成9年)10月17日 - 川口オートレース場にて、「長野五輪冬季競技大会協賛レース」開催
  • 1997年(平成9年)12月15日 - 田代祐一、1000勝達成
  • 1997年(平成9年)12月24日 - 船橋オートレース場にて、「第1回オートレースグランプリ」開催(優勝:中村政信
  • 1998年(平成10年)2月1日 - 電話投票実施規則改正(無担保方式の導入)
  • 1998年(平成10年)3月10日 - 篠崎実、1000勝達成
  • 1998年(平成10年)3月10日 - オートレースホームページの改定(レース結果、選手名鑑等を追加)
  • 1998年(平成10年)4月1日 - 罰則の強化
  • 1998年(平成10年)4月11日 - 8車8枠制の導入(6枠制は廃止)
  • 1998年(平成10年)6月9日 - 鈴木辰巳、1000勝達成
  • 1998年(平成10年)11月5日 - 発走合図システムの改良
  • 1999年(平成11年)4月1日 - オートレースホームページの改定(直近2節の選手成績を追加)
  • 1999年(平成11年)4月1日 - 藤岡弘をイメージキャラクターとして起用
  • 1999年(平成11年)4月30日 - 堀之内場外設置が承認される
  • 1999年(平成11年)5月 - オートレースホームページの改定(情報交換の場を提供)
  • 1999年(平成11年)5月29日 - 電話投票会員3万人突破
  • 1999年(平成11年)8月1日 - オートレースホームページの改定(注意書きを追加)
  • 1999年(平成11年)9月30日 - 専用場外の統一名称「アレッグ」に決定
  • 1999年(平成11年)12月8日 - 場外車券売場アレッグ越後開場

2000年代[編集]

  • 2000年(平成12年)2月17日 - オートレース50周年記念ファン感謝デイ
  • 2000年(平成12年)3月17日 - 新競走制度の骨子決定
  • 2000年(平成12年)4月1日 - セア改良型一斉乗り替え
  • 2000年(平成12年)6月10日 - 岩田行雄、1000勝達成
  • 2000年(平成12年)7月7日 - 福永勝也、1000勝達成
  • 2000年(平成12年)7月10日 - オートレースホームページの改定(オッズ、試走タイム等をリアルタイムで追加)
  • 2000年(平成12年)10月1日 - 新競走制度のスタート
  • 2000年(平成12年)10月14日 - 船橋オートレース場にて、「オートレース発祥50周年JAPAN AUTO FESTIVAL 2000」開催
  • 2000年(平成12年)10月19日 - オートレース50周年表彰式
  • 2002年(平成14年)2月3日 - 山陽オートレース場にて新賭式車券(三連単・三連複・ワイド)導入[18]
  • 2002年(平成14年)4月1日 - ナンバーワンヘルメットの採用(初代は岡部聡)
  • 2003年(平成15年)3月24日 - 場外車券売場「アレッグ越後」廃止
  • 2003年(平成15年)4月27日 - 川口オートレース場にて、新賭式車券導入
  • 2003年(平成15年)6月28日 - iモード・インターネット投票の正式稼働
  • 2003年(平成15年)9月24日 - ヘルメットカバーの廃止
  • 2003年(平成15年)10月1日 - 失格判定場面のレース映像放映開始
  • 2003年(平成15年)11月8日 - 飯塚オートレース場にて、新賭式車券導入
  • 2004年(平成16年)4月1日 - 改良タイヤ「KR73S」導入
  • 2004年(平成16年)4月1日 - ホームページにおける全レース動画配信の開始
  • 2004年(平成16年)4月1日 - NO.1ユニフォームの採用(初代は高橋貢)
  • 2004年(平成16年)4月17日 - 船橋オートレース場にて、新賭式車券導入
  • 2004年(平成16年)4月25日 - 浜松オートレース場にて、新賭式車券導入
  • 2004年(平成16年)12月31日 - 高橋貢、年間獲得賞金史上最高148,124,255円達成
  • 2005年(平成17年)4月1日 - 西日本小型自動車競走会発足(福岡・山口競走会合併)
  • 2005年(平成17年)4月1日 - オートレース構造改革の実施
  • 2005年(平成17年)4月22日 - 伊勢崎オートレース場にて、新賭式車券導入
  • 2005年(平成17年)7月25日 - 秋田敬吾、史上初1500勝達成
  • 2005年(平成17年)8月1日 - オート関連3団体が合併、オートレース振興協会が発足
  • 2005年(平成17年)8月2日 - 競走成績によるランク制(S級・A級・B級)を全国ランク制へ移行[19]
  • 2005年(平成17年)8月20日 - 飯塚オートレース場にて初のナイター競走を「GIダイヤモンドレース」で開催
  • 2005年(平成17年)9月29日 - 東日本小型自動車競走会発足(東日本4競走会合併)
  • 2006年(平成18年)4月1日 - オートレース基幹システムの再構築実施
  • 2006年(平成18年)4月1日 - 船橋オートレース場・浜松オートレース場が包括的民間委託導入
  • 2006年(平成18年)4月1日 - ネットバンクによる車券発売の開始
  • 2006年(平成18年)5月22日 - 伊勢崎オートレース場の第12R、3連単で15,721,720円の過去最高の高額配当
  • 2006年(平成18年)7月5日 - 小林啓二、通算1500勝達成
  • 2006年(平成18年)9月20日 - 飯塚オートレース場にて、「SG第10回オートレースグランプリ」をSG史上初のナイター競走で開催
  • 2007年(平成19年)1月7日 - 山陽オートレース場が包括的民間委託導入
  • 2007年(平成19年)6月13日 - 競走法改正(交付金還付制度実施、入場料徴収規定の廃止など)
  • 2008年(平成20年)4月1日 - 財団法人JKA発足(日本小型自動車振興会解散)
  • 2008年(平成20年)12月30日 - 高橋貢、年間最多勝利数記録達成(81回)
  • 2008年(平成20年)12月31日 - 「SG第23回スーパースター王座決定戦」より、大晦日に開催
  • 2009年(平成21年)4月1日 - 競走車用消音機(新型マフラー)導入
  • 2009年(平成21年)4月11日 - 片平巧、1000勝達成
  • 2009年(平成21年)8月18日 - 穴見和正、1000勝達成
  • 2009年(平成21年)12月4日 - 高橋貢、史上最多150V達成

2010年代[編集]

  • 2011年(平成23年)7月8日 - 44年ぶりに女子レーサー佐藤摩弥デビュー
  • 2011年(平成23年)7月8日 - 髙橋貢、1000勝達成
  • 2012年(平成24年)4月13日 - 重勝式車券『モトロト』導入。オッズパークにて発売開始
  • 2012年(平成24年)6月9日 - 3月の小型自動車競走法改正を受け、車券の控除率を30%へ順次変更
  • 2012年(平成24年)12月25日 - 小林啓二、150V達成
  • 2013年(平成25年)6月6日 - 浦田信輔、1000勝達成
  • 2013年(平成25年)8月10日 - 福田茂、1000勝達成
  • 2014年(平成26年)2月11日 - 浜松オートレース場で開催された「SG第27回全日本選抜オートレース」にて優勝した浦田信輔が100V達成
  • 2014年(平成26年)4月25日 - 重勝式車券(モトロトBIG)で、払い戻し上限額である6億円の配当が出る
  • 2015年(平成27年)9月5日 - 岡部聡、1000勝達成
  • 2015年(平成27年)9月5日 - 川口オートレース場にて初のナイター競走開催。ナイター専用新型マフラー導入
  • 2015年(平成27年)11月16日 - 飯塚オートレース場にて初のミッドナイトオートレースを開催。先に川口で導入したナイター専用マフラーを使用
  • 2015年(平成27年)12月28日 - 中村雅人、年間最多勝利数記録達成(84回)
  • 2016年(平成28年)3月21日 - 船橋オートレース場最終開催(3月31日廃止)
  • 2016年(平成28年)12月14日 - 重勝式車券『当たるんです』導入。公式ホームページにて発売開始
  • 2016年(平成28年)12月30日 - 青山周平、年間最多勝利数記録達成(86回)
  • 2017年(平成29年)6月11日 - 永井大介、1000勝達成
  • 2018年(平成30年)9月24日 - 髙橋貢、史上初200V達成
  • 2018年(平成30年)12月23日 - 鈴木圭一郎、年間最多勝利数記録達成(89回)
  • 2019年(平成31年)2月17日 - 山陽オートレース場にて飯塚オートレース場に続いて2場目となるミッドナイトオートレースを試行開催[注 7]
  • 2019年(令和元年)8月23日 - 山陽オートレース場にてミッドナイトオートレースを正式開催
  • 2019年(令和元年)8月25日 - 青山周平、13連勝達成
  • 2019年(令和元年)10月30日 - 長谷川啓、最年長優勝記録更新(68歳6ヶ月)
  • 2019年(令和元年)11月4日 - 佐藤摩弥、女子レーサー初スーパースター王座決定戦トライアル戦出場決定
  • 2019年(令和元年)12月18日 - 鈴木章夫、GⅠ最年長勝利記録更新(73歳118日)

2020年代[編集]

  • 2020年(令和2年)1月31日 - 伊勢崎オートレース場にて公営競技界初の試みとなるネット投票ナイター競走「ネット限定 伊勢崎アフター6ナイター」(7車立て・7R制)を試行開催[注 8][20]
  • 2020年(令和2年)4月1日 - オートレース発祥70周年を記念して、「オートレース公式ファンクラブ」開設[21][22]
  • 2020年(令和2年)4月9日 - 青山周平、史上最速で500勝達成。浦田信輔の記録(10年4ヵ月17日)を大幅に更新する、デビュー最短(8年8ヵ月11日)で達成[23]
  • 2020年(令和2年)5月11日 - オートレース発祥70周年記念特設サイトをオープン[24]。併せて、オートレース発祥70周年記念・企画レースの開催を発表[注 9][注 10][25]
  • 2020年(令和2年)5月12日 - 伊藤信夫、1000勝達成[26]
  • 2020年(令和2年)6月7日 - 鈴木章夫、公営競技最年長勝利記録更新(73歳290日)[27]
  • 2020年(令和2年)6月12日 - 永井大介、史上10人目の100V達成[28][29][30]

新型コロナウイルス感染症拡大防止に関わる対応[編集]

参考:オートレースオフィシャルサイト 【重要】新型コロナウイルス感染拡大防止に関わるオートレースの取り組み(まとめ) 本場・場外車券売場の営業状況および的中車券の払戻について

  • 2020年(令和2年)2月27日 - 政府及び関係省庁からの新型コロナウイルス感染症拡大防止を目的としたイベント開催規模縮小の要請を受け、2月27日から3月11日まで、オートレース場本場においては無観客開催で実施。本場及び場外車券売場での車券販売・払戻は実施しない[注 11]事を発表[31]
  • 2020年(令和2年)3月12日 - 新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止の観点から、3月12日以降も引き続きオートレース場本場においては無観客開催で実施。本場及び場外車券売場での車券販売・払戻は実施しない[注 11]事を発表[32]
  • 2020年(令和2年)4月16日 - 飯塚オートレース場で開催の「オッズパーク杯SG第39回オールスター・オートレース」について、新型コロナウイルス感染拡大防止の観点からSG史上初の無観客開催。また、当初予定していた昼間開催からオールスターオートレース史上初のナイター開催に変更。変更理由は、無観客のためナイター開催の方が売り上げ増が見込めると判断[33][34][注 12]
  • 2020年(令和2年)4月17日 -新型コロナウイルス感染症に係る緊急事態宣言が全国を対象に発令されたことを受け 、4月20日から4月22日まで山陽オートレース場で開催を予定していたミッドナイトオートレースの中止を発表[36]
  • 2020年(令和2年)4月23日 - 新型コロナウイルス感染症拡大防止を考慮し、5月3日から一部開催を全レース7車立てで実施する事を発表[注 13]。また、5月3日から当面の間、選手の東西交流を中止し、選手の居住地を起点に周辺競走場への出場あっせんを行う事を併せて発表[注 14][37][38][39]
  • 2020年(令和2年)5月29日 - 政府の「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」を踏まえ、「競輪・オートレースにおける新型コロナウイルス感染症感染拡大予防ガイドライン」を策定[40]
  • 2020年(令和2年)5月30日 - 国の緊急事態宣言解除を受け、長らく無観客開催で営業中止していたオートレース場の臨時払戻の実施及び場外車券売場の営業再開並びに払戻有効期限延長の決定を発表[41]
  • 2020年(令和2年)6月12日 - 国の緊急事態宣言解除を受け、長らく無観客開催で場内で営業中止していた伊勢崎オートレース場が、6月24日の「GII川口記念」より車券販売を再開すると発表。また、6月29日から開催する「第45回上毛新聞社杯」より本場有観客で行うことを併せて発表[42]
  • 2020年(令和2年)6月15日 - 国の緊急事態宣言解除を受け、長らく無観客開催で営業中止していた浜松オートレース場が、6月19日の川口場外・伊勢崎場外ナイターより営業再開を発表。併せて7月17日の開催より有観客で行う[43]
  • 2020年(令和2年)6月22日 - 新型コロナウイルス感染症拡大防止を考慮し、5月より実施している一部開催を全レース7車立て、選手の居住地を起点に周辺競走場への出場あっせん。8月について段階的緩和を実施することを発表[44][注 15]
  • 2020年(令和2年)6月23日 - 国の緊急事態宣言解除を受け、長らく無観客開催で営業中止していた山陽オートレース場が、6月29日の伊勢崎ナイター場外より営業再開を発表。また、7月8日から開催される「GII 山陽王座防衛戦」より本場有観客で行うことを併せて発表[45]
  • 2020年(令和2年)6月24日 - 国の緊急事態宣言解除を受け、長らく無観客開催で営業中止していた川口オートレース場が、7月10日の山陽場外「小林啓二杯 GII 山陽王座防衛戦」の3日目より場内での車券発売を再開する事を発表。本場開催での車券発売を7月19日より再開する事を併せて発表[46]
  • 2020年(令和2年)6月26日 - 国の緊急事態宣言解除を受け、長らく無観客開催で営業中止していた飯塚オートレース場が、7月8日の山陽場外「小林啓二杯 GII 山陽王座防衛戦」より営業再開を発表。また、本場開催での車券発売を7月14日から開催される「庄内のうどん王国杯争奪戦」より再開する事を併せて発表[47]
  • 2020年(令和2年)7月23日 - 同年8月11日から15日まで伊勢崎オートレース場で開催予定の「オッズパーク杯SG第24回オートレースグランプリ」は、新型コロナウイルス感染症の拡大状況を注視し、直前まで有観客での開催検討していたが、多くの観客が来場するSG開催では場内での3密対策の確保が困難なことから、安全を最優先に考え、伊勢崎本場における車券発売を中止し、無観客での開催を決定した[注 16][48][49]

近況[編集]

25期には元SMAP森且行、29期にはMotoGP125ccクラスの元世界チャンピオン青木治親らが活躍している。2011年には全日本ロードレース選手権GP250元チャンピオンの青山周平に加え、44年ぶりに女子選手2名が誕生した[注 17]

2011年4月からハンデ戦の枠順方式を軽ハンデの選手から順に内枠に入り重ハンデの選手が外枠に入るように改められた[51]

しかし、レジャーの多様化等公営競技全体の売り上げが低迷する中、オートレースも例外ではなく開催日削減、選手の賞金削減、競走会統合による組織のスリム化、一部業務の外部委託等ここ数年間で合理化が進められた。[要出典]

過去年間最高賞金記録は、2004年高橋貢伊勢崎オートレース場所属)による148,124,255円。ただ、同じ公営競技ながら既に2億円プレイヤーが誕生している中央競馬、競輪、競艇と比べると低い。[独自研究?]その理由は、オートレース場自体の数が少なく開催日も少ないことが要因の一つとされる。[要出典]

2020年6月7日、鈴木章夫が浜松オートの第3Rで1着でゴールし、公営競技における最年長勝利記録(73歳290日)を更新した。これまでの記録は谷口武彦(元浜松、引退)が持つ73歳280日だった[27]

各種記録[編集]

主なオートレースの記録は、オートレースの記録を参照

  • 最年長優勝戦進出記録 - 2019年8月31日に鈴木章夫が更新した、73歳8日[52][注 18]
  • 最年長優勝記録 - 2019年10月30日に長谷川啓が更新した、68歳6ヶ月10日[53]
  • 最年長勝利記録 - 2020年6月7日に鈴木章夫が更新した、73歳290日[27][注 18]
  • G1最年長勝利記録 - 2019年12月18日に鈴木章夫が更新した、73歳118日[54][55]
  • 3連単の最高配当 - 2006年5月22日に伊勢崎12Rで更新された1572万1720円[56]

放送・ネット配信での中継[編集]

放送[編集]

ネット配信[編集]

  • オートレースオフィシャルサイト「ネットスタジアム」、ライブ配信サイトニコニコ生放送「オートレースオフィシャルチャンネル」、公営競技総合サービスサイトオッズパーク「オッズパークオートレース」、YouTube「オートレースYouTubeチャンネル」[59]、スマートフォンアプリ「Auto Race LIVE」[60]にて全レースインターネット生中継&オンデマンド配信されている。過去には、Ustreamでも配信されていたが、2016年3月31日で配信サービス終了[61]
  • 2020年5月7日より、サイバーエージェントグループの公営競技インターネット投票サービスWinTicketがオートレースのネット投票に対応したことに伴い、AbemaTVと連動している「競輪チャンネル」が「競輪・オートレースチャンネル」となりオートレース中継の配信を開始した[62]

イメージキャラクター[編集]

選手で元SMAPメンバーの森且行[注 20](25期、川口オートレース場所属)がテレビCMやポスターに登場している。過去のイメージキャラクターは吉田真里子小倉優子菊川怜藤岡弘赤井英和吉田拓郎岡本夏生である。

また、各オートレース場独自のイメージキャラクター(ガール)やマスコットキャラクター等が存在している。

川口オートレース場では、2006年4月から2008年3月までGacktが務め、Gacktは同場のファンファーレの作曲を手掛けた。2016年4月からは、「川口オートレースイメージガール」がデビュー。初代を菜乃花が2020年3月まで[注 21]務めていた[63][64][65]。2020年4月7日、平嶋夏海が2代目に決定した事を発表した[66][67][68]。同年6月28日、「GII川口記念」開催最終日のCS放送内でお披露目され、大型二輪免許を有しているのを生かし、第5R・第11R・第12Rで試走先導を行い、第12R優勝戦でゴールチェッカーを振った[69]

伊勢崎オートレース場では、2004年10月に同場のマスコットキャラクターとして「キラット」が誕生[70]。2019年6月15日、「ISESAKI AUTO グリッドガールズ G★Smil」がお披露目され活動開始した[71][72]。過去に、「ISESAKI AUTO グリッドガールズ キラッツ★」が活動していた[注 22][73]

浜松オートレース場では、2004年11月にイメージガール「浜松オートレースヴィーナス」がデビュー。初代は浅木美帆[注 23]。その後、2代目を金子しおり(現:詩織)[注 24]、3代目をKANA(桜田加菜)[注 25]、4代目をARISA(藤川ありさ[注 26]、5代目をSAORI(野中沙織)[注 27]、6代目をASAHI(神田あさひ)[注 28][74][75]が務め、2020年4月19日より、JIN(西森じん)が7代目としてCS放送内でお披露目され活動開始した[76][77]。また、「ブンブンボーイ」がイメージキャラクターになっている。

山陽オートレース場では、過去に2008年6月から2010年3月まで同場のイメージガールを森唯が務めていたのみで[78] [注 29]、以降イメージキャラクターを設けていない。

飯塚オートレース場では、同場マスコットキャラクター「イービー」と同場ミッドナイトオートレースマスコットキャラクター「ヤオビー」がいる。2008年5月にイメージガール「勝利の女神」がデビュー。初代はMAMI[80][注 30]。その後、2代目をKYOKO[注 31]、3代目をAKI[注 32][注 33]が務め、2020年4月4日より、MITSUKI(立花光希)が4代目としてCS放送内でお披露目され活動開始した[82][83][84]

平尾昌晃とオートレースとの関係[編集]

公式イメージキャラクターの経験こそないが、歌手作曲家だった平尾昌晃はオートレース界に多大なる貢献を果たした[85]

1961年(昭和36年)、平尾は、俳優歌手だった山田真二から、「平尾ちゃんこれから空いてる。面白い所行かない」、と誘われ、当時存在した、大井オートレース場に連れていかれた。すると、「エレキギターの音やスピード感のあるロックのリズムに似ている。若い頃からスピード好きだったが一瞬でとりこになってしまった。」という。これをきっかけに、平尾はオートレースに嵌るようになり、その後、平尾はオートレースファンの有識者代表として、日本小型自動車振興会の幹部とも度々会い、そこで、「選手が入場しているのに、音楽がないと寂しくないですか。競馬でも入場してくる時のテーマ曲やファンファーレがあるじゃないですか」と進言し、後に、自らオートレースのファンファーレの作曲を手掛けるようになった。加えて平尾は、川口オートレース場イメージソングである、「ぶっちぎりの青春」の作曲も手掛けた。

一方、日本小型自動車振興会(現:JKA)は、平尾に表彰選手の選考委員やオートレース活性化の提言専門委員会の委員を歴任してもらうなど、長年に亘って平尾との関係を築いた[86]

2018年12月、2017年7月に逝去した平尾の長年に渡るオートレース界への貢献を讃え「スーパースターフェスタ2018」(12/27~12/31)内で開催される「スーパースターシリーズ戦」を「スーパースターシリーズ戦 平尾昌晃杯」と称して実施された[87][88]

脚注・出典[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 開催初日全レース。グレードレースによっては、開催2日目に2次予選が行われる場合がある
  2. ^ 開催2日目以降
  3. ^ 4日、5日間開催の時に行われる
  4. ^ 2014年度から2018年度まで3日間開催の開催2日目、主に5Rから12Rで「準決勝戦8バトル」と称し準決勝戦が行われていた
  5. ^ 得点が同点の場合は、原則として車番の大きい選手が上位。ただし0mオープン戦ではランク上位者が上位となる。
  6. ^ この時点でもなお選手側も手探り状態であり故障車も続出、1レースごと10台程度でスタートしても2-3台しかゴールできなかった[17]
  7. ^ 2019年2月17日~2月19日、2月22日~2月25日の2開催
  8. ^ 2020年1月31日 - 2月2日、2月7日 - 9日、2月24日 - 26日の3開催
  9. ^ 2020年前期GIの初日12Rにおいて、各場所属ランク上位8名によるトライアル戦(予選)を実施し、1着5名及び2着3名(前期適用ランク上位者)が2020年11月7日(普通開催初日)川口オートレース場で実施予定の「オートレース№1決定戦」へ出場
  10. ^ 「地区No.1決定戦」(予選)実施日 「5月27日 GIゴールデンレース(浜松)」、「6月13日 GI令和グランドチャンピオンカップ(山陽)」、「7月22日 GIダイヤモンドレース(飯塚)」、「8月26日 GIキューポラ杯(川口)」、「9月9日 GIムーンライトCC(伊勢崎)」
  11. ^ a b インターネット投票・電話投票による車券販売・払戻は通常通り実施される
  12. ^ 新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から本場・場外での車券販売は行わず、電話投票・インターネット投票のみで車券販売が行われる[35]
  13. ^ 対象期間:5月3日 - 6日の川口・伊勢崎開催、6月から当面の間。対象開催:普通開催(グレードレースは8車立てを継続)
  14. ^ 対象開催:GI・GII・普通開催
  15. ^ 普通開催は、全レース原則7車立てで実施。状況を勘案しながら段階的に一部開催については、8車立てに変更される場合がある。周辺競走場への出場あっせんは、段階的に東西交流あっせんを緩和する
  16. ^ 投票は、場間場外及び専用場外並びに電話投票及びインターネット投票を利用
  17. ^ このうちの1人である坂井宏朱はデビュー半年後の2012年1月に練習中の落車事故で殉職した[50]
  18. ^ a b この記録は、公営競技全体の最年長記録でもある。
  19. ^ 2015年以降は、スーパースター王座決定戦のみ
  20. ^ オートレースの実況等ではジャニーズ事務所、及び本人の意向もあり『元SMAP』というフレーズは使われていない
  21. ^ 2020年1月6日~4月20日の間、川口オート2号館の一部解体工事及び2号館・5号館の安全対策工事を実施。その期間本場開催が行われないため、実際の活動は同年1月までだった
  22. ^ 2017年6月4日 - 2019年2月24日
  23. ^ 2007年3月まで
  24. ^ 2007年4月 - 2011年2月
  25. ^ 2011年4月 - 2013年3月
  26. ^ 2013年5月 - 2015年3月
  27. ^ 2015年4月 - ?
  28. ^ 2016年4月 - 2020年3月
  29. ^ 愛称は「山陽エンジェルYUI」[79]
  30. ^ 2011年3月まで
  31. ^ 2011年7月 - 2013年3月
  32. ^ 2013年4月 - 2018年3月
  33. ^ 「勝利の女神」卒業後、オートレース中継のレポーター・アシスタントに転身[81]

出典[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]