アメリカカブトガニ

アメリカカブトガニ
保全状況評価[1]
VULNERABLE
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
分類
: 動物界 Animalia
: 節足動物門Arthropoda
亜門 : 鋏角亜門 Chelicerata
: 節口綱 Merostomata
: カブトガニ目 Xiphosura
: カブトガニ科 Limulidae
: アメリカカブトガニ属 Limulus
O. F. Müller, 1785
: アメリカカブトガニ L. polyphemus
学名
Limulus polyphemus
(Linnaeus1758)
シノニム

Monoculus polyphemus Linnaeus, 1758

英名
Atlantic horseshoe crab

アメリカカブトガニ(学名:Limulus polyphemus)は、カブトガニ科に属する海生節足動物メキシコ湾を含む北西大西洋沿岸に分布する。ヨーロッパでも迷入個体が発見されている[2]

分類[編集]

デラウェア湾の浜辺で。付着生物(Crepidula 属の巻貝)が確認できる。

米国では horsefootsaucepan などとも呼ばれる。"helmet crab" と呼ばれる場合もあるが、これは本来クリガニを意味する。"king crab" という名も本来はタラバガニ科の総称である。

Limulus は「少し横目の」という意味であり[3]種小名polyphemusギリシア神話キュクロープスの一人であるポリュペーモスに由来する[4]。これは、かつて本種の眼は1つしかないと考えられていたためである。

化石記録[編集]

生きている化石と呼ばれ、4億4500万年前の地層から近縁種が見つかっている[5]三畳紀(2億3000万年前)からはほぼ同じ形態の化石が出土する。本種自体の化石記録はないが、アメリカカブトガニ属 (Limulus) は2000万年前から記録がある[6]

形態・生理[編集]

体は大きく頭胸部腹部尾剣に分けることができる。背甲は馬蹄形で灰緑色から暗褐色。雌雄は似ているが、雌は雄より 25-30 % 大きくなり、最大で60 cm程度になる[5]。脚は脱皮により再生することがある[7]

腹面のイラスト。口は脚の間にあり、その下に書鰓がある。

背甲には藻類ヒラムシフジツボコケムシなど様々な付着生物が付くため、'living museums' などと呼ばれることもある。本種の豊富な地域ではよく背甲や脱皮殻、またはその破片などが波打ち際で見られる。

雌の腹面。脚と書鰓が見える。
雄の腹面。鉤爪状の触肢(PdP)が確認できる。

腹面には6対の脚があるが、最も前方の鋏角は頭胸部中央の口に餌を渡すために用いられる。 その次の脚は触肢であり、歩脚として用いられるが、雄では交尾中に雌を押さえるために鉤爪状となっている。残り4対は歩脚である。脚先は鋏となるが、最も後方の脚は体を押し出すために葉状になっている[8]

脚の後方にはさらに6対の付属肢がある。最初の1対は蓋板と呼ばれ、生殖孔がある。蓋板の形状はアジア産のカブトガニと異なっており、容易に区別できる[9]。残る5対は書鰓と呼ばれる平板状の構造となっている。これは水中での呼吸に用いられるが、陸上でもこの部分が湿っていれば短時間は呼吸することができる。

他の感覚器官として、腹面の単眼の近くに小さな化学受容器がある[10]

視覚[編集]

視覚の研究に広く用いられてきた。1967年のノーベル生理学・医学賞は視覚の化学的、生理学的基礎過程に関する発見に対して与えられたものだが、その実験材料には本種も含まれている。

頭胸部の両側には単色性視覚を与える1対の大きな複眼があり[注 1]、背甲に5個、腹面の口前方に2個の単眼がある[11]。単眼は胚・幼生期に重要で[11]、卵の中でも光を感じ取ることができる[12]。複眼や中央単眼はそれより感度が劣るが、成体では主要な視覚器官となる[11]。これらとは別に、尾剣には光受容器が並んでいる。

複眼は約1000個の個眼で構成されており[8]、個々の個眼には300個以上の細胞がある[12]。個眼の並びは乱雑で、昆虫のような正六角形のパターンにはなっていない[11]。各個眼には1本の神経がつながっているが、この神経は太くて扱いやすいため、光刺激に対する神経の電気生理学的応答を観察するために用いられた。また、細胞レベルでの側方抑制現象も観察されている。最近では光知覚に関する研究も進んでおり、形状や明るさの情報を用いて雄が雌を認識していることが、光刺激による馴化古典的条件づけによって示されている。

個眼には光を感覚するための円柱状構造がある。これは扇形の断面を持つ、縦に長い小網膜細胞が環状に並んで構成されている。扇形の根元付近の辺上からは感桿分体という突起が突き出し、周囲の小網膜細胞と結合している。感桿分体は早朝など、急激に強い光を受けた時には崩壊するが、1時間ほどで元の構造を回復する。円柱状構造の中心には偏心視細胞樹状突起があり、小網膜細胞から入力を受けている[13]

他に偏心視細胞を持つ種としては、カイコが知られている。感桿分体は微絨毛から構成されているが、微絨毛は二重膜で包まれており、その厚さは1枚あたり7 nm、間には3.5 nmの電子不足領域がある。微絨毛が接触する場所では外層が融合し、厚さは15 nm程度になる。微絨毛の直径は約40-150nmである[14]

血液[編集]

血液中の酸素軟体動物環形動物にも見られる呼吸色素ヘモシアニンによって運搬される。これは血中に 50 g/l ほど含まれている[15]。ヘモシアニンは無酸素状態では無色であるが、酸素と結合すると濃青色となる。通常血液中の酸素濃度は低く、その色は灰白色から淡黄色であるが[15]、外気に触れることで青色に変化する[15]赤血球のような細胞はなく、ヘモシアニンは血漿に直接溶解している[15]

血球は1種のみで変形細胞と呼ばれ、病原体からの防御に重要である。変形細胞はコアギュローゲン (coagulogen) として知られる凝固因子を含んでおり、細菌のエンドトキシンの刺激でこれが放出される。結果として凝固が起こり、循環系から病原体を隔離することができる[16]

生態[編集]

映像外部リンク
Rendezvous with a Horseshoe Crab, August 2011, 4:34, NewsWorks
The Horseshoe Crab Spawn, June 2010, 5:08, The Horseshoe Crab Spawn, hostourcoast.com

貝類多毛類などの無脊椎動物に加え、僅かに魚も食べる。顎はないため、食物は脚の基部に生えた剛毛や砂嚢で砕くことになる[5]

冬場は大陸棚におり、晩春に繁殖のため浜辺に移動する。雄が先に到着し、雌を発見すると触肢の鉤爪で捕まえる。雌雄の包接は1か月にも及び、複数の雄が1個体の雌を包接することもある[17]。雌は満潮時に波打ち際に近付き[17]、15–20cmの穴を掘って産卵し、その後雄が受精させる[17]。産卵数は体長によって変わるが、約 15,000-64,000 個である[18]

孵化した幼生は5-7日遊泳した後着底し、最初の脱皮を始める。成長とともにより深い場所へと移動していく。9歳頃性成熟するまでに、およそ17回脱皮する[5]寿命の測定は難しいが、平均20-40年だと考えられる[19]

本種の概日リズムに関して幾つかの研究が行われている。眼の感度を制御する概日リズムが存在することは知られていたが、これとは別に、潮汐サイクルに影響されて行動を制御する概日リズムが調べられた[20]。実験個体を人工的な潮汐下に置いたところ、このリズムに同調した行動が観察された。さらに、明暗サイクルよりも潮汐サイクルが行動に与える影響のほうが大きいことも示された[21]

医療[編集]

医療分野では、感染症や新薬のテストにおいて、細菌のエンドトキシンを検出するためにリムルス変形細胞溶解物 (LAL) を用いた凝固反応が利用されている[4]。血液は1リットルあたり約15000ドルで取引され、市場規模は米国だけでも年間5000万ドルに上る。年間の捕獲数は25万匹ほどで、全血液量の約30%が採取される。生産者は死亡率を3%程度と推定しているが、近年の調査では10-15%が死亡しているという結果が得られている[22]。血液量は1週間後には元に戻り、細胞数は2-3か月で回復することが示されている[23]

血中の酵素は国際宇宙ステーション細菌の多いところを検出することで清掃の不十分な部位を見つけるために用いられている[24]。血液中のタンパクから新たな抗生物質を開発する研究も進められている[17]

保護[編集]

アカウミガメは本種を餌の一つとしている。

現在絶滅危惧種とはされていないが、捕獲や生息地破壊によってその生存が脅かされている。幾つかの地域では、ウナギや巻貝漁に用いる餌として用いられる、などの原因により、本種の個体数は1970年代から減少を続けている。

コオバシギなどの渉禽類には、春の渡りのエネルギーを本種の卵に依存しているものがいる。デラウェア湾などの場所では、本種の減少の影響を受け、渡り鳥の個体数の急激な減少が観察されている[25]。本種を捕食するアカウミガメも間接的な影響を受けている[26]

1995年、nonprofit Ecological Research and Development Group [1] (ERDG) が、現生カブトガニ4種の保護を目的として設立され、様々な貢献を行なってきた。上記のように巻貝漁の餌として本種が用いられているが、ERDGの設立者Glenn Gauvryは、他の生物による餌の流出を防ぐことができる、巻貝漁のためのトラップを発明した。これにより餌の必要量が約50%減少するため、バージニア州では巻貝漁でこのトラップを用いることが義務化されている。

2006年、大西洋州海洋漁業委員会は、デラウェア州・ニュージャージー州のデラウェア湾岸での本種の捕獲を2年間禁じる措置を含む、幾つかの保護措置を検討した[27]。2007年6月、デラウェア州高等裁判所判事 Richard Stokes は、雄の捕獲を100,000個体までに制限した。これは、本種の個体数は1998年までの乱獲によって大きく減少したが、その後は安定しており、限られた数の捕獲ならば本種や渡り鳥への影響は少ないと判断されたことによるものである。逆に、デラウェア州環境長官 John Hughes は、コオバシギの減少は確定的であり、カブトガニの卵を確保するためには極端な措置も必要であるとしている[28][29] Harvesting of the crabs was banned in New Jersey March 25, 2008.[30]

毎年、繁殖するカブトガニの10%が裏返しになって元に戻れずに死亡している。そのため、ERDGは"Just Flip 'Em"と題した、裏返しのカブトガニを見つけたら元に戻すというキャンペーンを展開している。

2008年の春-夏に、projectlimulus.orgと題した大規模な標識調査が行われた[5]。効率的な保護を行うために、さらなる個体群データが必要とされている[31]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 吸収波長のピークは525 nm。

出典[編集]

  1. ^ World Conservation Monitoring Centre (1996). "Limulus polyphemus". IUCN Red List of Threatened Species. Version 2009.2. International Union for Conservation of Nature. 2010年2月25日閲覧
  2. ^ NEAT Chelicerata and Uniramia Checklist” (PDF). 2006年10月24日閲覧。
  3. ^ The Free Dictionary:Limulus
  4. ^ a b Coast by Willie Heard
  5. ^ a b c d e Angier, Natalie (2008年6月10日). “Tallying the Toll on an Elder of the Sea”. The New York Times. ISSN 0362-4331. オリジナルの2008年6月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20080625094358/http://www.nytimes.com/2008/06/10/science/10angi.html?_r=1&scp=1&sq=crab&st=nyt&oref=slogin 2008年6月11日閲覧。 
  6. ^ Stephen Jay Gould (1989). Wonderful life: The burgess shale and the nature of history. New York: W.W. Norton & Co.. pp. 43. ISBN 0-393-02705-8 
  7. ^ Misty Edgecomb (2002年6月21日). “Horseshoe Crabs Remain Mysteries to Biologists”. Bangor Daily News (Maine), repr. National Geographic News: p. 2. http://news.nationalgeographic.com/news/2002/06/0621_020621_wirehorseshoecrab_2.html 
  8. ^ a b Anatomy of the Horseshoe Crab, Maryland Department of Natural Resources. Retrieved 12 August 2008.
  9. ^ The Horseshoe Crab Natural History: Crab Species”. 2007年2月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年3月1日閲覧。
  10. ^ Elizabeth Quinn, Kristen Paradise & Jelle Atema (1998). “Juvenile Limulus polyphemus generate two water currents that contact one proven and one putative chemoreceptor organ”. The Biological Bulletin 195 (2): 185–187. JSTOR 1542829. 
  11. ^ a b c d Battelle, B.A. (December 2006). “The eyes of Limulus polyphemus (Xiphosura, Chelicerata) and their afferent and efferent projections”. Arthropod Structure & Development 35 (4): 261–274. doi:10.1016/j.asd.2006.07.002. PMID 18089075. 
  12. ^ a b Harzsch, S.; Hafner, G. (2006). “Evolution of eye development in arthropods: phylogenetic aspects”. Arthropod Structure & Development 35 (4): 319–340. doi:10.1016/j.asd.2006.08.009. PMID 18089079. http://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S1467803906000570. 
  13. ^ SC Chamberlain , RB Barlow Jr, “Transient membrane shedding in Limulus photoreceptors: control mechanisms under natural lighting”, The Journal of Neuroscience, http://www.jneurosci.org/content/4/11/2792.full.pdf 
  14. ^ "Photoreception" McGraw-Hill Encyclopedia of Science & Technology, vol. 13, p.461 2007
  15. ^ a b c d Shuster, Carl N (2004). “Chapter 11: A blue blood: the circulatory system”. In Shuster, Carl N, Jr; Barlow, Robert B; Brockmann, H. Jane. The American horseshoe crab. Harvard University Press. pp. 276–277. ISBN 0-674-01159-7. https://books.google.co.jp/books?id=0OSAKny-6M4C&printsec=frontcover&redir_esc=y&hl=ja#PRA1-PA276,M1 
  16. ^ The history of Limulus and endotoxin”. Marine Biological Laboratory.. 2012年6月8日閲覧。
  17. ^ a b c d Sandy Huff (April 11, 2004), “Crab Watch”, Tampa Tribune 
  18. ^ Leschen, A.S., et al. (2006). “Fecundity and spawning of the Atlantic horseshoe crab, Limulus polyphemus, in Pleasant Bay, Cape Cod, Massachusetts, USA”. Marine Ecology 27: 54–65. doi:10.1111/j.1439-0485.2005.00053.x. http://www.blackwell-synergy.com/doi/pdf/10.1111/j.1439-0485.2005.00053.x. 
  19. ^ Horseshoe crab (Limulus polyphemus)”. ARKive. 2010年3月28日閲覧。
  20. ^ Chabot, CC; Watson, Win III (2010). “Circatidal rhythms of locomotion in the American horseshoe crab, Limulus polyphemus: Underlying mechanisms and cues that influence them”. Current Zoology 56 (5): 499–517. 
  21. ^ Chabot, CC; Watson, Win III (2008). “Rhythms of locomotion expressed by Limulus polyphemus, the American horseshoe crab: I. Synchronization by artificial tides”. The Biological Bulletin 215: 24–25. 
  22. ^ Crash: A Tale of Two Species The Benefits of Blue Blood
  23. ^ Medical Uses”. Ecological Research and Development Group. 2008年2月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年7月7日閲覧。
  24. ^ “Astronauts Swab the Deck”. Phys.org. https://phys.org/news/2009-02-astronauts-swab-deck.html 2023年1月21日閲覧。 
  25. ^ Return of the Sandpiper, Abigail Tucker, with photographs by Doug Gritzmacher, Smithsonian magazine, October 2009.
  26. ^ Juliet Eilperin (2005年6月10日). “Horseshoe Crabs' Decline Further Imperils Shorebirds (subtitle: Mid-Atlantic States Searching for Ways to Reverse Trend)”. The Washington Post. p. A03. http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/06/09/AR2005060901894.html 2006年5月14日閲覧。 
  27. ^ Molly Murray (2006年5月5日). “Seafood dealer wants to harvest horseshoe crabs (subtitle: Regulators look at 2-year ban on both sides of Delaware Bay)”. The News Journal. pp. B1, B6 
  28. ^ “Horseshoe Crabs in Political Pinch Over Bird's Future / Creature is Favored Bait On Shores of Delaware; Red Knot Loses in Court”. The Wall Street Journal: pp. A1, A10. (2007年6月11日) 
  29. ^ “Judge dumps horseshoe crab protection”. Charlotte Observer. Associated Press 
  30. ^ “NJ to ban horseshoe crabbing...”. Associated Press. Philly Burbs.Com. http://www.phillyburbs.com/pb-dyn/news/104-03252008-1508360.html 
  31. ^ Atlantic States Marine Fisheries Commission: Horseshoe Crab”. 2009年6月30日閲覧。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]