α1-アンチトリプシン

SERPINA1
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1ATU, 1D5S, 1EZX, 1HP7, 1IZ2, 1KCT, 1OO8, 1OPH, 1PSI, 1QLP, 1QMB, 2D26, 2QUG, 3CWL, 3CWM, 3DRM, 3DRU, 3NDD, 3NDF, 3NE4, 3T1P, 7API, 8API, 9API, 4PYW, 5IO1

識別子
記号SERPINA1, A1A, A1AT, AAT, PI, PI1, PRO2275, alpha1AT, serpin family A member 1, nNIF
外部IDOMIM: 107400 MGI: 891967 HomoloGene: 20103 GeneCards: SERPINA1
遺伝子の位置 (ヒト)
14番染色体 (ヒト)
染色体14番染色体 (ヒト)[1]
14番染色体 (ヒト)
SERPINA1遺伝子の位置
SERPINA1遺伝子の位置
バンドデータ無し開始点94,376,747 bp[1]
終点94,390,693 bp[1]
遺伝子の位置 (マウス)
12番染色体 (マウス)
染色体12番染色体 (マウス)[2]
12番染色体 (マウス)
SERPINA1遺伝子の位置
SERPINA1遺伝子の位置
バンドデータ無し開始点103,913,190 bp[2]
終点103,925,234 bp[2]
RNA発現パターン


さらなる参照発現データ
遺伝子オントロジー
分子機能 peptidase inhibitor activity
protease binding
血漿タンパク結合
identical protein binding
serine-type endopeptidase inhibitor activity
細胞の構成要素 ゴルジ体
endoplasmic reticulum lumen
COPII-coated ER to Golgi transport vesicle
エキソソーム
endoplasmic reticulum-Golgi intermediate compartment membrane
platelet alpha granule lumen
細胞外領域
小胞体
ゴルジ膜
細胞外空間
intracellular membrane-bounded organelle
ficolin-1-rich granule lumen
collagen-containing extracellular matrix
生物学的プロセス 止血
negative regulation of peptidase activity
platelet degranulation
endoplasmic reticulum to Golgi vesicle-mediated transport
COPII vesicle coating
acute-phase response
negative regulation of endopeptidase activity
凝固・線溶系
好中球脱顆粒
翻訳後修飾
出典:Amigo / QuickGO
オルソログ
ヒトマウス
Entrez
Ensembl
UniProt
RefSeq
(mRNA)
NM_001127707
NM_000295
NM_001002235
NM_001002236
NM_001127700

NM_001127701
NM_001127702
NM_001127703
NM_001127704
NM_001127705
NM_001127706

NM_009247

RefSeq
(タンパク質)
NP_000286
NP_001002235
NP_001002236
NP_001121172
NP_001121173

NP_001121174
NP_001121175
NP_001121176
NP_001121177
NP_001121178
NP_001121179

NP_033273

場所
(UCSC)
Chr 14: 94.38 – 94.39 MbChr 14: 103.91 – 103.93 Mb
PubMed検索[3][4]
ウィキデータ
閲覧/編集 ヒト閲覧/編集 マウス

α1-アンチトリプシン: α1-antitrypsin、略称: A1ATα1ATA1AAAT)は、セルピンスーパーファミリーに属するタンパク質であり、プロテアーゼインヒビターである。ヒトでは、SERPINA1遺伝子によってコードされる。古い文献においてはserum trypsin inhibitor(STI)とも呼ばれており、こうした名称は初期の研究においてトリプシンインヒビターとしての能力が顕著な特徴であったためである。実際にはトリプシンだけでなくさまざまなプロテアーゼを阻害するため、α1-プロテアーゼインヒビター(A1PI)、α1-アンチプロテアーゼ(A1AP)などと呼ばれることもある[5]酵素阻害剤として、炎症細胞の酵素、特に好中球エラスターゼから組織を保護する。血中の参考基準値は0.9–2.3 g/Lであるが、急性炎症に伴って濃度は何倍にも上昇する[6]

血中のA1ATの量が不十分、または機能的欠陥のあるA1ATが存在している場合(α1-アンチトリプシン欠乏症など)、好中球エラスターゼはエラスチンを過剰に分解し、その結果、の弾性が低下して成人では慢性閉塞性肺疾患などの呼吸器合併症が引き起こされる。正常なA1ATは肝臓で産生されて体循環に加わるが、欠陥のあるA1ATは肝臓に蓄積し、成人と小児の双方で肝硬変の原因となる。

炎症細胞から放出される好中球エラスターゼへの結合に加えて、A1ATは細胞表面に局在するエラスターゼにも結合する。この場合エラスターゼは酵素としては作用せず、その代わりに細胞が移動するようシグナルを伝達する[7]。A1ATは肝臓に加えて、骨髄リンパ球単球小腸パネート細胞でも産生される[8]

A1ATは内在性のプロテアーゼインヒビターであるが、医薬品としても利用される。医薬品としてはヒトの血液から精製されており、α1-proteinase inhibitor (human) の一般名とさまざまな商標名(Aralast NP、Glassia、Prolastin、Prolastin-C、Zemairaなど)で販売されている。組換え型のA1ATも利用可能であるが、現在では主に医学研究で利用されている。

機能[編集]

A1ATは52 kDaのセルピンである。医学分野においては最も顕著なセルピンであると考えられており、α1-アンチトリプシンと「プロテアーゼインヒビター」という語はしばしば互換的に用いられる。

大部分のセルピンは、酵素と共有結合的に結合することで不活性化を行う。こうした酵素は局所的に比較的低濃度で放出され、A1ATなどのタンパク質によって迅速に除去される。急性期の反応では、活性化された好中球とその酵素エラスターゼによる結合組織線維エラスチンの分解に伴う組織傷害を限定的なものにするため、さらなる濃度上昇が必要である。

全てのセルピンと同様、A1ATはβシートαヘリックスからなる特徴的な二次構造を持っている。この領域の変異によって、肝臓で多量体化して蓄積する非機能的なタンパク質となる(小児肝硬変症)。

疾患における役割[編集]

α1-アンチトリプシンの構造(PDB: 1QLP)

このタンパク質が関与する疾患としては常染色体共優性遺伝する疾患であるα1-アンチトリプシン欠乏症がある。A1ATの欠乏のため阻害が起こらず、慢性的な組織破壊が引き起こされる。その結果特に肺組織の損傷が引き起こされ、最終的には特徴的な肺気腫の症状が引き起こされる[9]喫煙はA1ATがエラスターゼに結合する際の必須残基であるメチオニン358番(プロセシング前は382番)の酸化を引き起こすことが示されており[10]、喫煙(または受動喫煙)による肺気腫の主な機序の1つであると考えられている。A1ATは肝臓で発現しており、タンパク質をコードしている遺伝子の特定の変異は、タンパク質のミスフォールディングと分泌の異常を引き起こし、肝硬変の原因となる。

きわめて稀な形態としてPiPittsburghと呼ばれるものがあり、M358R変異によってA1ATはアンチトロンビンとして機能するようになる。この変異を持つ人物が出血性素因のために死亡したという報告がある[11]

関節リウマチの患者は、滑液中のカルバミル化されたA1ATに対する自己抗体を産生していることが発見されている。このことは、A1ATが肺以外でも抗炎症作用または組織保護作用を果たしている可能性を示唆している。これらの抗体はより重篤な疾患過程と関係しており、さらに疾患の発症の何年も前から観察されているため、関節痛の患者での関節リウマチの発症の予測因子となる可能性がある。そのため、カルバミル化A1ATは関節リウマチのバイオマーカーとしての研究が行われている[12]

命名[編集]

このタンパク質はin vitroでトリプシンと共有結合的に結合し不可逆的に不活性化するため、「アンチトリプシン」と命名されていた。トリプシンはペプチダーゼの1種で、十二指腸などで活性を持つ消化酵素である。

「α1」はタンパク質電気泳動英語版時におけるタンパク質の挙動を表している。血中のタンパク質要素は、電気泳動によっていくつかのクラスターへ分離され、それらは陽極側からアルブミンα1‐グロブリンα2‐グロブリンβ‐グロブリンγ‐グロブリン(免疫グロブリン)と呼ばれる。α1-アンチトリプシンはα1-グロブリンの主要なタンパク質である[13]

遺伝子[編集]

α1-アンチトリプシンをコードするSERPINA1遺伝子は14番染色体英語版の長腕(14q32.13)に位置している[14]

α1-アンチトリプシンはさまざまな集団で100以上の多型が記載されている。北欧・西欧で最も高頻度で見られる変異はZ変異(Glu342Lys、rs28929474)と呼ばれている[15][16]

生化学的性質[編集]

成熟型のA1ATは394アミノ酸からなる1本鎖の糖タンパク質で、多くのグリコフォームが存在する。3つのN結合型グリコシル化部位には、主にいわゆる二分岐型のN-グリカンが結合している。しかし、アスパラギン107番残基には三分岐、さらには四分岐型のN-グリカンが結合しており、かなりの不均質性がみられる。これらのグリカン中に存在する負に帯電したシアル酸の量が異なるため、正常なA1ATを等電点電気泳動で分析した際には不均質性が観察される。また、フコシル化された三分岐型N-グリカンにはいわゆるシアリルルイスX英語版エピトープを構成するフコースが存在しており、それによってこのタンパク質に特定のタンパク質-細胞間認識性質が付与される。システイン256番残基はジスルフィド結合によって遊離システインを結合していることが知られている[17]

医学的利用[編集]

IUPAC命名法による物質名
臨床データ
販売名 Aralast, Zemaira, Glassia, others[19]
Drugs.com monograph
ライセンス US Daily Med:リンク
法的規制
投与経路 Intravenous
識別
CAS番号
9041-92-3 チェック
ATCコード B02AB02 (WHO)
DrugBank DB00058 チェック
ChemSpider none チェック
UNII F43I396OIS チェック
ChEMBL CHEMBL4297879
化学的データ
化学式C2001H3130N514O601S10
分子量44324.5
テンプレートを表示

α1-アンチトリプシン濃縮製剤は血液ドナーの血漿から調製される。アメリカ食品医薬品局(FDA)は、ヒト血漿由来のα1-アンチトリプシン製剤(Prolastin、Zemaira、Glassia、Aralas)の使用を承認している[20][21][22][23][24][25]。これらの製品はA1AT補充療法で用いられ、患者1人当たりのコストは毎年10万ドルにのぼる[26]。週1回60 mg/kgの用量で静注による投与が行われる。高用量の投与は付加的な利益をもたらさないが、休暇などによる毎週投与の中断を見越して行われることがある[27]

Respreezaは2015年8月にEUで医療目的の利用が承認された[28]。維持療法に対して処方され、重度のα1-アンチトリプシン欠乏症を抱える成人で肺気腫の進行を遅らせるために用いられる。患者は最適な薬理学的・非薬理学的治療下に置かれており、α1-アンチトリプシン欠乏症の治療経験のある医療従事者の評価による進行性肺疾患の証拠(1秒当たりの努力肺活量(FEV1)の低下の予測、歩行能力の障害、憎悪の回数の増加)が存在する必要がある。最も一般的な副作用としては、めまい頭痛呼吸困難(息切れ)、吐き気がある。治療中にはアレルギー反応が観察されることがあり、その一部は重篤である[28]

歴史[編集]

AxelssonとLaurellは1965年に疾患の原因となるA1ATのアレルが存在する可能性を初めて示した[29]

出典[編集]

  1. ^ a b c GRCh38: Ensembl release 89: ENSG00000197249、ENSG00000277377 - Ensembl, May 2017
  2. ^ a b c GRCm38: Ensembl release 89: ENSMUSG00000072849 - Ensembl, May 2017
  3. ^ Human PubMed Reference:
  4. ^ Mouse PubMed Reference:
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  6. ^ Kushner, Mackiewicz A (1993). The acute phase response: an overview.. CRC Press. pp. 3–19 
  7. ^ “Acute-phase protein α1-anti-trypsin: diverting injurious innate and adaptive immune responses from non-authentic threats”. Clinical & Experimental Immunology 179 (2): 161–172. (February 2015). doi:10.1111/cei.12476. PMC 4298394. PMID 25351931. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4298394/. 
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  12. ^ “Identification of carbamylated alpha 1 anti-trypsin (A1AT) as an antigenic target of anti-CarP antibodies in patients with rheumatoid arthritis”. Journal of Autoimmunity 80: 77–84. (June 2017). doi:10.1016/j.jaut.2017.02.008. PMID 28291659. 
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  14. ^ SERPINA1 serpin family A member 1 [Homo sapiens (human) - Gene - NCBI]”. www.ncbi.nlm.nih.gov. 2020年9月13日閲覧。
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  29. ^ Axelsson, U.; Laurell, C. B. (1965-11). “Hereditary variants of serum alpha-1-antitrypsin”. American Journal of Human Genetics 17 (6): 466–472. ISSN 0002-9297. PMC 1932630. PMID 4158556. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/4158556. 

関連文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]